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 失敗談を告げることは勇気がいる。ほんの些細なミスなら、笑い話にもできるだろう。しかしその失敗が大きく、取り返しのつかないものになればなるほど、言葉は重くなる。

 自らの価値を貶めることと同義だからだ。

 そういう意味では、自殺に至るまでの経緯を告白する陽葵は、これ以上ないほどに自らの価値を貶めているといえた。

「――それでヒナタは自ら命を絶った、というわけ?」

 イヴの言葉に陽葵は首肯した。

 彼女の目を見ることができない。イヴはいま、どんな表情を浮かべているのだろう。どんな目で陽葵を見ているのか。それを知ることが怖かった。

「馬鹿ね」

 予想していたその反応に陽葵の肩が震える。

「ヒナタが受けた心の痛みは、きっとヒナタ本人にしかわからない。でも、たとえどんなに辛かったとしても、自分で自分を殺めるなんて、絶対に馬鹿よ」

「……うん、そうだね」

 まったくもってその通りだ。こうして自分語りをしてみれば、陽葵自身にも、どれほど馬鹿げた行いだったかわかる。

 短絡的で、衝動的な、視野狭窄極まりない選択。

 そうだ。

 いまなら、そう思うことができるのだ。

「でもそのおかげで、あたしたちは出逢えたのよね」

 ぽつりと呟くようにイヴが言った。顔を上げる。

「何度だって言うけど、自殺なんて、絶対に馬鹿げているわ。どんなに追い込まれていたとしても、そんな選択をあたしは認めない。……でも、もしもヒナタが自殺して、人界に異界勇者として召喚されなかったら、あたしはあなたと出逢えなかった」

 イヴの真っ直ぐな視線に掴まれ、陽葵は目を逸らせない。彼女は手を取り、言った。

「だから、ありがとう。あたしに出逢ってくれて」

「っ……!」

 湧き上がった感情に言葉が詰まり、繋がれた手をぎゅっと握りしめる。

 どうして、と思わずにはいられない。

 どうして彼女は、こんなにも弱い自分を受け入れてくれるのだろう。

「あたしは、ミヅキとは違う。ヒナタを裏切ったりしない。絶対にしない。あなたといつまでも一緒にいることが、あたしにとっての夢なんですもの」

 両目から涙が零れ落ちる。溢れ出す感情を抑えられない。

 繋がれた手を握り返した。強く、痛いほど強く。

「あたしこそ、ありがとう……! あたしに出逢ってくれて、あたしを友達にしてくれて、本当にありがとう。あたしもイヴちゃんとずっと一緒にいたい!」

 鼻先をイヴの長い髪が掠めた。彼女が抱きついてきたのだ。

「当たり前よ、バカ……」

 耳元で聞こえたイヴの声はかすかに震えていた。

 陽葵は両腕をイヴの背中に回し、彼女がそうしてくれているように、強く抱き締める。

 小さく、華奢な背中。全身で感じるその鼓動。鼻腔をくすぐる甘い香り。それら全てが愛おしい。

 この小さな少女が、陽葵にとって最も大切な人。

 彼女のそばにずっといることが、陽葵にとっての夢なのだ。

 ――本当に?

「……っ」

 幸せに満ちていた陽葵の心に入った亀裂。

 音のない声はさらに響き続ける。

 ――本当にあなたは彼女のことを友達だなんて思っているの?

 ――大切な人だと心から思っている?

 ――そこに打算はないと言い切れる?

「違う!」

 内なる声を、陽葵は声を上げて否定した。イヴから手を離し、胸元を抑える。それでも胸の内から湧き上がる声は止まらない。

 ――彼女の寂しさにつけ込んでいるだけ。

 ――いまこうして身の安全が保証されて、多少の自由も許されているのは、彼女の好意によるもの。

 ――その好意を失わないために、彼女の友達になってあげたフリをしている。

 ――美月がそうしたように。

「そうじゃない、あたしはそうじゃないの。あたしは……あたしは美月とは違うの」

「ど、どうしたのよヒナタ。あなたはミヅキじゃない、そんなの当たり前のことでしょう」

 陽葵を宥めようとするイヴの声が鼓膜を叩く。が、内なる声の反響で耳には入らない。

 ――いいえ違わない。だってあなたは、彼女の願いよりも保身を優先している。

 ――外の世界を見たいという彼女の夢を諦めている。

 ――彼女の夢を応援するということは、すなわちルークに逆らうことを意味するから。

 ――この魔界の実質的なリーダーである彼の不興を買えば、いま与えられている限定的な自由や身の安全すらどうなるかわからない。

 ――そんなの嫌だものね。

「……うるさい」

 ――否定しないで。

 ――だって本当のことでしょう?

 ――あなたは彼女のことを友達だなんて本当は少しも思っていない。

「黙れ」

 声が失せた。淀んでいた意識は晴れ、心配そうにこちらを覗き込むイヴの顔もはっきりと見える。

「ヒナタ……?」

「心配かけてごめん。もう大丈夫だから」

 微笑みかけると、イヴは安心したように頷いた。

「よかった。でも早く城に戻って、ちゃんと休んだほうがいいわ」

「うん、そうだね」

 イヴに手を引かれるまま、再び森を歩いていく。

 繋いだ手からイヴの体温を感じながら、陽葵の思考はいつになく鮮明になっていた。

 為すべきことは一つ。きわめてシンプルだ。

 しかしその達成を阻むリスクを思うと、恐怖を抱かずにはいられない。

 怖い。

 死後、この世界に転生してから初めて覚える感情。長らく忘れていたその感情の波に、気を張らなければ足が震えそうになる。

 それでも迷いはない。

 これからもイヴと一緒に生きていきたい。本当の意味で彼女の友達になりたい。その想いだけで体から力が漲り、どんな恐怖にだって立ち向かうことができる。

 ならばもう迷う必要など、ない。

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