気になる理由
スマホを触っていた少年が、ふとこんな事を言った。
「おお、新しいキャラが追加された!」
それを聞いたその少年の友人が、呼んでいた教科書から視線を上げる。
「以前話していたソシャゲか。どんなキャラなんだ?」
友人の言葉に、少年は眉間に皺を寄せて答える。
「残念ながら幼馴染み系ヒロインって感じだ」
友人が頷く。
「まあ、実はそう言うヒロインは苦手そうだもんな」
実と呼ばれた少年が頷く。
「その通りだ。流石は晴、俺の事はお見通しと言う所か」
晴と呼ばれた実の友人は教科書に再度視線を落とす。そんな二人の少年の様子を見ていた一人の少女が、声をかける。
「こら、学校の図書室ではスマホを無闇に使わないように」
そう言いつつ、その少女は持っている教科書に目を向ける。
「稲葉 実君は日高 晴君に勉強を教わってるんだから、彼の善意を無為にしないように」
そう言うと、実は目を見開いた。
「俺の名前を知ってるのか!」
そう言われて、少女は胸を張る。
「こう見えて情報通ですから。情報通の植村 慈得と言えば、一年B組の情報屋として有名なのですよ!」
慈得と名乗った少女を見て、実は素直に感心している。一方で、晴は呆れたように溜め息を吐きながら教科書に視線を落としている。
「実、植村さんは俺達の教科書から名前を知っただけだよ」
そう言われて実が教科書に視線を落とす。確かに、そこには持ち主のフルネームが書かれている。
「それと、勉強を教えてるのは実の方だ。教わってるのは俺」
そう言われて慈得は意外そうに二人を見る。
「えっと、ごめんなさい。見た目で判断してた」
そう言われて実が渋い顔をする。
「え、そんなに俺って勉強出来ないように見える?」
実の言葉に、慈得が困ったように視線を逸らす。
「見えるか見え無いかで言うと、見えるし……噂もあるし」
それを聞いて実がスマホを自撮りモードにして自分の顔を見る。そこに写るのは彼の整った目鼻立ちなのだが、実はその顔を見てやや口をへの字にする。一方で、晴は慈得の言葉を聞いて眉間に皺を寄せていた。
「参考までに聞きたいんだけど、どんな噂だろうか?」
そう言われて慈得は首を小さく横に振る。
「そうか。後で聞いてもいいか?」
そう言って晴がスマホを取り出すと、慈得はそれを察して慌ただしくスマホを取り出す。二人は連絡先を交換すると、軽く手を振ってから分かれた。
「凄いな晴。あんなに自然と女子と連絡先を交換するなんて」
「実もやってみればいい。多分俺よりも上手くいく」
そう言うと、晴は再度教科書に目を通しながら問題集を解いていく。その様子を見て、実は口を開いた。
「晴、三問目が間違ってる」
実は晴の勉強を暫く見た後、実はトイレに行くために廊下を歩いていた。
(多分俺よりも上手くいく……か。理由は多分……)
実はトイレの前に設置された姿見を見つめる。
(大抵の人は俺の顔をいいって褒めるけどなあ。逆に晴が顔を褒められるのは見たことが無い)
彼はそんな事を考える。目鼻立ちが整い、体つきも筋肉質でほっそりとしている実の見た目を、多くの人は好ましく思った。
(俺自身から見れば、あまりいいものでも無い気がするが)
そう考えていると、女子トイレから
「すいません、誰かいませんか!」
なんて声が聞こえてきた。
(明るい女の子の声だな。こう言う声を快活な声って言うんだっけ?)
実がそう考えながら返事をする。
「トイレの前にいますけど、どうかしましたか?」
そう言うと、快活な声の主から返事が返ってきた。
「はい! 実はトイレットペーパーが……」
言っている途中で、一度声が聞こえなくてなってから
「無くなってしまって」
と恥ずかしそうな声が返ってきた。
(まあ、女子が男にトイレの事を話すのは恥ずかしいよな)
そう考え、実は無言で男子トイレを覗いて見る。幸い、個室のトイレにトイレットペーパーの予備がいくつか残っていた。その内の一つを掴んで、女子トイレに足を踏み入れようとして一度足を止める。
「えっと、男だけど女子トイレに入るよ。他の人はいないのかい?」
「大丈夫だと思います。私一人ですので」
その言葉を聞いてから、実は女子トイレに足を踏み入れる。
(緊急事態とは言え、やや気恥ずかしいな)
なんて事を考えながら、実は口を開く。
「どこの個室?」
そう言うと、控えめな声で
「手前から二番目です」
そう言われて実がその個室を見てみると、そこに鍵がかかっている。トイレットペーパーをトイレの上から軽く投げ入れると、扉の向こうからほっとした声が聞こえた。
「ありがとうございます。えっと……」
トイレにいた少女が、実の名前が分からず困惑していたため、実は少し考えた後でこのように答えた。
「稲葉 実だ」
言いながら、実は女子トイレから出る。その音を聞いて、女子は慌てた様子で
「えっと、私は明田 紡得って言います。このお礼は必ず……」
そう言われて実は少し眉を寄せる。
「別にいいさ。大した事はしてない」
少し険のある言い方でそう言うと、彼は急ぎ足でその場から立ち去る。
(さっき晴がやっていたみたいに、何か言えば良かったかな)
実の頭には、先ほど晴と慈得が連絡先を交換する様子が浮かぶ。実は頭を振ってそれを振り払う。それと同時に、彼の頭の中には昔の苦い記憶が甦る。
(俺は一人の方がいい。俺と一緒に居ても苦労をするだけだし……これでいいんだ)
彼は嫌なことを思い出しながら急いで図書室に戻る。
実が図書室に戻ると、そこでは晴が慈得から勉強を教わっていた。
「おっと、おかえり」
晴が問題集から顔を上げる。
「なんだ、分からない所でもあったのか?」
「そうそう。いかんせん俺は全教科苦手だからな」
自嘲するようにそう言いながら、晴は苦笑いをする。そこにあるノートは、修正のための赤い字でびっしり埋められていた。よく見ると、手首が真っ赤になっている。
「そうか。まあ腱鞘炎には気をつけてくれ。手首が赤い」
晴が渋面を浮かべる一方で、慈得は困ったように笑う。
「この人、馬鹿な教師共の言う事を鵜呑みにして自分の能力以上の勉強ばかりやってるのよ」
その言葉を聞いて今度は実が苦笑いを浮かべる。
「ああ、因果関係を取り間違えてるのか」
それを聞いて、実の背後からこんな声が。
「なんだか小難しい言葉が出てきましたね。どう言う意味でしょう」
そう言ったのが誰なのか、特に考えずに実が答える。
「頭がいい人って難しい問題を解けるだろ? でも、たまに難しい問題を解くから頭がいいと勘違いする人がいるんだ」
そう言いながら実は声のした背後を見る。その姿を見て、実は少し警戒する。
(誰だろう? 随分と華やかな人だけど……どこかで聞いたような声をしてる?)
そう考えた後、思い当たる節があった。
(そうだ、さっきのトイレの人)
そう考えていると、その少女がピンときたように実を見る。
「保育園に通う子に因数分解を教えても効率が悪いってのと同じ理論?」
そう言われて、実が頷く。
「まあ、その位の子だとまず足し算割り算から教えていった方がいいかな」
実がそう言うと、その少女が頭を下げる。
「さっきはありがとうございます。稲葉さん。改めて自己紹介を……私は明田 紡得って言います」
そう言われて実は少しだけ面食らう。
「あ、ああ。こちらこそ。えっと、俺は稲葉 実って言います」
そう言って実が頭を下げると、紡得は微笑む。
「ふふ。見た目と違って礼儀正しいんですね」
やや演技混じりのその言い方に、実はこそばゆい感覚に襲われる。
(からかわれてるみたいだ)
なんて事を考える。
「実がいつの間にか女子を口説いてる!?」
二人の様子を見ていた晴が驚愕の表情を浮かべる。
「なんでそこまで驚くんだよ」
「考えて見ろ。これまで女っ気の無かった友人がいつの間にか女の子と仲良くしてるんだぞ。これが驚かずにいられるか!」
やや大袈裟に晴が言う。そんな彼に対し
「今は勉強に集中して」
と慈得がぴしゃりと言う。晴はそんな言葉にしゅんとした様子で問題集に向かう。
「この『性根』って言うのは根本的な心の持ち方って意味なの。だからこの人は……」
慈得が晴にそう言う様子を見て、実はボンヤリと考える。
(なんか、役割を取られてしまった)
実は元々、晴に勉強を教えるためにこうやって来たのである。だが今はどういう訳か慈得が晴に勉強を教えている。
(俺も勉強するかな)
そう考えて実が問題集を開く。そんな彼等の様子を見て、紡得も持っていた鞄から教科書を取り出す。その様子を実は横目で見る。
(派手な髪飾りに軽くウェーブのかかった髪……制服も少し着崩してるな。でも鞄には何もつけてない。どこかアンバランスだ)
派手な少女と真面目な部分が両方ある少女、それが実が紡得に対して抱いた印象だった。
(まあ、俺には関係無いか)
そう考えて実は問題集に視線を移す。
暫く四人で勉強をしていると、終業のチャイムが鳴った。
「もうこんな時間か」
晴がそう言って、机に広げていた教科書をしまい始める。学校の図書室で勉強をしていた彼等の他には、部活動をしていた人ぐらいしかいない。
「実、帰るぞ」
晴の言葉に実が小さく頷き、それを合図にするように紡得と慈得も席を立つ。
無言で校門まで出ていき、途中まで一緒に歩く。途中まで同じ道を歩いていた四人だったが、実と晴は西に、紡得と慈得は途中で東と、それぞれ違う道に分かれる。道で別れる際に紡得が言う。
「実さん。明日もお願いしますね」
そう言われて、実が答える。
「ああ」
淡泊な実に対し、紡得は少し顔が赤い。その理由が分からず、実は首を傾げながらも自転車を引いていく。
「おお、意外な反応だ」
晴だけはその理由が分かるらしく、何やら感心した様子を浮かべる。彼の手にも自転車のハンドルが握られている。
「理由が分かるのか?」
「まあな。あの子、別れ際に実の下の名前を呼んだだろ?」
そう言われて実はようやく気がつく。
「そうか。でも、あれだけ社交的な人なんだ。気軽に下の名前で呼んだりするだろう」
実がそう言うと、晴は興味深そうに彼女達の後ろ姿を見る。
「そうかい? 見た目よりも真っ直ぐな性根をしていそうだけど」
少しだけ別れが惜しいのか、晴は自転車に乗らずに彼女達の後ろ姿を見つめていた。それとは対照的に、実は手早く自転車に乗ってそのまま走っていってしまう。
「先に行ってるぞ」
そう短く言う実の姿を暫く見つめてから、晴は自転車に跨がった。
明朝、晴は校門でスマホの画面を眺めていた。時間と場所が詳しく記されたその画面を見て、彼は少しだけ緊張する。
(意外にも大胆な性格だな)
そう考えてから学校の敷地に足を踏み入れる。主に部室がある別校舎に一人歩きながら外を眺める。雲から太陽の光が漏れ出ているその風景を見ながら、彼は歩を進めた。歩いている途中一度も他の人に出会わなかった。そのせいか、晴は今この学校にいるのが自分だけでは無いかと錯覚する。
どの部活のものでも無い空き教室を前にして、彼は一度深呼吸をする。
(よし)
内心でそう言うと、彼はその扉を開いた。
「無視されるかと思ってた」
そう言うのは警戒した様子を見せる慈得だ。そんな彼女を前にして、晴は一度嘆息する。
「馬鹿を言うな。特に危害を加えてこない相手にそんな事しないさ」
そう言うと、慈得は腕を組んで晴を見つめる。
「まあいいや。本題から入った方がいい?」
彼女は立ったまま晴を見てそんな事を言う。一方で晴れは両手を掲げて答える。
「どうぞ」
そんな彼を見て、慈得は眉間に皺を寄せる。
「何そのポーズ」
「私は危害を加えませんってポーズ」
そう言われて、慈得はようやく警戒を解いたように頬を緩める。
「そんなに……まあいいや。貴方のそのポーズに免じて、フランクに接してあげる」
どこか演技じみたその言い方を聞いて、晴は両手を下げる。
「そりゃどうも。実と明田さんがどうしたって?」
そう晴が言うと、慈得は面白くなさそうに唇を尖らせる。
「私、そんな事言ったっけ?」
「他に思い当たらなかったから」
淡々と答える晴を見て、慈得は面白くなさそうに目を細める。
「その通りだからいいけど。貴方から見て稲葉って人はどんな人?」
「抽象的な言い方だな」
晴が軽い調子でそう言うが、慈得はそれに答えずに真剣な様子で晴をじっと見つめる。
(軽口で済ませてはいけないってとこか)
そう考えながら晴は少し考えてから答える。
「学力は上の下、異性の知り合いは少ない、相手はこの人と決めたら一途。あまり相手の見た目に拘らないけど、派手な化粧や服装をしてる人には腰が引ける。基本的に面白い話が出来るタイプではなく、無口で落ち着いてる。こんなとこでいいかい?」
いい加減な言い方で晴がそう言うと、慈得はその顔をじっと見つめる。
「貴方、友人からひねくれ物って言われない?」
「言われないよ。実は皮肉を言うような奴じゃないし」
言い終わると、晴は役目は終わったと言わんばかりに立ち上がる。
「じゃあ俺はこれで。明田さんには今言った事をそのまま伝えればいいと思うよ」
そう言い残して、彼はさっさと教室から出て行ってしまった。慈得はそんな彼の事を特に気にせずスマホを取り出す。
『ツムの気になるあの人なんだけど……』
そこに晴から聞いた事を書いていき、慈得は送信ボタンを押す。既読がすぐにつき、返信として『びっくり!』と書かれた馬のスタンプが送られてくる。
(まあ、稲葉さんが噂とは違っていい人っぽいのは収穫ね)
そう考えながら、彼女はスマホをポケットに入れた。
実が教室に入ると、彼にとって見慣れない光景があった。
「晴、今日は早起きだな。普段は始業ギリギリなのに」
そう言って晴に後ろから話しかけるが、彼からの返事は無かった。どう言う事だろうかと前から見てみると、晴は机に突っ伏したまま寝ていた。
「おーい」
実がそう話しかけるが、晴からの返事は無い。
(寝かしておくか)
そう考えて実は自分の席に座る。
昼休みになり、晴が実に話しかける。
「いやはや、柄にも無く早起きしてしまった」
未だに眠そうな晴に実が心配そうに声をかける。
「大丈夫か? 夜眠れなかったとか」
実の言葉に晴は首を横に振る。
「いいや。実のお陰で宿題が捗ったからな。予定よりも早く眠れた」
少し大袈裟に言う晴に、実は気にした様子を見せない。
「それは良かった。昼ご飯、多めに作ったけど……」
「いつも助かる。俺も飲み物を……」
そんな会話をしていると、一人の少女が彼等に近づいていった。それに気がついた晴がその少女の顔を見る。
「おや」
そう言われて実も気がつく。
「明田さん、こんにちは」
そう呼ばれて紡得が笑みを浮かべる。
「昨日ぶりだね、日高君と実君」
それを聞いて晴が内心で感心する。
(昨日からまた呼び方が変わってる。攻めるな)
そう考えてから、晴は改めて紡得を観察する。
(垢抜けた人だ。全体的に煌びやか、こりゃさぞ男から目を付けられるだろうに)
そこまで考えてから晴は頭を振る。
(止めておこう。俺じゃ相手の服装から性格を察する事は出来ない)
そう考えてから晴は口を開く。
「しかしそうなると困ったな。俺は温かい麦茶しか用意していない」
その言葉に対し、晴の後ろから声がかかる。
「じゃあ購買なの?」
振り向いて見ると、そこには慈得が立っていた。
「やあ今朝ぶりだ、慈得さん……植村さん?」
どちらの呼び方にしようか迷う晴に対し、慈得はその顔をじっと見つめてから答える。
「日高君は、意外と軽薄な男なんですね」
そう言われて晴は肩を竦める。
「そこまで言われてしまうと肩身が狭い。許してね、植村さん」
軽い調子でそのように言うと、慈得は鼻を一度鳴らす。
「気にしないようにするから、その変な喋り方を止めて」
その様子を見ていた紡得はクスクスと可笑しそうに笑う。
「早速二人とも打ち解けていますね」
そう言う紡得に対し、実は首を傾げる。
「険悪に見えるんだけど……」
「そうとも言えるかも」
紡得の言葉に、実は再度首を傾げる。
そんな彼等を、同じ教室内で険しい表情で見つめる女子達と体格のいい男がいた。
「……っ」
露骨に不機嫌そうな舌打ちをする体格のいい男に、女子達のリーダー格である一人が言う。
「あれは顔だけはいいからね」
そう言う女子に、男は答えずに教室を出て行く。
「狙って見れば? 杏、メンクイでしょ?」
そう言われて、リーダー格である少女、杏が首を横に振る。
「別にいらないし。あいつ、変な噂があるしどうせ性格最悪だから」
高圧的な言い方に、取り巻き達が揃って高笑いする。
「言えてる。煙の立たない場所になんとやらって言うし」
取り巻きの一人に対し、杏は気怠げに答える。
「それを言うなら、火の無い所に煙は立たぬ、でしょ」
そんな彼等の事に気づかず、実達は談笑を続けた。




