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 異界勇者を魔界へ転移させてから一週間が経った。

 異界勇者が死亡すれば、召喚者には感覚としてすぐに伝わる。が、未だその感覚はランスを襲ってきていない。

 彼女はまだ生きている。これほど長きに渡る異界勇者の生存など、かつてないことだ。

 にもかかわらず、ランスを除いた神官たちはそのことを気にも留めていなかった。否、留められる状況ではなかった。

 国王が危篤に陥ったのだ。

 倒れ伏した国王は意識すらなく、ここ数日は生死の境をさまよっている。国中の医師、薬師、神官が王宮に集められ、必死の治療を試みていた。

 陛下はもう永くないかもしれない。そんな噂が民の間を飛び交い、神殿務めのランスの耳にすら届くほどだった。

「まずいな」

 王宮から神殿へ戻る馬車に揺られながら、対面に座るエギルが沈痛な面持ちで言った。

「ええ。陛下をお救いするいい方策があればいいのですが」

 魔術による治療も、なんの成果も挙げられなかった。ランスは自らの無力感を恥じずにはいられなかった。

「あ? なに言ってる。あれはもう無理だ。どうしようもねぇ」

「……それはどういう意味ですか」

「どうもこうもねぇよ。陛下はもう助からん。遠からず死ぬな、ありゃ」

「なっ!?」

 咄嗟にランスは周囲を見回す。幸いにして馬車内にいまの放言を耳にした者はいない。

「なんと不敬な……お気は確かですか」

「うるせぇな。だれよりも確かだよ俺のお気は。お前こそ状況を理解してるのか。このまま陛下が崩御すれば、その後なにが起こる?」

「……おそらくは王弟殿下が即位されるかと」

 現国王には子がおらず、王位継承権の第一位は歳の離れたその弟となっていた。

「だろうな。そしてその兄弟仲は、悲劇的なまでに、悪い」

 その噂はランスも耳にしたことがあった。

 王弟は才知に富み、臣下からの信も厚い。先王の崩御時にはまだ幼かったことから、特に政争に発展することなく現国王が即位したものの、一歩間違えれば王位をめぐっての戦となる可能性すらあった。

 つまり国王にとって弟は自らの地位を脅かしかねない存在であり、王弟にとって兄は無能ながら王として君臨する目の上の瘤なのだ。その兄弟仲は推して知るべしだろう。

「しかし、仮に王弟殿下が即位されたとして、なにを憂うことがあるのですか? 陛下とのご関係はともかく、王弟殿下のご高名は国中はおろか諸外国にも馳せています」

「ああ、そうだ。王弟殿下は大変有能で、陛下の無駄な政策を見直し、きっと国は良くなるだろうよ」

「これ以上ない僥倖に聞こえますが……」

「俺たち神官が、その無駄な政策だとしてもか?」

 ランスは絶句した。

 エギルがなにを憂いているのか、ようやく理解に至ったのだ。

 異界勇者による魔王討滅。その政策を推し進める国王が後ろ盾となり、多くの神官が厚遇をもって召し抱えられている。その後ろ盾がなくなることで、神官の削減や待遇の見直しといった処置がされることをエギルは憂いているのだ。

 対面に座る男のことを、ランスは心から軽蔑した。

 国王を救うことを諦め、頭にあるのは保身ばかり。これではそこらの賊と変わりない。

 強烈な嫌悪感を抱きながら、しかしランスはそれを糾弾しようとは思わなかった。

 彼自身もまた、国王の安否を心の底から案じてはいなかったからだ。

 エギルが保身で頭を一杯にしているように、ランスの頭を占めていたのは彼女――異界勇者のことだった。

 異界勇者が魔界へ転移して、早一週間。彼女はどうしているのか。確かなのは、まだ生きているという一点のみ。

 考えられる可能性は多くない。

・異界勇者は魔王と接触し、すでに討滅した

・異界勇者は魔王と接触はしたが、まだ討滅していない

・異界勇者は魔王と接触していない。

 すでに魔王を討滅した線は、まず消していい。転移魔術の術式は伝授してあり、最後の発動から一日が経過すれば、異界勇者は自らを再転移させることが可能だ。仮にすでに魔王を討滅していれば、もう戻ってきているはず。

 まだ魔王と接触していない線も考えにくい。これまで転移させた異界勇者の全員が、その日の内に命を落としている。それほど魔界側も、異界勇者の転移に対して注意を払っている証拠だ。それが今回に限って一週間も放置するとは思えない。

 残る可能性は、魔王と接触しながら討滅していない線。まさか一週間ずっと戦闘が継続するはずはないので、一度剣を交えた後、そこから離脱なりをしたのだろうか。

 あるいは魔王との戦闘で手傷を負い、魔界に身を潜めているのでは? 増援も救助も期待できない孤独な戦いを続けているのではないか。

 その考えに至った瞬間、ランスの胸は締め付けられた。罪悪感とも違う、より鮮明な激情が彼の胸中に湧き上がる。

 彼女を救いたい。救わなければならない。

 これまで数多の異界勇者たちの命を散らせてきた身でなにをいまさら、と矛盾している自覚はある。

 それでもこの衝動から目を背けることはできなかった。

 ――三日後、国王は崩御した。


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