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 イヴは地下牢に縛りつけられていた。

 物理的に、ではない。手錠も足枷もなく、鉄格子に鍵も掛かってはいない。

 彼女をその場に縛り付けているのは、他ならぬ彼女自身の心だ。

 どうしてこんなことになったのか。ぼんやりとした頭で思い返す。

 いつも通り一緒に寝ようと、ヒナタの寝室を訪れたことは覚えている。

 枕を並べて交わされる他愛もない会話。そのなかで、不意にヒナタが真剣な表情で切り出した。

「あたしはイヴちゃんの友達になりたい。本当の友達に」

 彼女の真意が掴めず、困惑した。本当の友達とはなにを指しているのか。いや、たとえそこにどれほど深い意味があるにせよ、ヒナタがイヴにとって唯一無二の友達であることに変わりはないのだ。

「ヒナタはあたしのお友達よ。かけがえのない大切な友達」

 イヴの心からの言葉に、ヒナタは小さく笑うだけだった。

 そしてその笑顔をもってイヴの記憶は途切れている。

 気がついたときにはこの地下牢で横たわっていた。目の前には、いつも以上に顔色の悪いモーゼフ。

 困惑するイヴに、彼は状況を説明した。

「宰相閣下です」

「ルーク? ルークがどうしたの?」

「謀反です。宰相閣下が謀反を起こされました」

 謀反。かつて習い、意味を知っているはずの言葉。しかしそれをイヴの心は理解できなかった。

「閣下はいま、異界勇者殿が食い止められております。しかしこのままでは――」

「待って。待ってモーゼフ。だってそんなの……そんなのっておかしいじゃない! ルークが謀反? ヒナタと戦っている? そんなこと……!」

 ルークがイヴを脅かそうとするなど、ありえない。この世に絶対が唯一存在し得るとするならば、それこそが当てはまるだろう。

「お気持ちはわかります。かくいう私も、まさか宰相閣下に限ってあのような野心を抱いているなどと思ってもみませんでした」

「だからルークは野心なんて抱いてないの!」

「……陛下、これをご覧ください」

 頭を振って否定するイヴの手に、モーゼフが小さな結晶を握らせてきた。微弱な魔力を発するそれを訝しげに見つめる。

「これは?」

「記憶の石と呼ばれる魔石です。実際に起こった出来事の光景を記憶し、魔力を込めることでそれを再生することができます」

 説明に苛立ちが募る。魔石自慢なら後にしてほしい。

 そのとき、結晶に光が宿った。モーゼフが魔力を注いだのだ。

 結晶のなかに光景が浮かぶ。声や音はなく、無音のなか二人の人間が動いている。

 目を瞠り、言葉を失った。

「……うそ」

 漏れ出た声が、自分のものかさえわからなかった。

 思考が定まらない。ルークの謀反というありえない情報に、結晶内のありえない光景に、イヴの心はバラバラに霧散していた。

 なにが真実でなにが嘘なのか。だれを信じればよくて、だれを疑わなければいけないのか。その判断はだれがしてくれるのか。

 父の死後、それはルークがしてくれた。魔王がすべき判断のすべてを、ルークが代わりにやってくれていた。

 しかし今回ばかりはそうもいかない。

 ルークを信じるか否かという判断を彼に委ねることはできないのだ。

 それは他ならぬイヴ自身が決断するよりない。

 ふと周囲を見回すと、すでにモーゼフの姿はなかった。イヴと、その手に握られた記憶の石を残し、地下牢を後にしたのか。

 どこに? と思うと同時に、いったいどれほどの間、呆然としていたのだろうと焦りを覚えた。

 動かなかくてはならない。すべてが間に合わなくなる前に。

 手足が痺れ、力が入らない。これもルークによるものなのか、それすらわからなかったが、魔術の行使に支障はない。

 彼女の名はイヴ。イヴ・ド・バーンシュタイン。この魔界を統べる王。業は未熟なれど先祖より受け継いだ魔力は、同じく王族であるルークすら上回る。

 その魔界最強の魔力を解き放つ。

 頭上から轟音が響いた。

 天井が崩れ落ちたのだ。瓦礫とともに落下してきたのは一体の魔動甲冑。魔動甲冑は地下牢の鉄格子を掴むと、いとも簡単にこじ開けた。

 たとえ身体は動かなくとも、魔力を通じ魔動甲冑を動かすことは可能だ。イヴは自身を魔動甲冑に抱え上げさせ、天井に空いた穴へと飛び込んだ。

 城内に戻った彼女の目に飛び込んできたのは、駆け巡る火焔とそれによる煙だ。

 火が放たれている。その事実に愕然とせざるを得ない。たとえルークが魔王の地位を欲したとしても、城を焼失させる理由があるのか。

 消火にあたるべきか一瞬だけ迷い、すぐに却下する。城よりも大切で、優先すべきことがあった。

 城外へと飛び出し、さらに魔力を練り上げる。

 普段イヴが同時に操る魔動甲冑の数は十体に満たない。それもあらかじめ定めた単純動作を自立行動させているだけだ。かつて三十体の魔動甲冑を一度に操ろうとした際は、集中力が持たず、失敗した。

 だがいまならば。

 一体の魔動甲冑が魔王城から飛び出し、イヴの前に跪いた。

 さらに三体の魔動甲冑が、二階部分の窓を破りながら飛び降りる。さらに五体、十体、三十体と魔動甲冑の一団がイヴの前に跪いていく。

 そうして魔王城に置かれたすべての魔動甲冑、百十二体が集うまでにさほど時間はかからなかった。

「ルークとヒナタを探して」

 号令一下、魔動甲冑たちは探索領域ごとにいくつかの部隊に別れ、散った。

 魔動甲冑に意識はない。だがその視覚情報は術士であるイヴへと伝わる。

 小雨降り注ぐなか、百を超える魔動甲冑から伝わってくる情報の濁流。その取捨選択に全集中を割く。

 それはすぐにやってきた。

「……見つけた」

 自らを抱える魔動甲冑を即座に疾駆させる。同時に、他領域を探索していた部隊に対しても、目的地へ向かうよう指示を飛ばす。

 目的地は母の魂の眠る場所――魔王城裏手の森だ。


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