思わぬ助け
その後、連絡を受けて早めに戻って来た宰相とも話をし、おおよそのことが決まった。
レシュマの護衛と侍女を増やす。その際は彼らの身辺そのものにも気を配る。家族などを人質に取られるなどして脅され、レシュマを危険な目に遭わせる存在になっては困るからだ。
閣下も私と同じ意見のようで、恨みが積もる前によからぬ輩を見つけ出しておきたいとのことだった。
すぐさま罰せないとしても、警戒すべき相手を認識しておくのは大事だ。
さすがに自身の周囲が騒がしくなったことでレシュマも反省していた。自身の発言で多くの者に影響を与えることを理解したようだ。
いくら幼い頃から当主教育などを受けていても、レシュマ自身はまだ成人していない。知る世界は限られている。知っていても実際に経験して分かることというのは多くある。
レシュマが参加するお茶会などには、母であるグリエルマ様や従姉妹のサフロン・コーデン侯爵令嬢、その妹のロモーラ・コーデン侯爵令嬢、友人のイザベラ・ミンター伯爵令嬢が伴ってくださっている。一人にならぬよう、あまり接点のない者が不用意に近づかぬように注意を払っているとのことだった。
イアン公子が女性問題を起こしていたのもあって、多くの令嬢がレシュマの味方になってくれたようだ。
よくぞ言い返してくれたと感謝されたと得意気になっていたのを、グリエルマ様に叱られていた。
これまでレシュマはお茶会にも参加しておらず、友人が少ないと聞いていたので不安だったのだが、共通の敵がいるおかげか仲良くなった令嬢もいるようだった。……少し複雑な気持ちだが、ここから健全なお付き合いが始まってくれればと思う。
閣下のほうでも色々と調べてくださって、レシュマを襲おうとしている者たちの目星がついたようだった。計画の概要も。
そこに弟が加わっていることに衝撃を受けた。詰め寄って止めたくなったが、閣下に止められた。
弟は自分から閣下に連絡をしてきたとのことだった。内情を調べる役割を買って出たらしい。
ジョナサンはあいかわらず私を冷たい目で見てくる。なにを思ってそのような行動をしているのかは分からないが、以前のような苛立ちに耐えている様子はない。
私が色々思うように、ジョナサンにも思うところはあるのだろうが……そのようなことをして危険はないのかが気になる。
ストーン公爵家主催の夜会で、計画は実行されるらしい。王家主催の夜会の場合、騎士たちが多くいる。騎士を懐柔するのは難しい。
その点公爵家主催の夜会なら格式もそれほど変わらないし、侯爵家からも参加を断りにくい。警備を担当する者たちは自分の家に仕える者だ。命令も下しやすい。
招待されたのはレシュマと私。コーデン家とミンター家には招待状はいってないらしい。さすがに呼ばれていない、それも公爵家の夜会に強引に参加することもできないため、サフロン嬢たちは悔しそうにしていた。
その代わり他の令嬢たちがレシュマのそばにいるように頼んでくれたようだが、あちらも準備をしているのだろう。
私とレシュマを引き離し、その隙にことに及ぼうとするはずだ。それは絶対に防がねばならない。
なんとかできないかとない知恵をしぼっていたところ、ニッキーから連絡がきた。
おどけた顔でニッキーが言う。
「あちらが考えそうなことをこちらもやってみたらどうかと思ってね」
「と、言うと?」
「こちらから人や物を送り込むってことだよ」
「バレるのではないか?」
にやりとニッキーは笑う。
「こちらは商売人だ、ルパート公子。貴族との繋がりは喉から手が出るほど欲しい。信用もな?」
「……まさか、既に忍び込ませているのか?」
口が立つだけでなく、ニッキーは事がスムーズに運ぶように準備を徹底する男だった。
「勿論だ。得になること、損になることは早めに手を打たないとな」
あまりのことに言葉もない私に、ニッキーが苦笑いする。
「でもな、上手くいったって俺はただの商人で、平民なんだよ、ルパート。俺はうちの商会をこの国一にしたい。そのためにおまえを利用させてもらいたい。代わりにどんな協力も惜しまんつもりだ」
「おまえにメリットがあるならいいが……それにしても危険はないのか」
双方にメリットがなければ関係は成り立たない。
私自身は大したことはないが、伯爵家の人間ではある。それがニッキーの求めるものに必要で、ニッキーが私を助けてくれるならいくらでも私を利用すればいい。
「おまえのそういうところ、本当に貴族らしくないな。平民は青き血のために生きて死ね、とは思わないのか」
「親の代わりに私を慈しんでくれたのは平民の侍女と執事だ」
「なるほどな」
納得したようでニッキーは頷いた。
「侍女を五人、下男を三人一ヶ月前から潜り込ませている。侍女の三人は公爵家の騎士と良い仲だ。公爵自身は人望があるが、三男にはない。そこが狙い目だな」
手際の良さに呆然としていると、ニッキーは顎を撫でた。
「共犯はおまえの弟だぞ、ルパート」
「ジョナサンと?!」
にやにやしながら私を見る。なんだか居心地が悪い。
「……なんだ」
「いやぁ、ルパートは愛されてるなと思ってな」
「気持ちの悪い表現はよしてくれ」
ニッキーは声に出して笑う。
「計画どおりにいかないことも想定に入れている。まぁ上手くいくとは思うが、念には念を入れておかないとな」
頷く。
準備した分だけ気が緩みがちだが、そういう時こそ油断が生じて失敗するのだ。
準備は進んでいく。どちらも。
閣下も、ジョナサンも、ニッキーも。
これまでと変わらぬ生活を送るよう言われている。
知人に接触することもできない。分かってはいても落ち着かない。
公爵はどうなるのだろう。
閣下がなにも考えていないとも思えないが、いささか不安にはなる。
王家と公爵家の仲は悪くない。イアン公子のことで仲が拗れるようなことはどちらも望まないだろう。
となると騙し討ちをせず伝えるのか、それとも秘密裡にことを運ぶのか。
公爵がやむなしと考えても、妻である夫人もそうとは限らない。イアン公子があそこまで甘やかされて育ったのは夫人の影響だとの噂もある。
夜会で悪意ある者を一網打尽にすれば、確かに今後の憂いはなくなるかも知れない。
ただ、別の人間に恨みが移るだけのような気もしてきている。
一番は彼らが冷静になってくれることだが、一度走り始めた馬車、それも暴走しているものがそう簡単に止まるはずもない。
「ニッキー」
「なんだ」
「暴走した馬をその場で止めるにはどうすればいいと思う」
私の質問にニッキーは眉を顰める。
「止めてもしばらく走り続けるだろうから、その場では無理だな」
「……足を落とせば止まるか?」
「これはまた、ルパートとは思えないような言葉だな」
「そうか?」
「温和なおまえからそんな言葉が出るとは思いもよらなかった」
「私は別に温和じゃない」
そう、温和ではない。
己の力量を知っているから、早めに諦めたり妥協しているだけだ。面倒ごともあまり好きではない。
「一網打尽にすれば当事者は捕獲できるだろうが……」
「公爵夫人のことを言ってるのか」
「卿を溺愛しているとの噂を聞いたことがある」
ニッキーは頷いて、葉巻をケースから取り出した。
「新たな火種か。主戦場が社交の女の場に移る可能性はあるな」
それでは駄目だ。
レシュマは負けないだろうが。
「こんなくだらないことのために禍根が残るのは不快だ」
「言うなぁ」
葉巻を咥えながら苦笑いを浮かべ、火をつける。
「じゃあ、どうする」
二度とそんな気が起こせないように、個別の問題として潰していき、小物だけを最後に一網打尽にするのはどうだろうか。
「おまえが潜り込ませているという侍女の協力を得たい。それとできれば、公爵の協力を得たい」
「父親か」
「もしくは後継者の公子の。どちらも家族の情はあるだろうが、事が露見すれば公爵家といえどもただでは済まない。イアン公子を切り捨てる方向に協力してもらえるのではと思った。それと命は取らない方向で」
命を奪えば禍根が残るし、彼らも罪悪感を抱くだろう。家名を傷つけないようにしつつ、当事者であるイアン公子だけをどうにかしたい。
一方的ではなく、選択肢を用意して、公爵側が選択する。こうすることで自分たちが選んだ結果なのだと思ってもらいたい。
「高級娼婦を潜り込ませて切り落としてもらうことを考えたが、女性の細腕では抵抗されて逆に酷い目に遭うかもしれないから、これは駄目だ」
「それで侍女か」
頷く。
「恋仲になった騎士と話をつけて、痴情のもつれといった形で公子を部分的に再起不能にしてもらいたい」
「……想像するだけで縮んできた」
ニッキーはため息を吐く。
「それならいつものことだし、公爵家の中で起きたことだから露見しにくいし、公子はもう二度とオイタができなくなるってわけだ。悪くない」
「もう二度と社交界には出られないだろう。夫人もレシュマを逆恨みすることもなくなるだろうから、レシュマは安心して社交ができる」
「……おまえって」
「レシュマを守るためなら悪いこともするさ」
自分が穢れてもそばにいてくれと、年若い彼女に言わせるようなことは、絶対にしたくない。