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 ヒナタの部屋につながる扉を蹴破るように開け放ち、ルークは室内に踏み入った。

「陛下!」

 ベッド上で半身を起こしているヒナタと目が合った。驚きに両目を見開いている。

 その横には、まぶたを閉じ身体を横たわらせている魔王。

 ルークはさらに一歩、ベットに歩み寄る。

 そんな彼にヒナタは指を口元に当て、

「しぃ」

「…………あ?」

「お静かに。せっかくいま眠ったところなんですから」

 ベッド上の魔王はたしかに小さく寝息を立てていた。安心しきったその寝顔は、魔王のヒナタに対する信頼の表れだろう。

「……よく寝ている」

「可愛いですよね、本当に」

 ヒナタが魔王の頭に手を伸ばす。ルークは咄嗟にそれを制しかけ、止めた。

 いまさらそんなことをする意味などないからだ。

 記憶の石に映し出された光景――魔王とヒナタが仲睦まじげに添い寝するそれを目の当たりにして、考える間もなくルークは執務室を飛び出した。

 しかしそもそも記憶の石とは、すでに起こった出来事の光景を記憶し、再現する魔石だ。つまり先ほどまでルークが見ていたものは、昨夜この部屋で起こっていた光景に過ぎない。

 昨夜、ルークの知らぬ間に二人は密会し、言葉を交わし、触れ合った。

 こうして寝息を立てられるほど魔王はヒナタのことを信頼している。

 信頼とは油断と同義だ。

 油断しきった魔王と部屋で二人きり。

 もしもヒナタに、魔王に危害を加える意思があれば、まさに千載一遇の好機。これを逃すなどありえない。

 にもかかわらず、二人は何事もなく別れ、今日という日を迎えた。

 もはや疑う余地すらない。

 本当にヒナタは、魔王に対する敵意を失くしている。

 魔王の頭をなでる彼女の穏やかな表情からは、親愛の情すら感じ取れた。

「……こうしていると、本当にただの女の子なのになぁ」

「どういう意味だ?」

「あ、とびっきり可愛い女の子でしたね」

 ぽつりと漏れた呟きに反応すると、ヒナタは真面目な顔で訂正した。

「そんなことは聞いてない。そうじゃなくて、ただの女の子とは?」

「べつに寝顔に限ったことではないですけど、イブちゃんが魔人だなんて信じられなくて。あたしと同じ人間にしか見えないのに」

 なにをいまさら、とルークは呆れる。いや、説明してこなかったこちらにも非はあるのか。

「陛下も俺も、お前と同じ人間であることに変わりはない」

「え?」

「常人より多くの魔力を有する人間、それが魔人だ。少なくとも俺は、自分を魔物や怪物の類だとは思っていない」

 もちろん魔人には常人とは比べようもないほどの力がある。魔力による身体能力の強化。気候や毒に対する強い耐性。強力な魔術の行使。

 それらを体現する魔人は、何百という兵士にも値する力だろう。

「それじゃあルークさんたちは、もともと魔界に暮らしていた人間、ってことですか?」

 驚きの色を瞳に浮かべながらヒナタが訊ねた。

「いや。俺たちの祖先も、もともとは人界に暮らしていた。ただの人間としてな」

「それじゃあどうして」

「はるか昔……百年以上前のことだ。人界で突然、『力』に目覚める者が現れた。それも一人や二人でなく、数百人規模で」

「その力というのが……魔力?」

 突如として魔力に目覚めた数百人規模の集団に、人界は混乱に陥った。強大な力を有するその『魔人』たちにどう対処すべきか、力を持たない大多数の人類は選択を迫られた。

 融和か、排除か。

「その結果、魔人はこの魔界に追放された?」

「平和的な結論だろう?」

 皮肉で言ったわけではない。客観的な事実だ。

 追放が決定された際、魔人と人類どちらの血も流れなかった。

 決定に反発する魔人。決定を不服とする人類。両者からは多くの声が上がった。それを抑えたのは、決定を下した王とその弟の人徳によるものだ。

 彼らはただの為政者としてでなく、当事者として決断を下した。

 追放される魔人たちの中には、王弟自身も含まれたのだ。

 魔力に目覚めた王弟はむしろ率先して自らの兄に、魔人の追放を進言したという。

 おそらく彼は理解していたのだろう。

 いくら魔人の力が強大とはいえ、人界に住まう民すべてとの戦ともなれば、さすがに多勢に無勢、全滅は免れない。

 一方で人類も、魔人を滅ぼすにはあまりに多くの犠牲を伴う。勝利したところで、その先に繁栄の道は残されていない。

 両者を守れる唯一の道。それが魔人の追放であり、王もその進言を受け容れた。

 そうして王弟に導かれ魔人たちは海峡を渡り、この島に新たな国を築き、そこを魔界と称した。

「……その王弟が、イヴちゃんのご先祖様?」

「陛下と、そして俺の曾祖父にあたる」

 ヒナタがぽかんと呆けた。一瞬の後、彼女は言う。

「ルークさんとイヴちゃんって兄妹なんですかっ!?」

「落ち着け。陛下が起きる」

 身を乗り出してくるヒナタを、ルークは押し留めた。

「俺と陛下は従兄妹だ。俺の父が先王の弟だった」

「そうだったんですね……あれ、でもおかしくないですか?」

「……そんなに俺と陛下は似てないか? 目元とか、わりと似てると思ってるんだが……」

「じゃなくて! おかしいのは人界です!」

「そのおかしい人界に召喚されたのはお前だろう」

「そう、そこです。どうして人界はあたしみたいな異界勇者を召喚して、魔界に転移させたんでしょう。不満はあったにせよ、追放することに一応納得したはずですよね」

 ヒナタの指摘は的を射ている。異界勇者の転移が始まった当初は、ルークもよく考えたものだ。

 何故? どうしていまさら、と。

 答えなど分かるはずがない。異界勇者を尋問したところで、ヒナタがそうであるように彼らは所詮人界に使われている立場。その真意など知る由もない。

「なにせ百年以上も前のことだからな。時間の前には、どんな誓いも無力ということだろう。それに指導者が変われば、国なんて簡単に変わるしな」

 熟考を重ね、ようやく自らを納得させられた憶測をルークは言った。

 すっかり熟睡中の魔王を両腕で抱え上げる。穏やかな寝顔に、自然と頬が緩む。

「邪魔をしたな。陛下はこちらで引き取ろう」

「そんな邪魔なんてことは、絶対にないです」

「……ありがとう」

 素直な感謝の言葉。あまりに自然と口から出たことに、ルーク自身も驚いた。

 どうして、とはもう思わない。

 ヒナタは魔王の友人なのだ。

 その友人に感謝することになんの問題があるというのか。

「あのルークさん」

 ヒナタは不安げに、消え入るように言った。

「やっぱり明日からはもう、イヴちゃんはこの部屋に来てくれないですか?」

 魔王の訪問を禁じるのか、という意味だろう。

 これまでルークは、魔王とヒナタが二人きりになることを固く禁じてきた。魔王の安全のために。

 だがそれも、もう必要ない。

「いや。むしろ頼ませてくれ。明日の夜も、陛下のわがままに付き合ってくれるか?」

「っ」

 一瞬の後、ヒナタは顔を輝かせ、大きく頷いた。

「――はいっ!」

 実に気持ちのいい返事であった。

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