盆頭
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ほう、寝ている間の歯ぎしりって、起きている間の5倍以上の力が出てんのか。
恐ろしきは、人間の潜在能力というか、普段は働いているストッパー機能というか。
人間、自分の身体を傷めないために、平時は力をセーブしている話はよく聞くよな?
そいつを解放するのが掛け声であったり、高揚であったり、その他の気持ちの切り替え術であったりするとか。
一瞬に自分のすべてをかける、ちゅうのはかっこいいっちゃかっこいいが、現実の我々はその先を生きなきゃならない。
命だけは助かったが、そこからは不自由を抱えて時間を過ごさなきゃならないとなれば、どう思う? なまじそれまではできていたことが、できなくなってしまったのも加わると来たならば?
ゆとり、余裕、逃げ道。
勝負の世界じゃ嫌われる傾向にあっても、生きることにおいては重大事。
これは俺たちの身体、そのものにおいても同じかもしれないぜ。
俺がじいちゃんから聞いた話なんだが、耳に入れてみないか?
むかし、じいちゃんたちの地元では「盆頭」と呼ばれる、特異な頭部を持つ者が、まれに現れたといわれている。
先天的にこれをもって産まれる者もいるが、多くの者は後天的に得ていたとか。
後者の場合だと、その前触れは頭痛となって現れる。この段階では盆頭かどうかの区別がつかず、安静にするよりない。
もし盆頭の場合だと、頭痛がおさまってより数日後に、頭部の硬化が始まる。
主に両こめかみのあたりだ。
普段は軽く刺激の走るそこが、頭痛後には加速度的に鈍感になっていく。
しまいには、そこの部分が外へ出っ張り始めるんだ。
最初は指で触れないと分からないほど、小さな起伏。そいつが日を追うとどんどん外側へ張り出してくるんだ。
たいていはゆったりとだが、急なものだと一晩のうちに大きく張り出してしまうこともある。
その様は、こめかみあたりに大きなお盆を差し込んだかのごとく。それが「盆頭」と呼ばれるようになった所以だとか。
その中身は骨。皮もろとも横へ突っ張るのだから、目立つなという方が難しいだろう。
盆頭が確認されると、その長さは住民たちの手で毎日のように計測が行われる。
その長さに著しい変化があるうちは、そのままの状態で過ごしてもらうらしく、寝る時などはその特異な形状が妨げになる。村にはあらかじめ彼らのための溝がついた、寝具などが用意されていたそうなんだ。
個人差はあるが、やがて盆頭の変化がおさまってきて、三日間連続で測った結果が変わらない場合はいよいよ切除にうつる。
強い衝撃をくわえると、本人の脳も揺らされて脳震盪などの体調不良を招く。切除はのこぎりのような刃物で削りきられる方法が採られたとか。
痛みは通じていないが、耳元で刃と骨がしきりにぶつかる音が耳を打つし、かかる重さによる違和感までは拭えない。
現代でいえば局所的な麻酔を打たれ、頭部近くをいじくりまわされるかのような感触。当時も苦手とする人は数いたようだ。
そうして切除と対象者の手当てが済むと、切り取られた盆頭は皮をはがされた骨の状態で、各々の村の蔵に日付と名札付きで保管される。
今後、同じような事態へ陥ったときと比較するためにな。
先にゆとりとか逃げ道のことに触れたが、この盆頭は逃げ道でもある。
これはどこからか頭へかかる圧を逃がすため、身体が思考したゆえの結果。横へ張り出すことで、臓器を含んだ下部の胴体へ悪影響を与える前に横へ逃がす。
変化しているうちに、そいつを取り除くことをすれば身体へより悪影響が出てしまうかもしれない。その防止の観点からだ。
今でこそ報告がない盆頭だが、おおよそ100年前に起きたときのものは、かなりひどいものだったらしい。
被害に遭ったのは、当時17歳の娘さんでな。花も盛りの時期だというのに、折あしくこの盆頭へ出くわしちまった。
帽子と似たようなものとはいえ、己の皮をかぶった骨の張り出しだ。はた目には十分異様なことであるし、嫁入りを控えた乙女ともなれば、その容姿の変化たるやとても受け止められるものではないだろう。
――すぐにでも、この盆頭を取って!
愛娘の頼みとなれば、両親も無下にすることはかなわず。
他の村民たちもその願いを聞き、無理に取ることの危うさを再三説いたが、彼女は頑としてゆずらない。
結局、彼女の意志を尊重して、いまだ広がりを続ける盆頭の切除は行われた。
数時間の作業ののち、彼女の顔からは盆頭は取り除かれる。
髪の毛もすっぽり落とすのが通例だが、これについても彼女は固辞し、ひと房に結った紙を残したまま、切除後の傷へ包帯を巻かれる彼女。
その顔は喜びに満ちてはいたが、他の皆は愛想笑いをしながらも不安を隠せずにいたそうだ。長きに渡る戒めを破ってしまったのだから。
報いはすぐ表に現れた。
その晩、静かに寝入った彼女を見て、家族もまた眠りについたのだが夜更けごろになって。
ふと、鍵をかけていた玄関の戸に、何かがぶつかるような音が響いてきたんだ。
目を覚ました家人が玄関へ向かうと、そこにはかんぬきを外そうとする姿があった。
人のそれじゃなかった。もっと小さい。
家人には猫のように思えた。後ろ足で立ち、胴体ごと前脚を伸ばしてかんぬきを外そうとしている。
うちに飼い猫はいない。虫ならともかく、家の内側に猫が入り込めるすき間などあろうはずがない。
その困惑のうちに、猫はかんぬきを外してしまったかと思うと、玄関の戸を開けて外へ飛び出していってしまった。
塀に乗り移って、向こう側へ消えていく猫。その後、村中には他の猫たちのものと思われる声がこだまして、多くの人を目覚めへ引っ張り出した。
家人が室内をあらためたところ、寝ていた彼女の布団が服のみを残して空っぽになっていたらしいのさ。
その服には、猫の毛と思しきものがたっぷりくっついていたそうなのだが。
以来、行方不明になった彼女が見つかることはなかった。
けれど、かの家にはそれから数カ月おきに、子猫が何匹も訪れるようになったのだとか。
彼らはいずれも、残された彼女の服についていた毛と同じ色合いの毛に身を包んでいたらしい。