追憶 二
レシュマの追憶その二となります
甘やかしてくれるルパートに、私は溺れてしまいそうだった。穏やかな微笑みは私の心を安らげてくれたし、私のわがままを窘めてくれる。
五才も年下だ。子供っぽいと思っているのだろうと思う。けれど不快に思わない。
「レシュマの感性は王都で汚れた私には眩しく見えます。このままではいられないとは思うけれど、大切なものは失わないで欲しい」
ルパートの言葉の裏には、多くの挫折があったのだろう。言葉の重みが、私にも伝わる。経験の少ない私の心にも届く。
私が知っていてルパートが知らないことを教えても怒ったり不機嫌にならない。よく知ってたな、なんて子供を褒めるような言い回しもしない!
馬鹿にするでもなく、子供として扱うでもなく、私を対等な一人の人間として扱ってくれる。
私の出自だとか、家柄だとか、そういった諸々のことを気にならないのだろうかと思っていた。不安は少しあった。
ルパートと執事長が話すことがあり、なにを話していたのかを後から執事長に確認すると、伯爵位と侯爵位の違いというのか、家格の違いによるものを確認していたらしい。ルパートにとって家格差とはその程度のものだと思ったらほっとした。
それから、私が嫌うものについても質問されたらしい。
彼からすれば何気ないことなのかも知れないが、一つひとつが私の気持ちを慮ってくれているのが分かって、嬉しかった。
どうせなら私に聞いてくれればいいのに。
不貞腐れた私にお母様が、あなた、嫌いなものの話をすると不機嫌になるもの、と言われてしまって、恥ずかしくなった。
ルパートが私に聞けないのは、私が不機嫌さを隠せないからだ。淑女教育を受けてはいるものの、つい屋敷の中では気を抜いてしまう。
けれどそれでは駄目だ。直さなくては。いつまでも子供のままでいたらルパートと対等になれない。
「早く大人になりたい」
「急がなくても、時間はどのような人間にも等しく訪れますよ」
「そうじゃないの! 乙女心が分かっていないのだから」
意味が分かったようで、頰を少し赤らめて、嬉しそうに微笑んだ。
少年のように柔らかに笑う人だと思う、私の大好きな婚約者は。
彼は弟の成人を待って家を出るつもりでいたのだと話してくれた。
聞けば、両親と弟に酷い態度を取られているとのこと。私が怒る姿にルパートは苦笑いを浮かべ、大丈夫だと言った。今は優しいからと。私との婚約で手のひらを返したのかと思うと苛立った。
それに、今は気にならなくなっていても、過去の、幼かったルパートは辛かったはずだ。
両親に愛されていると分かっていても、そばにいない寂しさに私は何度も泣いた。
そばにいながら自分を愛してくれない、むしろ傷つける言葉を投げる家族の元で、一体どれだけ傷つけられたのかと、想像するだけで腹が立って仕方なかった。
悪意を持つ人間に、そのまま悪意を返してしまう私と違って、ルパートは距離を取る。
穏やかで争いを好まない彼の性格からして、なぁなぁに済ますのかと思いきや、きちんと距離を取る。きちんと、という表現はおかしいけれど、ルパートの中には明確な線引きがあって、好まぬ相手となれば、距離を取る。それが家族であっても。
必要な手順を経て、関係を切られるのだ。下手に傷つく言葉を投げられるより辛いだろう。
軽んじていた相手から切り捨てられる気持ちというのは、どういうものなのだろう。
ルパートのことは両親によって徹底的に調べられた。
私をなにかの企みに利用されてはいけないから。
飛び抜けて優秀ではないが勤勉であり、不足分を補う努力は怠らない。
穏やかで、貴族の令息たちに嘲られても相手にしないが、必要な時には言い返し、争わない。そういった性質が重宝されて、学院時代は寮長を務めていたとのこと。
貴族に対しても平民に対しても等しく接し、かつ爵位もそれなりにある。寮監からすればありがたい存在だったろうとお父様もおっしゃっていた。
女性関係も問題ない。
問題は家族にあるが。
両親はルパートを私の相手として認めてくれて、あっという間に婚約は成った。
ルパートの親が欲を抱いても大丈夫なように対策もした契約内容でもって。
弟は色々と思うところがあったようで、以前のような態度は取らなくなったらしい。けれどプライドが高かったから、素直になれずにいるとか。ルパートを傷つける存在が減るに越したことはない。
ストーン公爵のイアン公子が、私に相手にされなかった腹いせに起こそうとした事件は、父や伯父、ルパートの友人たちの力で以て事なきを得た。
ルパートは自分は何もしていないと言う。確かにルパートには力はないのかも知れない。けれど私はルパートにそのようなものを求めたのではない。
損得を考えて助けてくれたとしても、平民である友人が公爵家に人を潜り込ませるだとか、そのようなこと普通ならしない。貴族と事を荒立てるなど、平民なら避けるべきことだからだ。そうさせるだけの信頼を築くことができる、そんなルパートが誇らしい。
お父様はルパートを程良いとおっしゃった。
王妹が嫁いだ家がこれ以上力を持つことはよろしくないと考えてらっしゃるようだった。
王家を支えるのに力は必要。けれど、必要以上の力は他の貴族を警戒させる。そういった意味でルパートは申し分がない。
伯爵家の出であり、本人に野心もない。
お母様はルパートを申し分ないとおっしゃる。
ともすれば貴族の婚姻は利害がつきまとう。ルパートとならばそういったものもなく、領地にて穏やかに暮らしていけるだろうと。王都でも力を持ちつつある商会の未来の後継者と懇意にしていることもまた、貴族社会を泳ぐのに重要だとも。
親というものは子のために色々と考えてくれるのだと感じた。
私は長い人生をこの人となら過ごせる、過ごしたいという考えしかなかった。
イアン公子のこともそうだけれど、私は子供だと痛感した。私の知る世界が如何に狭くて、真綿に包まれた優しい世界であったかを。
どれほど私が世間知らずの愚か者なのかを。
あの日、ルパートは少しおかしかった。どことなく元気がなかった。その前もあまり会いに来てはくれなかった。
ヒスイの首飾りをした私を見て喜んでくれた。けれどどこか疲れた顔をしていたから、疲れたと嘘を吐いて二曲で切り上げた。本当はずっと踊っていたいぐらいだけれど、ルパートに無理をさせてはいけない。わがままは子供のするものだから。
私はルパートから贈られたヒスイの首飾りに舞い上がっていた。
隣国ヘイマー公爵の令息、ジョージと二曲踊った。彼の身に着けているものに目を奪われて。
ルパートとは二曲しか踊っていなかったから体力は残っていたし。
一曲ならば社交。
二曲踊れば好意を示し、
三曲踊れば恋人の証。
分かっていたのに、どうしても引き出したい話題があって、踊ってしまった。
婚約者ではない相手と。
踊り終えてお母様の元に戻った時に、ルパートはいなかった。体調が悪くなったので先に帰ると聞かされた。
やはり無理をしていたのだ。
病だろうか。もしそうなら病名は分かっているのだろうか。薬は。あの家にいて治るのだろうか。
気持ちが落ち着かなかった。
ルパートはもう快癒したと聞いていたのに、会えない日々が続いていた。不満を漏らしていた私に、お母様が思いもよらないことをおっしゃった。
王家主催での夜会での私の振る舞いは、とても問題であったと。
多くの者たちからどう見られたのかを確認せよ、さもなくば婚約者を失うことになる。そう脅された。
私とルパートの婚約が揺らぐはずはないと思うのに、会えていないことが不安を掻き立てた。
私の思いなど関係ないとお母様はおっしゃった。
私が、どう見られたのか。私の行いから忖度する。それは実によくあることなのだ。自分たちにとって利のある方向にもっていこうとする。
母が言った言葉は、私の全身から熱を奪った。指先が冬の水につけたかのように冷たい。
不安が消えない。
ルパートに愛してると言わせておきながら、私は言ったことがない。
態度には出していても、口にしていない。
私は、ルパートに求めてばかりだった。
わがまましか言っていない。
そのような私にルパートが愛想を尽かしても不思議はなかった。




