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 魔王城における晩餐の光景は少々変わっている。

 魔界の大地で育てられた野菜。魔人の手で飼育された家畜の肉。それらを料理長が味と栄養とを両立させた晩餐へと昇華させ、食卓を彩る。

 その晩餐を、魔王と宰相が同じテーブルにつき、口にしていた。

「あ、このポトフ美味しい。ねえルーク、すごく美味しいから食べてみて」

「ええ……なるほど、たしかに。後でモーゼフをお褒めください」

「うん!」

 笑顔で頷く魔王。そこに少女としての愛らしさはあっても為政者としての威厳はない。

 魔王――イヴはまだ十二歳の子どもだ。母親は彼女が幼い頃に病死し、父親である先王も去年逝った。兄弟はおらず、王位の継承は直系に限られる。

 そうした事情を経て、彼女は魔王という重責を背負わされている。

 彼女を支える。それはランスの使命であり生きる意味だった。

「なんだかルークのお肉のほうが大きい気がする……。ねえ一口ちょうだい!」

「構いませんよ」

「その、どうせなら……ね? あーんってしてほしいなって」

 魔王がもじもじと伏し目がちに言う。その幼過ぎるわがままにも、ルークは必死に腕を伸ばして応じてやった。

 魔王が赤子の頃から仕えている身としては、年の離れた妹を想う程度にはついつい甘やかしてしまう。

 鶏肉を供した際、魔王の口端にソースがついた。それに気付いた魔王が照れ臭そうに、

「取って?」

「調子に乗るな」

 年の離れた妹を想う程度にはイラッとするルークだった。


「ねえルーク。あたし、思うことがあるの」

 晩餐を終え、食後の紅茶を飲んでいた魔王が不意に切り出した。

「あたしが即位してもう一年でしょ? だから、そろそろ外に出てもいいと思うのよ」

「外とは、城外への外遊ということでしょうか? たしかに、領民に陛下のお姿を見せても良い頃かもしれません」

「ちがうの。城の外じゃなくて、魔界の外に出てみたいの!」

 またか。

 魔王がこうして魔界の外――人界への興味を示すのは初めてではなかった。

 魔界は狭い世界だ。地理的に言えば小さな孤島であり、そこに住まう魔人も数百人程度しかおらず、たいした娯楽もない。

 こんな箱庭から飛び出したい。すぐそばに在る広い世界を、せめて一目見てみたい。

 魔王のその願いは理解できる。しかし一方で人界に住まう人間どもは、魔人への恐怖と敵意をいまだ持ち続けている。魔王を抹殺するための刺客――異界勇者を一年間毎日欠かさず転移させるほどに。

 そんな敵地に魔王を送れるはずがない。

「なりません陛下。人界へ行くには、『(はざま)の海峡』を渡る必要があります。海峡は天候荒く、通常航海は不可能。無事渡るには天候に干渉するほどの魔術が必須です。いまの陛下にそれが可能ですか?」

「そ、それはルークがやってくれれば……」

「ご自分にできないことを配下に任せるでは、ショーギの『王』と変わりませんよ」

「……む~」

 唇を尖らせ、肩を落とす魔王。不満げだが、駄々をこねたりはしない。道理であることを彼女なりにわかっているのだろう。

 いまの言葉に嘘はない。魔界と人界、両界を隔てる『間の海峡』を船で渡るには、相応の魔力が求められる。

 肩を落とす魔王に、ルークは穏やかに語りかけた。

「すまないイヴ。でもいまは、俺の言うことを聞いてくれ。五年、いや三年もすればきっとイヴは立派な魔王になれる。この話は、その時またしよう」

「本当っ!?」

 飛びつく魔王に、ルークは頷く。

 この一年で格段に上達した偽りの笑みを浮かべて。


「相談がある」

 魔王が就寝した宵のうち、ルークは城内談話室にて二人の部下たちに話を持ち掛けた。

 一人は対面に座り、ルークとショーギの盤面を挟んでいるメイド長のソフィア。年齢はルークと同世代の二十歳そこら。色素の薄い髪は襟足辺りに真っ直ぐ切り揃えられている。ちなみメイド長といっても、彼女の他にメイドは一人もいない。

「待ったはなしですの」

「そうじゃない。モーゼフも聞いてくれ」

 紅茶の注がれたカップを配膳していた料理長のモーゼフにも席に着くよう促す。年の頃は五十ほど。長身の頭頂部には頭髪が一切なく、一見すると強面だが、その顔立ちは柔和だ。やはり他に料理係など存在しない。

「どうされましたかルーク様」

「異界勇者についてだ」

 ルークはモーゼフに今日の出来事について説明した。このまま異界勇者が転移し続ければ、いつの日かルークを凌駕する者が現れる可能性もゼロではない、と。

「一億ですか……。魚卵でもそんな数は聞いたことがありませんな」

「魚卵にたとえる必要はないが、これが事実ならいまのままではダメだ。もっと抜本的な方策を取る必要がある」

「まさか『転移結晶』を破壊しますの?」

 ソフィアがほんのわずかに眉をひそめた。

 転移結晶とは一対の魔石だ。一方は転移の間中央に奉じられ、もう一方は人界の神殿に置かれている。その尋常ならざる魔力により両者間の転移を可能としていた。

 その転移結晶を破壊すれば、異界勇者が魔王城に転移されてくることもない。

「それができれば苦労はしない」

 転移結晶には副次効果があった。魔界と人界の境界である『間の海峡』にて昼夜問わず発生している異常気象。それは転移結晶の魔力によって起こされている。もしも両界の境界がただの凪の海であったら、数万の兵が魔界へと送り込まれていたであろう。

 それを防ぐ盾がなくなることを考えると、転移結晶の破壊には踏み切れなかった。

「明日、転移してきた異界勇者は殺さない」

「どういう意味ですかな」

「そのままの意味だ。昔の話を覚えているか」

 異界勇者が転移されはじめた当初、尋問により聞き出したいくつかの情報。

 その中の一つ、異界勇者はこの世界に一人しか存在できない。異界勇者が死亡することで、人界の神官は次の異界勇者を召喚できるという。

 逆を言えば、当代の異界勇者が存命の限り、新たな異界勇者は召喚できない。

「転移された異界勇者を殺さず、老衰するまで幽閉する。そうすれば少なくとも数十年は時間を稼げるはずだ」

「なんと……!」

「そんなことをして、これまで通り陛下に隠し通せるおつもりですの?」

「難しいだろうな」

 転移結晶の存在、異界勇者の襲来、それら全てをこれまで魔王には隠し通してきた。そのため魔王にとって異界勇者とは、人界が発展のために召喚しているという、半ば伝説上の存在に近い。

 憧れの対象である人界から明確な殺意を向けられていること。それを知った魔王がどんな感情を覚えるか、想像しただけでルークの心は掻き毟られる。

 いつかはすべてを打ち明けなくてはならない。そんなことは分かっている。だがそれは決していまではない。

「すべての責任は俺が取る。だから頼む、協力してくれ」

 申し出にモーゼフは若干の難色を示したが、反対の声を上げるまでには至らなかった。ソフィアもまた同様だ。

 こうして主不在の魔王城閣議は終了した。

「思い切ったことを考えましたの」

 先に休むというモーゼフが退室した後、ソフィアがショーギの駒を指しながら言った。

「これまで俺たちは一方的に攻められていた状態だったからな」

 盤横の駒台から一枚の『歩』を取り、それをソフィアの陣地深くへと打つ。

「異界勇者の転移は、この歩と同じだ。一足飛びに王の眼前へと迫れる。ただショーギと違うのは、人界にはその持ち駒がほぼ無限にあることだな」

「そうかもしれませんの」

 ぺこり、とソフィアがお辞儀をした。意図が分からず、ルークは首を傾げる。

「なんだ」

「わたしの勝ちですの」

「は?」

「二歩。『と金』になってない歩を、同じ縦の筋に並べる反則ですの。ありがとうございました」

「……ありがとうございました」

 ショーギのルールはまだまだ勉強中のルークだった。

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