受け継がれるアトリエ
私は今、古山信彦のアトリエにいる。そこでゆっくりと筆を握ると、雄大な音楽が流れ始めた。目を閉じて全身全霊集中する。音楽のイントロが終わると、目をカッと見開く。
そして全身を使って筆を走らせた。はは、師匠の言った通りだ。バカみたいに体を動かすのは絵を描くのには向いてない。こんな書き方は体が疲れるわ、繊細タッチはできないわでまともな作品ができるわけがない。
これは人に魅せるための描き方だ。だがこれでいいのだ。これは私の動きも含めて完成する作品なのだ。
頭上に四角いメッセージが浮かび上がった。投げ銭の通知だ。それがきっかけで次々と投げ銭が届く。
私が絵を描く所を見て観客のみんながお金をくれるのだ。この二代目”古山 信彦”の私に。
音楽がクライマックスになる。そろそろ終わらせなければ。自分の描いた大きな龍に目をちょこんと描いて絵を完成させる。乱れ飛ぶ大量の投げ銭。
私はゆっくりと大きなお辞儀をした。
そして世界が真っ暗になる。「配信は終了しました」という無機質な機械メッセージが目の前に浮かび上がった。
「お疲れーー」
海野がそう話しかけるので、私はかぶっていたVRゴーグルを外す。
「おう海野もお疲れ」
「どうだいVR空間で絵を描くのは慣れたかい?焼失した古山 信彦のアトリエの再現は結構頑張っていると思うんだけど」
「まだちょっと違和感があるが、結構慣れてきた。それにしても物凄い数の投げ銭が届いたな。びっくりしてちょっと失敗する所だった」
「それだけ君の作り出した世界が素晴らしいってことだよ。よっ二代目!」
「まだその呼び名になれないな」
私たちは師匠のNFTアートで手に入れた資金を元手に新しい事業を始めた。デジタル世界での画家だ。僕たちはバーチャル空間上で次々に絵画を作り出す。そしてそれをNFTアートとして世界に届けるのだ。
それが二代目を襲名した私のアトリエ。古山信彦のアトリエだ。
前例の無い取り組みだった。手探りの毎日だった。最初はドンドン資金が減っていき、不安になるように毎日が続いた。それでも海野を信じてみることにした。
続けていくと次第にいろんな人に評価された。先代のお得意様も支援してくれた。色々な人との繋がりに支えられて、今ではもう……チョコレートに困ることはない。
「なぁ、海野……ありがとうな!」
「なんだよ急に、照れるじゃないか」
「ここまで成功したのは海野がいたからだ」
「はは!まぁそうかもね」
「やっぱり海野が正しかった。思い返せば海野、お前はいつも新しい技術に触り続けていた、最先端を追いかけ続けていたんだよな。そして人との繋がりも大切にしていた、なんだって高校生で結婚を決めるぐらいだしな」
「なんか岸辺君酔ってる?」
「いや、改めて海野はすごいヤツだって思っただけだ。この世界で一番大事なことをお前はずっと前から知っていたんだな」
「……僕だけの力じゃだめだった。君という真の天才がいたからここまで成功したんだよ」
「私が天才?」
「……僕が白紙の絵画でコンクールに出そうとしていた時を覚えているかい?」
「ああ、まぁ……」
「正直に言うとね、あの時は君が怖かったんだ」
「怖かった?」
「だってさ、君の絵を見返してみなよ。物凄い勢いで上手になっていったじゃないか。僕は昔おじいちゃんに教えてもらっただけ。だけど君は我流でドンドンうまくなってく。おじいちゃんが師匠になってからはそれがさらに加速する。バケモノかと思ったよ。それなのに君にとって、僕はライバルだ。プレッシャーで押しつぶされそうだった。だから僕はいつの間にか筆を握ることが怖くなっていったんだ。だって絵を描いたら君に失望されてしまうから。だから絵を書かないことを選んだ。今思い返してもどうかしているよ」
「……そうだったのか」
「君はずっとずっと昔から僕を超えていたんだ。いや、僕だけじゃない。世界中のあらゆる人を超えていったんだ。そしてこれからも超えていくだろうね」
「海野?」
「僕はそんな君の隣に立ちたかったんだ。君の才能は僕が他の誰よりも知っている。だから君がおじいちゃんの後を追いかけている時は焦った。だって、君の才能はおじいちゃん以上なんだから。だからずっとおじいちゃん真似事をしている姿が不憫に見えていた。どうにかして別の道を見つけてあげたかった。だからおじいちゃんの絵を古臭いなんて言ってしまったこともある」
「……結婚報告の時か」
「そう、その時だね。でも、今はそれが間違いだっていうのがわかる。君がおじいちゃんから受け継いだその圧倒的な実力があってこそ、今の成功があるんだからね」
「いや、海野の新しい技術に怯えずに触って、それを生かすアイディア力のおかげだな。私だけでは絶対に上手くいかなかった」
「いや、二代目の実力のおかげだよ。僕だけでは絶対に上手くいくわけないよ」
それから互いを褒めるような口論がずっと続くので、私たちはバカらしくなって笑い転げた。
ひとしきり笑い終わると、スマホからアラームが鳴り響く。もうそんな時間か。
「そろそろ行こうか」
「ああそうだな」
私たちは甘ったるいコーヒーを飲み干す。
今日は師匠と花子さんの命日だ。
びっくりするほど美味いチョコレートを持っていこう。
僕たちは師匠たちが眠るお墓に向かうのであった。




