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嫌がる理由

定期連載は苦手なのでまとめて投稿します。

 カランと心地好い音と共に、扉が開かれる。静かなクラシック音楽が聞こえると共に、店内の様子が慈得の瞳に映る。

「お客様はお一人ですか?」

 ビシッとした制服を着た店員にそう尋ねられ、慈得が首を横に振る。

「いいえ、相席です。先に来ている筈なのですが」

 そう言っている途中で気がつく。窓際の席、コーヒーカップを手に持ちながら外の風景を眺める姿。一瞬その姿に見蕩れた後、慈得は店員に答える。

「あの窓際の人です」

 そう言うと、店員は静かに頷く。少しだけ緊張しながら、慈得はその相手に声をかける。

「待たせてごめんなさい、日高君」

 そう言うと、晴はにこやかに笑顔を浮かべる。

「おお、来てくれたか」

 晴の言葉に、慈得は申し訳無さそうに表情を曇らせる。

「呼んだのは私なのに」

「よせよせ。えっと……ほら。本題に入ろう、本題」

 尚も謝ろうとする慈得に、晴は手を振ってから答える。

「ああ、そうそう。あの二人の事で相談があるの」

 具体的な名前を告げなかったが、晴はそれで察したようだ。

「実と明田さんの事だな。スマホで聞いている」

 その言葉に慈得は満足そうに頷く。

「そうそう。あの二人は一度付き合ってみるべきだと思うの」

「だから手助けかい?」

「話が早くて助かるよ。でね、どうするかなんだけど……」

 慈得がそこまで言ってふと気がつく。晴の顔がいつになく険しい。

「どうしたの?」

「実は、今日はそのことについて話をつけに来たんだ」

 晴の顔が神妙なものに変わる。その表情を見て、慈得は鋭い目を彼に向ける。

「どう言うこと?」

「露骨な干渉は避けるべきだと思ってな。少なくとも、植村さんの考えているみたいな積極的な行動は避けるべきだ」

 その言葉を聞いて、慈得は考える。

(どういうつもり? ツム達がどうなってもいいの?)

 そう考えて険しい表情を浮かべる慈得だったが、晴が至って真剣な表情で慈得を見つめるのを見て、考えを改める。

(まあ、彼なりの考えがあっての事か)

 そう考えて慈得は一度深呼吸する。同時に、香ばしいコーヒーの匂いがしてくる。

(そう言えば注文がまだだった)

 そう考え、慈得は店員を呼ぶ。

「ブレンドコーヒーを一つ、以上でお願いします」

 慈得がそう言うと、店員は静かに頷いて去っていく。

「今度はこっちからいいかい?」

 晴がそう言うと、慈得は頷く。

「なんでしょう」

「あの二人は一度付き合ってみるべきって言い方が引っかかってな。あの二人が付き合うと、具体的にどんなメリットが……」

 そう言ってから、晴が首を横に振る。

「違うな。明田さんと植村さん、二人にどんなメリットがあるんだ?」

「稲葉君と付き合うメリットが無いって言いたいの?」

 慈得のその言葉に、晴は眉を顰める。

「人付き合いってのはメリットとデメリットがある」

「言い切るわね」

「そりゃな」

 晴は視線を横に向けて窓の外を見る。慈得もつられて外を見ると、そこには漫画原作の実写映画のポスターが張られた本屋が視界に写る。

「あれ、私が好きな漫画なのよね」

 ふと、慈得がそんな事を言う。

「へえ、実写も見るのかい?」

「いいえ。原作の好きなシーンがカットされてるらしいから、見ない」

「そうか。植村さんと同じ考えを持っていて、前情報無しに作品を見た人にとってはショックだろうな」

 晴の言葉に、慈得は頷く。

「ファンの認識と、映画のスタッフの認識がずれていたのね。ファンが見たいのは、キャラ達のかっこいい姿。でも、映画のスタッフは世界観が受けていると判断した。だからCGはよくて、俳優は有名だけど原作のキャラとは見た目が違う事になった」

 そこまで聞いて、晴は頷く。

「認識の違いってのは、厄介だね」

 晴の様子を見て、慈得は溜め息を吐く。

「結局、稲葉君の噂の真相は教えてくれないのね」

 そう言われて晴はコーヒーを一口飲む。程良く酸味の利いた黒い液体を暫く舌の上で転がした後、飲み込む。

「本人にとって、あれは忘れたい過去なんだ。今は放っておいてやれ」

 そう言って晴は手に持ったカップの中身を覗き込む。どこか自嘲するようなその表情を暫く眺めると、慈得は溜め息を吐いた後

「そう」

 とだけ言って椅子に深く腰掛ける。

「お待たせしました」

 そこで慈得が頼んだ飲み物がやってきた。慈得がその中を覗くと、コーヒーの湯にうっすらと自分の顔が写っている。それを暫く眺めた後で視線を晴の顔に向けると、彼はもう話は終わりだと言わんばかりに欠伸をしていた。


 昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ると同時に、実と晴は荷物を持って教室を出た。

「今日の弁当は?」

 晴の言葉に、実はすぐ

「卵焼きと竜田揚げ」

 と答えた。

「他にも鶏肉とキャベツを炒めたものとか、色々入っているけど」

 晴はそんな実に苦笑いをした。

「肉ばっかりだな」

 そんな晴の言葉に、実は少し考えた後でこのように答える。

「実は、おかずの一部を明田さんに交換して貰えることになってる」

 実の言葉に、晴は感心して両手を叩いた。

「ひゅう」

「口笛が出来ないからって無理に口で言わなくても」

 テンションが高い晴に対し、実は至って平静だ。

「俺も飲み物渡して、それと引き換えに食べ物をくれないかな」

「因みに今日の飲み物は?」

「オレンジティーのホットでございます」

 やけに大袈裟に言う晴の手元には、内容量が一リットルほどの水筒が握られている。彼の荷物はそれだけだ。彼は弁当の用意も無いし、購買に通える程のお金も無い。

 

 暫く歩いている内に、教室の前にたどり着いた。幸い、紡得と慈得はすぐに彼等に気がつく。

「やあやあ。配下の諸君、私達の昼ご飯を献上しに来てくれたのだね」

 そんな謎の口調で喋る慈得に、紡得と実はどう反応していいか迷う。一方で晴はその口調に乗っかって

「うむ。我が輩からは飲み物を献上しようとはせ参じたのです」

 などと言う。

「凄い仲良し度ね」

 紡得は何やら戦々恐々としながらも、畏敬の念を込めてそんな事を言う。実はそんな紡得に首を傾げて視線を向ける。

「なんです? その仲良し度って」

「その名前の通り、仲良しさを計る指標です。慈得と日高君、まだ付き合ってから日が浅いのに……」

 紡得がそう言った瞬間、慈得と晴は揃って首を横に振る。

「「いいや、付き合ってないぞ」」

 見事にハモって答える慈得と晴。そんな二人を見ていた実は溜め息をついた後でこのように提案する。

「立ったままだと何だし、食事が出来る場所に移動しよう」


 実の提案を受けて四人は中庭に移動する。多くの人が食事をしようと集まるその場所には、仲の良い友人同士や恋人同士で食事をする人が多くいた。実達も彼等と同じように一つの机を囲んで椅子に座る。

「まあ、事情があって俺は昼飯を用意出来ないんだ。で、代わりに実が用意をしていると言う訳だ」

 お茶を飲む合間にそのように言う晴に、紡得と慈得は揃って首を傾げる。

「そんな事ってある?」

 と慈得。

「因みに、その事について実君はどこまで知ってるんですか?」

 と紡得。

「俺も知ってるし、何なら俺の両親も知ってるよ」

 実はあっさりとした様子でそのように言う。

「あまり深入りはしてほしくは無い事だ」

 晴がそのように言いながら、紡得の弁当の中身を一つ口に入れる。紡得はその様子を得に疑問を持たずに眺めていると、晴は表情を明るくしてこのように言う。

「随分と美味いきんぴらごぼうだな。これは明田さん自身が?」

 そう晴が訊ねると、紡得は頷く。

「いいえ、これは母が。私はその横にあるほうれん草のおひたしの方を」

 そう言うと、晴はどこか羨ましそうに目を見張った。そんな彼の様子を、慈得はじっと見つめている。そんな彼の表情も、実のこの言葉であっさりと失せてしまった。

「明田さん、そのほうれん草のおひたしと、俺の卵焼きを交換してくれ」

 晴は先ほどの表情が嘘のように好奇心に満ちた年相応の表情を浮かべ、それとは対照的に紡得は獲物を前にした狩人のように鋭い目を実の手元に向けた。

「それは実君が?」

「いいや。俺が作ったのは竜田揚げ位だけど……」

 実が言うと同時に、有無を言わさないと言った表情で紡得は実に詰め寄った。

「じゃあ、そっちと交換しましょう」

「やだ、この子凄い執着!?」

 紡得の勢いに慈得はやや引き気味である。

 そんな様子で和気藹々と食事をしていた四人だったが、そこには昼休みの学校と言う場には不釣り合いな、険悪な様子のグループが近寄ってきた。

「随分と楽しげな食事だ。いいご身分だな」

 威圧をするような言い方と同時に、彼等は実達を見下すように目の前に立った。体格のいい男と、杏を筆頭とする女子のグループ。その姿を見て、晴は近くに長い柄の付いた掃除道具を探し、紡得は驚いて目を見開いた。慈得は目の前に現れた見慣れないグループを警戒しつつも、晴の事が不思議と気になって視界に収めていた。

「おや、見慣れない顔だね。君たちは?」

 実が彼等に対しても柔和な態度で接すると、その男達は急に机を勢い良く蹴る。実は驚きながらも、蹴られた振動で左右に揺れた水筒を掴む。

「んな事はどうでもいいんだよ。そこは俺等の指定席だ。どけ」

 それについて口を挟んだのは慈得だ。

「この場所は早い者勝ちだと思ったけど?」

 そう言うと、その男は慈得を見下すように近寄った。

「好みじゃねえな」

 そう言うと、その男は品定めをするように紡得を見る。

「そっちの女は合格。実に俺好みだ」

 言いながら口角を上げる。その姿に紡得は顔を引きつらせながら後ずさりする。そこでふと慈得は気がつく。

(そう言えば、日高君の姿が見えない。彼はどこに?)

 そう考えて周りを見ると、彼はどういう訳か熊手を片手にこちらに向かっている。もう片方の手には、落ち葉が入ったバケツを持っている。

(何をするつもり?)

 そう考えている間に、晴はわざとらしく言う。

「おっとっと、足が滑った」

 言うと同時に、バケツを体格のいい男に向かって放り投げる。それは直撃さえしなかったものの、中身が男に降りかかって一気に見窄らしい姿に変える。

「てめえ! ふざけんなよ!」

 その男は晴に拳を振るう。ヒュッ、そんな音さえする程の拳を、晴は熊手の柄で受け止めた。

「っつ!」

「おや、危ない」

 苦悶に顔を歪ませる男に対し、晴は飄々とした様子でそのように言った。

「えっと、そう言えば名前を聞いていなかったね。なんて呼べばいいかな?」

 困惑した様子で実はそのように言うと、その男は青筋を立てて怒鳴る。

寅二とらじだ!」

 言いながら彼は闇雲に拳を振るう。しかし、その拳はどういう訳か紡得に向かっていく。その目は見えにくいのか細められている。

(しまった、さっきの落ち葉で目が!)

 晴はその間に入ろうと咄嗟に飛び込むが……

(届かない!)

 そう思った瞬間、寅二の腕が横に弾かれる。何が起きたのか、実意外が一瞬わからなかった。

「寅二君、あんまりこう言う場所で暴れちゃ駄目だよ」

 実はそう言って寅二を見据える。彼の手の平には、痛々しい赤い痣が出来ている。

「悪いけど、ここは俺達が先にいたんだ。諦めてくれないかな」

 寅二は改めて実を見る。その目を見て、彼は少しだけ冷静になる。

「今日の所は許してやる」

 とだけ言って去っていった。その姿を、今まで静かに見守っていた杏が見送った後で

「ばいばーい。次はもう少し面白い感じにしてね」

 と言って取り巻きを引き連れて去っていった。その姿を見ていた晴は、実に目配せをする。

「実、さっきの寅二って人の言葉……」

 そう言うと、実は意味深に頷く。

「ああ、あの言葉は……」

 そう言った後、実と晴の二人は揃って頷いてこう答える。

「KAMAKURAGAIDENβの言葉だな」

 それを聞いた慈得と紡得は揃って首を傾げる。

「えっと……かまくら?」

 と慈得。

「それってなんですか? 実君」

 紡得が恐る恐ると言った調子でそう訊ねると、実は頷く。

「超高速のアクションゲームだ。一瞬隙を見せるだけで体力の大半が持っていかれる高難易度を誇る伝説的ゲームである」

「クリア出来る人はいるんですか?」

 紡得が呆れてそう言うと、晴が手を挙げる。

「俺は最高難易度までクリアしたぞ!」

 自慢げな晴に対し、紡得は呆れたように溜め息を吐く。

「貴方はもう少し勉強して下さい」

「辛辣!?」

 そう言った後、紡得は再度椅子に着いた。

「さっさと食べちゃいましょう。昼休み、終わってしまいますよ」

 その言葉に、彼等は大人しく従った。


「何なんです!? 実君も寅二って人も!」

 放課後、晴に対し紡得はそう叫ぶ。それに対し、晴は困ったように頬をかく。

「俺じゃなくて、実にそれを言ったらどうだ?」

 図書館で二人、紡得と晴は同じ机でありながら少し離れた場所に座っていた。

「実君の事だから、適当に誤魔化すに決まってます!」

「俺はいいのか?」

「貴方は良くも悪くも誤魔化しませんから」

 紡得はそんな事を言う。

(俺の場合は明田さんに好かれようとは考えないからな)

 なんて事を考えながら、晴は再度口を開く。

「それと、図書室でそんな大声を出したら駄目じゃない?」

 そう言うと、紡得は不満そうにしながらも声のボリュームを少し下げる。

「あの時に一番腹立たしいのは寅二って人と、それを煽った周りの人ではあります」

「中々腹を割って話すのね、紡得さん」

 晴は不思議と感心している。 

「でもそれに対して、他に対処の方法はあったと思います」

「例えば?」

「ボイスレコーダーで彼等の発言を記録するとか。彼等の発言は目に余ります。先生に突きつけてこってり絞ってもらいましょう」

 胸を張って堂々とする紡得に対し、晴は小さく拍手をする。

「おお。でもそれは二つの難点があるよ」

 軽い調子を崩さずに、晴は指を二本立てる。

「なんです?」

「一つ目にボイスレコーダーを使う許可、もう一つがそれをどう調達するか」

 晴のその言葉に、紡得は首を傾げる。

「一つ目は教師に言えば良くて、二つ目も親に言えば済む話では?」

「え?」

 二人の認識には少しだけずれがあった。


「いいですよ」

 教師からの許可はあっさりと出た。図書室での会話の後、二人はすぐさま職員室に向かって担任教師に事情を説明すると、教師はすぐに首を縦に振った。

「日高君が関わっているのが気になる所ではあります。しかし明田さんがいるならその心配も無いでしょう」

 その教師の言葉に、紡得は首を傾げる。

「なんです? 日高君が何かしたんですか?」

 紡得の言葉に、教師は呆れたように応える。

「彼、中学の時に暴力事件を起こしてるんですよ」

 そう言われて紡得は一瞬目を見開いて驚いたものの、納得して頷く。

「腑に落ちた感じです」

「言われてますよ」

 教師の言葉に、晴は特に気にする様子も無い。

「そうですか。まあ予想はしてましたけど」

「おや、そうなんですか。以外です。因みに誰に言うと嫌なんですか?」

 その言葉に真意を知ろうと、晴は教師の目を覗き込む。

(いざと言う時の交渉材料にしようとしてるな)

 そう判断した晴は適当に誤魔化そうとする。

「誰に言われても嫌ですよ」

 そう言われて教師は溜め息を吐く。一方で、紡得は自然な様子で

「そうですね。なのでチカに言っておいて下さい」

 その紡得の言葉に、教師は首を傾げ、晴は溜め息を吐く。

「植村慈得さん?」

 教師は晴を見るが、彼は目線を逸らして何も答えない。

「効果はあると思いますよ」

 紡得はどこか確信を持ってそう答えた。


 紡得と晴が職員室から出ると、そこには慈得が立っていた。

「どうも」

 そう言って晴は慈得の横を通り過ぎようとするが、その腕をがっしり掴んだ。そんな彼等の姿を見て、紡得は朗らかな笑みを浮かべる。

「じゃ、私はお先に失礼するね」

 そう言って紡得はすぐに立ち去ってしまう。

(心なしか弾んだ言い方だったな)

 と晴が考えるのを余所に、慈得は口角を大きく上げて晴を見る。

「お話があります」

 一言一言力強く言う彼女に、晴は乾いた笑い声を出す。

(裏がありそうだな。顔は笑ってるけど目は笑ってない)

 そう考える晴の腕を強引に引っ張っていく。

「待て待て、話せば分かると言う言葉があってだな」

 必死の形相でそう言う晴に対し、慈得は不気味な笑みを崩さないままだ。

「ええ、だから話し合おうと思って」

 そんな話をしながら、学校でも人気が少ない校舎裏まで連れてこられる。

「何か言う事ある?」

 そう慈得に言われて、晴はどうしたもんかと考えた後でこのように言う。

「俺達、試しに付き合ってみない?」

 冗談交じりにそう言った瞬間、慈得は晴に詰め寄った。

「こんな時にふざけないの」

 そう言われて、晴は慌てて言う。

「俺と明田さんの間に、色気のある話は無い」

「その点は心配していません」

 その時の慈得は、やけに確信に満ちた様子だった。晴は当てが外れて首を傾げる。

「じゃあ何だ、植村さんは俺が横恋慕する糞野郎認定をして詰め寄ったんじゃ……」

「うん? そんな事はないけど」

 やや二人の間に認識の違いがある、それに気がついた二人はまず事情を説明する事になった。

「私は、昼休みにあのような短絡的な手を使った日高君と話そうと思って……」

 それを聞いた晴は一瞬苦笑いを浮かべる。

「その説は……申し訳無い事をしたと思います」

 と晴が言うと、慈得はじっと彼を見つめてからこのように言う。

「気持ちの整理は付けられてないけど、一時保留でいいです」

 慈得が落ち着いた様子でそう言うと、その反応を見て晴は

(助かった)

 と、心底安堵した。

「で、貴方はどうしてあそこに?」

「昼休みの問題をどうにかするためさ。明田さんは証拠を掴んで、それを教師に突きつけるつもりらしい」

 今度は慈得の表情が渋いものに変わる。

「成功するの?」

 晴は困惑した様子で首を横に振る。

「わからん。一応、後で実にフォローをするように言っておくつもりだが」

 今度は慈得が困惑した表情を浮かべる。

「どうして稲葉君の名前が?」

「ああいうのは、後々の事を考えずに過激な行動をするからな」

 晴の真剣な言葉に、慈得は不安な表情を浮かべる。

「大丈夫よね?」

 その言葉に、晴はどう言うか迷った。

(何も言わないと、心配させるか)

 そう考えて、何か安心させる事を言おうかと考える。

(いいや、無責任な事は言いたくない)

 晴は真剣な目で慈得を見る。

「いざとなれば、俺も手助けする」

 短くそう言って、晴はその場から立ち去ろうとする。その背中に、慈得は思い出したように言葉を投げかけた。

「ねえ、さっきの……」

 晴が足を止めて慈得を見る。彼女の目には、恥ずかしそうでありながらも期待の籠もった目をしていた。

「私と貴方が付き合うって話……」

 そう言うと、晴は一瞬だけ顔を綻ばせるも、すぐに迷いを振り払うように首を振る。

「今はそんな場合じゃないだろう? それに……」

 晴は慈得の顔を見ないように背中を向けた。

「後々の事を考えなければ」

 諦観したような言い方をする晴の表情を、慈得は伺う事が出来なかった。

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