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陽葵がこの世界にやって来てひと月がたった。
当然ながらまだまだ慣れないこともある。不便さは極まりないし、味噌や醤油を使った和食が恋しくなったりもする。
けれど、それらマイナス面を補って余りあるほど、陽葵はこの魔界での生活を楽しんでいた。
その理由は考えるまでもなく、イヴの存在だろう。
イヴ。陽葵にとって生涯で二人目の友達。彼女はいい子だ。幼さの中にも聡明さを併せ持ち、立派な魔王となるべく努力を積む姿には尊敬の念さえ抱く。
なにより、陽葵を必要としてくれる。
こんなにも素敵なイヴが、陽葵を慕い、遊んでとせがんでくるのだ。それが愛おしくないはずがない。彼女と一緒にいると、それだけで胸が温まり、喜びに弾む。
あたしはここにいていいんだ、と。そう思えるのだ。
一方で、イヴと幸せな毎日を過ごしながら、考えずにはいられないことがある。
もう一人いたはずの友達――藤沢美月という少女のことを。
名前や顔は、はっきりと覚えている。初めて顔を合わせた時のことも、かすかだが思い出せる。
けれどそれだけだ。それ以上、藤沢美月のことを思い出そうとすると激痛が頭を走り、思考が遮断される。
藤沢美月とはどんな少女だったのだろう。彼女とあたしは、どんな会話をし、なにを一緒に見て、どんな時に笑い合ったのか。
知りたい。どうしても。
そう願わずにはいられなかった。
「ほらヒナタ! こっちこっち!」
前方を歩くイヴがこちらを振り返りながら手を振る。そのあまりの無邪気さに、陽葵の頬は自然と緩んだ。
「イヴちゃん、前向いて歩かないと危ないよ」
「大丈夫よ。あたし、魔王だもの」
まるで根拠になっていない理由を述べたイヴのつま先が、足元を横たわる木の根に引っ掛かった。上体がつんのめり、バランスが崩れる。
「危ない!」
慌ててイヴの手を掴み、抱き寄せた。
「もう、だから危ないって」
胸元のイブへと視線を落とすも、予想に反してそこには余裕げな表情。
「ほら大丈夫だった」
「それはあたしが助けたからでしょ」
「そうね。あたしにはヒナタいるんだもの、大丈夫に決まってるじゃない」
くすりとイヴが微笑む。その笑顔に文句などつけられるはずもなく、陽葵は彼女の頭をよしよしと撫でた。
「じゃ、行こっか」
「ええ。早くお母様にヒナタを紹介しなくちゃ」
二人が再び歩き出したそこは森の中だ。魔王城のすぐ裏に広がるこの森は、イヴのお気に入りの散歩コースだという。
ルークの姿はない。当初は陽葵を警戒していた彼も、添い寝を目撃されたあの夜以降はだいぶ心を許してくれたのか、陽葵とイヴが二人きりになることも許容するようになった。
いまやこうして、敷地内とはいえ二人で魔王城の外に出ることすらできるのだから、各段の進歩といえよう。
木漏れ日の降り注ぐ林道を歩いていくと、やがて大きな――樹高二十メートルを越す巨樹にたどり着いた。
「すごい」
思わず声が漏れる。幹周十メートルを優に越す巨樹の雄大さを前に、それ以上の言葉は出ない。はたして樹齢は何百、いや何千年なのだろう。途方もない永き時を、この巨樹は生きてきたのだ。
「ここが……そうなんだよね?」
「ええ」
イヴが巨樹に歩み寄り、そっと手を触れた。目を閉じ、静かに語りかける。
「こんにちは、お母様。今日はね、お友達を連れてきたの」
陽葵はイヴの背後に立ち、その声にそっと耳を傾けた。
「彼女はヒナタ。この城にやってき来た異界勇者で、素敵な女の子で、あたしの大切なお友達」
目の前の巨樹こそが、イヴの亡くなった母の墓だという。
この世界での死者の弔い方を陽葵は知らない。火葬か土葬か、はたまた魔術を用いた特別な弔い方があるのだろうか。
やがてイヴは巨樹から手を離し、こちらに振り返った。
「おまたせ。帰りましょう」
「もういいの?」
「いいの。今日はヒナタを紹介に来ただけだから。いつでも来られるんですもの、長話してもしょうがないでしょう」
イヴがそう言うのであれば、反対する理由はない。二人は来た道を引き返した。
「あの樹の下に、お母さんが眠ってらっしゃるの?」
道すがら尋ねるとイヴは目線を前に向けたまま、
「あそこにお母様が埋まっているのか、ってこと?」
「まぁ、そういうことかな」
あまりに直接的な表現に少したじろぐ。
「それなら答えはいいえ、よ。べつにあそこにお母様が埋まってたりするわけじゃないの。そもそも、もうお母様の身体はこの世に残ってないもの」
「残ってないの? なにも?」
「ええ、なにも」
どういう意味だろうと陽葵は考える。魂のない肉体は身体に非ずという哲学的な考えか、はたまた散骨などで本当に物理的に消失しているのか。
「それなのに、あの樹がお母さんのお墓なの?」
「お母様はあの場所がお気に入りだったの」
「あ、なるほど」
理由はさておき遺骨が残っていないのなら、故人の思い入れの深い場所を墓として扱う考えは理解できた。
「立派な樹だもんね。お母さんの気持ち、わかるなぁ」
「魔界に見るべき場所なんて、あそこくらいしかないもの」
イヴが足を止めた。こちらを振り向いたその顔に浮かぶ、寂しそうな笑みの意味を、陽葵はすぐに理解した。
「イヴちゃんは魔界の外に出たいんだ」
「……うん」
頷き、目を伏せるイヴ。彼女にしてはひどく子どもらしい仕草だ。
「魔界が嫌いなわけじゃないの。生まれ育った土地だもの、大切で、大好きに決まってる。でも、そうじゃなくて……!」
「――もっと広い世界を知りたい、でしょ?」
イヴが顔を上げた。驚きに瞳が揺れている。
「そう……そうなの! すごいどうしてわかったの!?」
「まあ、イヴちゃんと比べられたものじゃないけど、あたしも元の世界では似たような境遇だったからさ」
生まれながらに責任を負わされ、不自由な生活を強いられるイヴの境遇に、陽葵は自らを重ねずにはいられなかった。
それでも陽葵には友人がいた。たとえいまは思い出せなくとも、確かにいたのだ。彼女の存在に救われたという記憶は、感覚として残っている。
その友人すらいなかったイヴの孤独は、想像を絶するものだろう。
「ルークの考えも、理解はできるの。たしかに人界はあたしにとって危険な土地なんでしょう」
自らに言い聞かせるようにイヴは言葉を重ねた。彼女を慰めることが、陽葵にはできない。陽葵の存在そのものが、彼女に対する人界の敵意の証左に他ならないのだ。
はたしてイヴは言った。
「ねえヒナタ、どうして人界はそんなにあたしを憎んでるのかな……?」
「……ごめん。わからない」
誤魔化したわけではない。そもそも陽葵が会ったことのある人界の人間とは、神官を名乗る一人の男性だけ。人界における世論など知る由もない。
「そう、よね。ごめんなさい、変なこと訊いて。……行きましょう」
再び歩を進めるイヴの背中は、あまりに小さく、陽葵は声を掛けずにはいられなかった。
「あたしがいるよ」
イヴの小さな手を取る。振り返った彼女と、陽葵の目線が交錯する。
「あたし一人じゃあ、力不足かもしれないけど……。それでもイヴちゃんの寂しさを少しは紛らわせてみせる」
「ありがとう。うれしい……本当にうれしい」
陽葵の手をイヴが握り返す。彼女は目尻に浮かぶ涙を振り払うように、はにかんでみせた。
「ヒナタがいてくれて、お友達になってくれて、一緒にいてくれる。そのことがどれほどあたしを救ってくれているか、何度お礼を言っても足りないわ」
「そんなお礼なんて」
照れ臭く、陽葵は一歩引こうとしたが、イヴは手を離さなかった。
「ありがとうヒナタ。あなたのおかげで、あたしはこの世界を生きていられるの」
その時。
イヴの放ったその言葉は、陽葵の記憶の水面に小石となって飛び込み、波紋を生んだ。
波紋は広がり、やがて一つの記憶を鮮明な形で浮かび上がらせる。
――ありがとう美月。あなたのおかげで、あたしはこの世界を生きていられるの。
「っ」
かつてない激痛と共に脳裏に浮かんだ情景。それを呼び水に、記憶が濁流となって溢れかえった。
藤沢美月との出会いにより陽葵の生活は一変した。
美月は屋敷に住み込むに留まらず、陽葵の通う学校に転入し、さらにクラスまで同じとするクラスメイトになった。
母がそこまで手を回すことが少し不思議だったが、陽葵はそれを受け容れた。そもそも母の決定に異を唱える選択肢などない。
屋敷でも学校でも、美月は陽葵について回った。朝夕の食事と入浴、それと就寝時を除くほぼ一日中、二人は一緒だった。
だれかと一緒に食べるお昼があんなに美味しいことを陽葵は初めて知った。
授業と授業の間のわずかな休み時間に交わす雑談がこんなにも楽しいこと。
送迎の車内から二人で一緒に見る夕焼けがあれほど美しいこと。
出会ってからわずかひと月の間に、陽葵にとって美月はかけがえのない友人となっていた。
「ねえ美月」
「はい、陽葵さま」
「美月は将来のことって考えたことある?」
ある日、昼食の席で陽葵はそう訊ねた。深い意味はなく、クラスメイトたちがぼやいているのが耳に入ったから程度の理由だった。
「どうしたのです突然」
当然の反応を見せる美月。箸を置き、真っ直ぐこちらに向き直す仕草に陽葵は苦笑する。
「べつにどうもしないってば。なんとなく気になっただけ。ほら普通の子って、将来への不安とか夢があったりするんでしょ?」
「……普通という集団に、わたしは入るのでしょうか」
美月が首を傾げる。たしかに、クラスメイトを様付けし、その屋敷に付き人として住み込む彼女も、あまり普通とは呼べないかもしれない。
「それでも、あたしよりはずっと悩む余地があるじゃない」
陽葵に将来への不安はない。夢もない。揺らぎようのない既定路線があるだけだ。
きっと陽葵は将来、御堂家の当主を継ぎ、だれか条件に見合った男性を婿に迎えるのだろう。
望もうと望むまいと、そうなることは確定している。
「だから興味があってさ。美月は自分の将来についてどう考えてるの? 夢はある?」
「わたしの将来……」
美月はまぶたを閉じ、じっと黙考した。やがて彼女は口を開き、
「……夢と呼ぶのも憚られる、浅薄な願いでしたらあります」
「わぁ。いいじゃない、浅薄で。きっと夢なんて大なり小なりそんなものよ。卑下することないわ」
「そうでしょうか」
「そうなの。でもそうかぁ、美月には夢があるのね」
息が漏れる。自分にとって唯一の友達が夢を持っている。その事実に感慨を覚えずにはいられなかった。
「……内容は訊かれないのですか?」
「内容って、夢の?」
「はい」
美月が頷く。陽葵は首を振った。
「訊かないよ。だって訊いたら、美月は教えてくれちゃうでしょ?」
美月は陽葵への従順な姿勢を崩すことはない。たとえそれが夢という極めてプライバシーな事柄であっても、陽葵に求められれば明らかにするだろう。
友人にそんなことをさせるわけにはいかない。
「もしもいつの日か、美月が夢について語りたくなったら、その時教えてちょうだい。ね、約束」
小指を立て、差し出す。意図を察した美月は、一瞬の躊躇の後、自らの小指を絡めた。
「はい。約束いたします」
美月の控えめな微笑に、陽葵も微笑みで返す。
温もりが胸を満たす。くすぐったくて、気恥ずかしさを伴う気持ち。この温かみを幸せと呼ぶのだろうと、陽葵は理解していた。
しかしこの幸せは永遠には続かない。いつかは美月とも離れ、陽葵は御堂家の責務に追われる日々に埋もれていくだろう。
でもだからこそ、この限りある幸せな日々が少しでも続くこと。
それが陽葵の、小さくも心からの夢だった。
そしてその夢はあっけなく破れることになる。
きっかけは母の急逝だった。
ある朝突然倒れた母は、その日の晩他界した。人知れず母の脳に出来ていた血栓が肥大化し、血流を止め、ついには命を奪ったのだ。
母の死により、御堂家の力関係は一変した。
それまで母と並んで一家の主導権を握っていた祖母は一気に老け込み、やがて認知症を患い、施設へ追いやられた。
代わりに実権を握ったのは、それまで肩身の狭い立場に甘んじてきた父だ。
ある日父は、ひとりの女性を陽葵に紹介した。再婚を考えている人だと。
母の死からまだ半年とたたない日のことだ。
再婚相手は母とほぼ同世代の、どちらかといえば地味目な女性だった。
初対面の席、彼女の顔を一目見て、陽葵は妙な既視感を覚えた。初対面であるはずの彼女と、どこかで出会った気がしたのだ。
再婚相手には陽葵と同い年の娘がおり、彼女もまた同席した。その娘と顔を合わせた瞬間、既視感の正体は判明し、衝撃が全身を貫いた。
娘の名は藤沢美月。陽葵にとって唯一の友がそこにいた。
ことの真相は単純だ。
父は再婚相手――美月の母親と不倫関係にあった。それもここ数年の話ではなく、十数年以上前から。
つまり陽葵と美月は、同じ男を父に持つ、腹違いの姉妹だったわけだ。
そのことを母は知っていた。プライドが高く、父を自らの所有物のごとく扱ってきた彼女にとってそれは、この上ない屈辱だったに違いない。
だから母は、自らを辱めた者たちへの復讐を試みた。
その対象は、父でも不倫相手でもなく、娘である美月だった。
母と再婚相手との間で、具体的にどんなやり取りが交わされたかは定かでない。しかし結果として美月は、陽葵の付き人として御堂家に住まわされることになった。
自らの出自を明かすことすら許されず、腹違いの姉に仕える日々。
屋敷の敷居を跨いだとき、陽葵と初めて顔を合わせたとき、父と言葉を交わすとき、はたして美月がなにを想ったのか。どんな感情が胸中を走ったのか。
想像すらできない。
これほど恐ろしい復讐に走った母を、陽葵は心から恐れた。同時に、事態の推移をただ黙認していた父を軽蔑した。
しかし一方で、安堵の気持ちも芽生えた。
母が亡くなり、晴れて父は美月の母親と再婚することができる。そうなれば美月も、御堂家の一員となる。
友人から姉妹になることで、ひょっとしたら二人の関係に多少の変化はあるかもしれない。そうたとえば、もう美月が敬語を使う必要がなくなったり。
なにより姉妹なら、これから先もずっと一緒にいられるのだ。
これほど喜ばしいことが他にあるだろうか。
その時の陽葵は、本気でそう考えていた。
「さてなんて言ったものかしら」
面会の席を終え、陽葵は自らの私室で美月と二人きりでいた。
生まれて初めてできた姉妹と、どんな顔で対面すればいいのかわからず、ついつい気恥ずかしさが出てしまう。
それでも、伝えておかなければならないことがあった。
「まず母のことを謝るわ。本当にごめんなさい。あの人が美月にしたことを思うと、我が親ながらぞっとする」
美月は無言のまま俯き、陽葵の言葉にじっと耳を傾けている。
「あたしは今回の件で改めて、自分を取り巻くこの世界がまともじゃないことを認識したわ。きっと一人だったら、いつか心がバラバラになっていたと思う」
あるいはその果てが、亡き母だったのかもしれない。そう思うと、母にもわずかばかりの同情を向けてもいいのかもしれない。
母と陽葵はちがう。陽葵には、美月という無二の友人がいる。彼女の存在がどれほど救いとなったか。
そんなかけがえのない大切な人に、陽葵は万感の想いを込めて言った。
「ありがとう美月。あなたのおかげで、あたしはこの世界を生きていられるの」
手を差し出す。気恥ずかしさはとっくの前に忘れた。
が、差し出されたその手を美月は取ろうとしなかった。
顔を伏せたまま、美月が口を開く。
「……陽葵さま」
「様付けはやめて。あたしたち……姉妹、じゃない。もっと気軽に呼び捨てでいいわ」
「それでは――ねえ陽葵、以前話したわたしの夢のことを覚えてる?」
「夢? ええ、もちろん。それがどうかしたの?」
「こうすることが、わたしがずっと抱いていた夢なの」
ぱしん、と。差し出されていた陽葵の手を、美月が勢いよく叩いた。
「……え?」
痛みよりも驚きに呆ける陽葵と、顔を上げた美月の視線が交錯する。
はじめて見る表情だった。
鋭く、激しい憎悪の込められた眼光。それに射抜かれ、陽葵は息が止まった。
「二度とわたしに気安く話しかけるな。二度とその同情の目をわたしに向けるな。二度とその傲慢な顔をわたしに見せるな」
「みづ、き……?」
「どこまで想像力に欠けるの? わたしがあなたのことを心からの友人だと、そんな感情を抱くと思った? どうして自分だけはわたしから恨まれてない、なんて思い込める?」
堰を切ったように激情を吐き出す美月に、陽葵はなにも言い返せなかった。
脳が、心が、現状への理解を拒んでいる。
「一つ教えてあげる。あなたを友人だと思ったことは、これまで一瞬たりともないし、これから先も永遠にありえない。絶対にない」
美月は言い放ち、腰を上げた。去り行くその背中に、咄嗟に手を伸ばすも、届かない。
ほんのわずかな距離。しかしこの距離が縮まることは、永遠にない。
ひとり残された陽葵は、散らばった思考を懸命にまとめようとしていた。
美月が、いま、言ったこと。仮に、もしもそれが、彼女の本心からの言葉だったとしたならば。
最初から、初めて顔を合わせたあの瞬間から、美月は陽葵のことを恨み、憎んでいた、ということになる。
彼女は陽葵の友達でもなんでもなかったことになる。
たった一人の友達すら陽葵にはいなかったことになる。
「……あはっ」
漏れ出た声は、広い部屋の中に溶け、なにも返ってはこない。
静寂のなか陽葵は、つい先ほど自らが発した言葉を思い出す。
友達が、美月がいてくれるおかげで陽葵は、この歪んだ世界を生きていける。
その言葉に嘘偽りはない。そして陽葵に友達などいない。最初からひとりもいなかった。これから先も、できるはずがない。
ならば結論は一つだ。
その夜、陽葵自身の手によって、彼女の生涯は終わりを迎えた。
自らの名を呼ぶ声に、陽葵の意識は引き上げられた。
目を開けると、両目一杯に涙を浮かべたイヴの顔がすぐ近くにあった。
「イヴちゃん……?」
「ヒナタ! よかった、よかったぁ……! 急に倒れて、あたし、どうしたらいいかわからなくて」
涙をこぼし、イヴが抱きついてくる。陽葵はそんな彼女の頭を撫でながら、
「そっか……。あたし、倒れたんだ」
「突然頭を押さえてうずくまったと思ったら、そのまま気を失ったのよ。何度も名前を呼んだけど、全然目を覚まさなくて……」
「……心配かけちゃったね。ごめん」
陽葵は上体を起こし、イヴの両肩に手を置いた。真正面から目を合わせる。
「イヴちゃん。あたし、全部……全部思い出したんだ」
「全部って、元いた世界のこと?」
「うん」
懸命に作り笑いを浮かべる。こんな話を真顔でしてしまえば、もはや救いようがない。
「あたし、自殺したんだ」
上手く笑えた自信は、なかった。




