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自らが置かれた状況を、御堂陽葵は思いのほか受け入れていた。

ある日突然、気が付いたら異界に飛ばされ、さらにそこから魔界に飛ばされ、さらにさらにそこで閉じ込められているいまの状況を、だ。

軟禁状態であることが大きいのかもしれない。可愛さはさておきこうしてパジャマを用意してくれて、柔らかいベッドで寝られるのだから。

 これが当初されていたように、手錠足枷をつけられた監禁だったら、さすがにもう少し凹んだに違いない。

……凹むとかそういうレベルなのかな?

我ながら少し可笑しくなってしまう。

 客観的にいまの状況を考えれば、心の底から恐怖してもいいはず。

 だけど不思議とそうはなっていない。一歩間違えれば命だって落としかねない状況にもかかわらず、陽葵はそのことを気にも留めていなかった。

 理由はわからない。

 あるいはこの事態に脳の処理が追い付いてないだけかもしれない。

 それならそれで構わなかった。どうせここで暮らすのなら、恐怖に怯える毎日より、新しくできた友達と楽しく過ごす毎日を選びたい。

「……友達かぁ」

 枕に頬をうずめ、呟いてみる。

 この城の主、イヴは陽葵よりも小さな女の子だ。あろうことか彼女は、勇者である陽葵に友達になってほしいと願った。

 元の世界にいた頃も、陽葵はゲームというものをあまりやったことがない。

 それでも、魔王と勇者という関係が、敵対関係にあることはわかった。そのため当初はなにかの罠かと訝りもしたが、疑惑はすぐに晴れた。

 陽葵と談笑するイブに裏の思惑など皆無だった。彼女は本当に、ただ自分と歳の近い友達が欲しかったのだ。

 かつての陽葵がそうであったように。

「――うん?」

 物音がした。ギィ、というそれは部屋の扉がゆっくりと開く音。

 だれかが入ってきた? こんな遅くに、ノックもせず?

 身を起こしながら、つい習慣で明かりを点けようと手を動かしてしまう。だけどもちろん、室内を電気の光で照らしてくれるスイッチなんて、この世界にはない。

 明かりを灯す魔術道具はあるらしいが、残念ながら支給されてもいない。

 窓の向こうから降り注ぐ月光だけを頼りに、陽葵は夜半の訪問者を見やる。

「だれ」

 次第に姿を露わとしたその訪問者は、小さな胸に枕を抱え、はにかみながら答えた。

「あ、あたし」

「……イヴちゃん?」

 白のワンピース型の可愛らしいパジャマに身を包んだイヴは、足音を消すようにゆっくりとベットに歩み寄ってきた。

「どうしたのこんな遅くに」

「ご、ごめんなさい。もう寝てたのに起こしちゃった?」

「うんうん。まだ起きてたけど……」

「本当? なら良かった」

 イヴがそっと胸を撫で下ろす。愛らしいその仕草に、陽葵は無意識に彼女の頭を撫でていた。

「な、なにっ?」

「あ、ごめん。つい可愛くて」

「理由になってない!」

 いや理由にはなってるでしょ。

 陽葵は手を離し、代わりにイヴの手を取った。そのまま引き寄せ、ベッドの端に座らせる。隣に自らも座り、手を重ねたまま訊ねる。

「それでどうしたの。こんなに遅くに一人で……ってそういえばルークさんは?」

「ルークには内緒。ルークってば、いつも引っ付いてきて、ヒナタと二人きりにさせてくれないんだもの」

「あはは。きっとそれは、イヴちゃんのことが心配なんだよ。あと、あたしを信用してないから」

「心配症なのよね、ルークってば」

 イヴは不満げに唇を尖らせるが、それも仕方ないだろうと思う。

 ルークは陽葵に対して明確な警戒心を向けている。彼にとって陽葵は、紛れもない敵なのだ。そんな陽葵とイヴを二人きりになどするはずがない。

「でも大丈夫? ルークさんに内緒であたしに会いに来ちゃって」

「ば、バレなきゃ大丈夫よ! これはあたしとヒナタだけの秘密! 友達なら秘密の一つくらい共有するでしょ?」

 目をキラキラと輝かせるイヴ。彼女にとって友達とはそういう関係性らしい。

「そうだね。それじゃいまからの時間は、あたしとイヴちゃんだけの秘密」

 陽葵はイヴの手を取ったままベッドに潜り込んだ。二つの枕を並べ、添い寝する。

「元の世界で、ヒナタはどんな生活をしてたの?」

 鼻先が触れそうなほどの至近距離でイヴが訊ねてきた。

「また? もう何度も話したじゃない」

「いいの! 何度も聞きたいんだもの。ね、話してちょうだい」

「しょうがないなぁ。ちょっと照れ臭いんだからね、これ」

 そうして、もう何度目かという自己紹介を始める。


 御堂陽葵。十四歳。両親ともに健在で、中高一貫の女子校に通う中学二年生……だったと言うべきだろうか。

 主観的にも客観的にも、陽葵は裕福な家庭に生まれ育った。

 母は代々その土地の有力者として栄えた地主の一人娘で、父はそこに婿入りした。さかのぼると母方の祖母もまた一人娘であり、祖父が婿入りしたという。

 そうした事情から御堂家では女性陣が絶対的な力を有し、実権を握っていたのは母だ。

 母の教育方針は一貫していた。

 一貫して厳しかった。

 屋敷と学校の往復。それだけが陽葵に許された世界だった。部活動や寄り道など言語道断。習い事も、母の管理のもと講師を屋敷に招いて行われた。

「とても大切にされていたのね」

「うん……まあ、そうとも言えるね」

 イヴの素直な反応に陽葵は苦笑する。

 束縛極まるその生活を、陽葵はそこまでポジティブに捉えられなかった。けれど、たかが地方名士の教育ごとき、魔王として育てられるイヴからすれば束縛とも呼べないレベルなのかもしれない。

「お友達はいた?」

「一人だけ」

「わあすごい! どんな子だったの? 女の子? 男の子?」

「女の子。美月といって、あたしと同い年で、学校も同じで……うちの屋敷に一緒に住んでいたの」

 母は陽葵の交友関係も厳しく制限していた。そもそも陽葵にとって学校とは授業を受けるだけの場所に過ぎず、そこで自然発生的に友人ができるはずがなかったのだが、稀に交友関係を結ぼうとするクラスメイトもいた。

 しかしその中に母の眼鏡にかなう少女はおらず、陽葵には一人の友人すらいなかった。

 そんな中ある日、母から一人の少女を紹介された。この屋敷に住まわせ、陽葵の世話を看させるという。

 少女は同い年とは思えないほどに大人びた表情をしていた。顔立ちも整っていて、目が合った瞬間、思わずドキリとした。

「どうぞよろしくお願いいたします、陽葵さま」

 恭しくお辞儀をする少女。

 それが藤沢美月との出会いだった。


「痛っ……!」

 突如走った激痛に陽葵は顔をしかめた。

「ヒナタ?」

「……うん、大丈夫」

 心配そうに顔を覗き込んでくるイヴに、陽葵は微笑みを作ってみせた。

 まただ。美月のことを思い出すたび、頭痛が襲ってくる。思考は強制的に遮断され、それ以上記憶をたどることが出来ない。

 頭痛のトリガーはもう一つあった。

 この世界に召喚されるまでの記憶が、陽葵にはない。覚えているのは、美月と一緒に屋敷と学校とを往復する日常だけ。

 いったいなにがあって、陽葵はこの世界に召喚されたのか。

 それを思い出そうとしても頭痛は襲ってくる。

 幼少時のことや、両親のことなら容易に思い出せるのに。どうしてこの二つのことだけ、思い出せないのか。

 大きな支障はないとはいえ、どうにも腑に落ちない。

「もう疲れちゃったから、今日はここまで」

「えーっ。もっとお話聞きたいのに」

 ぷぅ、と頬を膨らせるイブの頭をそっと撫でる。

「ごめんね。でもそろそろイヴちゃんもお部屋に戻らなきゃ。ここで一晩明かすわけにもいかないでしょ?」

「……朝はいつもソフィアに起こしてもらってるから、バレちゃうわね」

「ほらー。さっ、起きて起きて」

 陽葵に促され、渋々といった様子でベットから起き上るイヴ。彼女は部屋の扉に手を掛けながらこちらを振り返り、

「おやすみなさいヒナタ」

「おやすみイヴちゃん」

「……また明日も来ていい?」

 明日、というのはまた明日の夜に来るということだろう。

 陽葵は微笑み、本心から答えた。

「もちろん。待ってるね」

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