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痴れ者の不恰好な愛  作者: 黛ちまた


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新たな風雲

 公爵邸で行われる夜会。

 王都でこれだけの屋敷を持つのは公爵家と侯爵家ぐらいのものだ。今、広い土地を手に入れるとしても王都の端ぐらいのもの。中心地で夜会となれば必然的に場所は限られる。

 

 広いホールには着飾った招待客がそこかしこに見られる。クリスタルガラスで作られたシャンデリアが、蝋燭の灯りを美しく見せる。

 流れる音楽は昨今流行りのもので、供される飲み物や食事を見てもそう。新しいもの好きのイアン公子が手掛けたと聞くと、皆納得した。

 実際はゴードン公子が手配させたものだ。よく見れば分かるが、イアン公子だったら用意しないものもそこかしこに配置されている。イアン公子が倒れてから、ゴードン公子が引き継いだということになっているので、違和感は抑えられているのではないだろうか。

 

 レシュマや彼女に近しい令嬢は一人としていない。

 紳士会に残り、この夜会で計画を実行に移さんとする者たちは私を見るなり寄ってきた。

 

「素晴らしい夜だね、アトリントン卿」

「そのようだ。いつもと違って今日はあなたの目もよく見えているようだ」

 

 かつてなら私をくだらない者として歯牙にも掛けなかった男が、わざわざ話しかけるのだ。私など存在していないとばかりに、無視をしていた男が、だ。

 いつもならこちらも相手にしないが、レシュマに害意を抱く相手に容赦する気はない。

 

 愛想笑いを浮かべ、「公爵家の美しいシャンデリアのお陰だ」と言い訳をしてきた。あまりの苦しさに笑ってしまうほどだ。

 

「時に君、美しい婚約者はどうしたんだい」

「二人並んで夜会に出席すると聞いて、楽しみにしていたんだよ、我らは」

 

 周囲を見渡し、レシュマの姿を探す。

 

 なんのために?

 問い返したいのを我慢して困ったように、薄い笑みを浮かべてみせる。

 

「彼女は最近気を張りすぎていてね、いやなに、当主教育という奴だ。支えられるように私も努力しているが、なにぶん貴兄らも知るとおり私は愚かなものだから──あぁ、すまないね、話が逸れてしまって。体調が優れないので今日は欠席させていただいているんだよ。さすがに公爵家主催の夜会を二人揃って欠席する訳にはいかないからね、私だけ挨拶に伺った次第だ」

 

 ニッキーに、絡まれたら嫌味ったらしく思ってもいないことを言ってやれと言われ、聞かれてもいないことをわざと饒舌に語って見せれば、分かりやすく彼らの目は泳ぎ、見合っていた。

 どうする? とでも言うかのように。

 彼らは商売などできなさそうだ。顔に考えていることが出てしまっている。足元を見られて、商人に食い物にされるのがオチだろう。

 

 飲み物を持ったボーイが現れた。顔を見て一瞬ぎょっとしてしまった。ニッキーだったからだ。

 

「……そうだ、せっかくなのでどうかね?」

 

 グラスを一つ取る。あからさまに他のグラスに離されたグラスを。それを取れとニッキーの目が訴えていたから。


「あ、あぁ、そうだな」

「うむ」

 

 歯切れの悪い返事をしながら、ニッキーの持つトレイから酒の入ったグラスを次々と受け取っていく。


「それでは、王国の輝かしい未来に乾杯」

 

 お決まりの言葉を口にしてからグラスの中の酒を飲み干したら、水だった。ちらとニッキーを見たらにやりと笑っていた。酔う必要はないが、さすがにそこまで弱くもない。水を飲まされるとは思っていなかった。

 

 ひと口だけ飲む者、呷る者、それぞれだが、全員がグラスに口をつけた。


「君たちの未来に幸多からんことを」

 

 言ってからグラスをボーイに返し、その場を後にする。素晴らしいタイミングでゴードン公子と公爵が姿を現したので、挨拶に行くふりをして。

 

 多くの者が公爵とその後継者のゴードン公子に挨拶をする。しばらく待っていると挨拶をする者が切れたようだったので、公爵の前に立ち、礼をする。

 

「……貴兄が、アトリントン卿の」


 含みのある問いかけに些か困ったが、笑顔で頷く。

 

「ルパート・バリー・アトリントンと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」

 

 顔を上げて二人を真っ直ぐに見る。

 ないとは思うが、彼らの目に私に対して敵意があるかを確認するために。息子のことで含むものがあるかどうか。ロイル家にはなくとも、私には思うところがあるかどうか。

 貴族同士の付き合いに、純粋なものなどあると思わないほうがいい。相手がどれだけ聖人と呼ばれても。単純に卑怯な真似をしない人、というだけの意味なのだから。

 

「ご招待をいただいておりましたが、体調が優れず婚約者は参加できず……。閣下にお詫びをと言付かっております」

 

 私の挨拶を、二人は鷹揚に受け止めてくれた。

 あらかじめ決められたことだが、こういった茶番は必要だ。

 

「ロイル侯爵家の令嬢との婚約、おめでとう。遅くなったが祝いの品を贈らせてもらいたい」

「ありがとうございます」


 公爵は頷き、その場を去った。

 ゴードン公子は私の前に立ったままだ。

 

「改めて招待させてもらいたい」

 

 私を見る目に敵意はなかった。関心もなさそうではある。純粋に今回のことで礼を言われるのかも知れないが、閣下に報告しておこう。


 公爵とゴードン公子に挨拶も済み、紳士会の残党にも薬が入った酒を飲ませることができた。

 彼らの姿を探すと、ふらふらとした足取りのところをボーイたちに支えられながらホールから出て行くところだった。

 あのうちの何人が、社交界に残るのだろうか。

 残ったとして、不名誉な噂を立てられることは避けられないだろう。

 ……公爵家のイアン公子が首謀者だったのだ。他には侯爵家、伯爵家の後継者が紳士会の中心だった。失敗するなど夢にも思わなかったのだろう。

 けれど、引き返すタイミングはいくらでもあった。機会を見落としたのは自分自身。

 

 貴族社会は美しく華やかな見た目をした魔窟だ。弱みを見せること、隙を作ることは忌避せねばならない。

 蛇蝎のみが生き残る世界とまでは言わないが、決して生き易い世界ではない。

 その世界に、レシュマと生きると決めたのは自分だ。

 私と違って彼女は逃げられない。彼女自身逃げるつもりなどないだろうし、生き抜けるだけの力を持っている。それでも、今回のようにどうしようもない理由で足をすくわれることがある。

 

「私の出番はなかったようで残念だよ」

 

 不意に話しかけられ、我に返る。

 声の主を見れば、すらりとした長身の、美丈夫が立っていた。

 

「おや、驚かせてしまったかな?」

 

 私よりも年下に見えるが、身に纏うもの、立ち居振る舞いなどから高位の貴族に見える。けれど知らぬ顔だ。

 いくら私が平民になるつもりで社交に積極的でなかったとはいっても、さすがに自国の貴族の顔は見れば分かる。

 

「……失礼?」

 

 暗に誰だと尋ねれば、相手は笑顔を浮かべた。

 

「これは申し訳ない。私は隣国メレディスのジョージ・ヘイマーというものだ」

 

 メレディス王国のヘイマー家。

 二代前の王弟がその功績を讃えられて興した公爵家だったはずだ。

 

「ヘイマー公爵家のご子息でいらっしゃいますか」

「おや、知ってくれていたとは」

 

 隣国の、それも王家を凌ぐ勢いと言われるヘイマー公爵家の令息がいるのだ。繋がりを持ちたい人間はごまんといる。それなのに私たちの周囲に人が集まらないところからして、意図的に人避けがされているのだろう。

 たまたま私に話しかけたというのはなさそうだ。 

 

「……ご用件がおありで私に話しかけたのではございませんか?」

 

 にっこりと微笑む。令嬢たちが放っておかない容姿だ。

 

「私もこの年だ。そろそろ婚約をせねばならない。ロイル家の令嬢に打診をしようと思っていたら既に婚約がなされたと聞いてね、興味を持ったのだよ」

 

 それまでの友好的だった眼差しが、途端に値踏みするようなものに変わる。

 

「恋敵という奴だ、ルパート・バリー・アトリントン。私は欲しいものを手に入れるために全力を尽くす質でね」

 

 ……レシュマを妻にと望むと、婚約者の前で堂々と言ってのけるのは、その容姿や家柄に自信があるからだろうか。

 

「今回、なにごともなく彼女を守りきれたが、それは君の力ではあるまい」

 

 それは、自分でもずっと思っていたことだった。

 レシュマの両親である宰相閣下、王女、その兄である王、イアン公子の父である公爵、ニッキーたちの力添えがあったればこそだ。

 私の力ではない。それは、変えようのない事実だ。

 

「また会おう」

 

 颯爽と去っていく公子の後ろ姿を見つめるしかできなかった。

 

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[一言] 頑張れルパート!!
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