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異世界恋愛短編

たしかにネコはネコなんだけどさあ

作者: 白澤 睡蓮

「結婚するなら、獣人の方がいいです! とくに猫!」


 それが商家の娘ラロの口癖だった。


 内陸部の都市にある大きな商家の四姉妹の末っ子として、ラロは生まれた。営む商会は一番上の姉が婿とともに継ぐ予定だったので、ラロに与えられた役割は政略結婚の駒になることだった。


 政略結婚の道具にされること自体に不満は無かったが、ラロは父に一つだけ条件を出していた。ラロが唯一出した条件、それが冒頭の発言だ。


 獣人は動物の特徴をもって生まれてくる人間のことを言う。遺伝ではなく普通の人間の間に、突然変異のように生まれる存在だ。獣人は由来となった動物によって耳や尾をもっていたり、普通の人間と変わらなかったりと、見た目は個体差がかなり大きい。また獣人のほとんどが、由来となった動物に変身することができた。


 獣人の発生には先祖返りが関係しているらしいと言われてはいるが、真偽のほどは定かではない。


 十八歳のある日、ラロは父に大事な話があると呼び出された。


「国内に縁を結んで有益な獣人はいない」


 もとより獣人自体が珍しい存在だ。政略結婚の道具にしようとはしているが、ラロの願いを律儀に叶えようとするあたり、ラロの父は子供想いであった。


「だが隣国だと話は別だ。隣国の港町に今後密接に取引したい商会がある。此方から政略結婚の話を持ちかけたら、向こうも乗り気だ」

「どんな方?」


 ラロは相手に興味津々だった。


「まあネコといったら、ネコだな」

「ひゃっほーい!」


 父の言葉がかなり意味深だったが、はしゃいでいたラロは何とも思わなかった。


 それから二カ月後、これから住むことになる港町に、ラロは独りでやって来た。寄り道したい誘惑に耐えて乗合馬車を乗り継ぎ、国境を越える数日がかりの旅だった。荷物は先に送ってあったので、トランク一つの身軽な装いだ。


 初めて嗅いだ潮の香りと、異国情緒溢れる街並み、街の中を行き来する海の向こうからやって来たと思しき人々。ラロが暮らしていた街とは全く違っている。これからの生活を思い描いて、ラロはわくわくが止められなかった。


 渡されていた地図のおかげで、目的の商会にはすぐにたどり着くことができた。期待と不安に胸を膨らませながら、ラロは商会の扉を開いた。


「こんにちは、はじめまして。私はラロと言います。これからどうぞよろしくお願いします」


 実家で鍛えられた営業用スマイルで、ラロは挨拶した。金髪碧眼の見目麗しいラロは、周囲の視線を引き付けて放さない。


 ラロの婚約者となる獣人はメイヴェという名前だ。歳はラロの一つ上で十九歳。メイヴェは一人息子であり、商会の跡取りだということを、ラロは事前に父から聞いていた。それ以外のことは会ってみてのお楽しみと、詳しく教えられていなかった。


 ラロが見た限りでは、メイヴェらしき人物はこの場に見当たらない。その代わりに、メイヴェの両親や商会の従業員たちに、ラロは熱烈に歓迎された。


 挨拶もそこそこに、ラロは奥の部屋へと連れて行かれた。そこでようやくラロは、帳簿の記載を行っている最中のメイヴェと対面した。ラロはメイヴェに会った途端首を傾げた。


 白に黒と灰色のメッシュが入ったメイヴェの髪はかなり特徴的だ。赤みがかった黒い瞳も、そう多いものではない。獣人の多くが奇抜な見た目になりがちなので、その色に関してラロは驚いたりしなかった。ただ猫の獣人ならあるはずの猫耳が、メイヴェには存在しなかった。 


 後は若い二人でごゆっくりと、ラロとメイヴェは二人だけで部屋に残された。メイヴェに座るように勧められたので、ラロはありがたく座らせてもらった。持ってきてもらったお茶を飲んで一息つく。それから互いに自己紹介をした。


「初めまして、ラロです。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ初めまして、メイヴェです。遠路はるばるよくお越しくださいました」


 ラロもメイヴェも商家の出身だ。お互い打ち解けるのはすぐだった。しかしラロが待てど暮らせど、メイヴェの口から獣人の話は出てこない。痺れを切らしたラロは、自分から話を切り出した。


「嫌でなければ、変身した姿を見せてもらえない?」


 もふらせてもらいたいと欲望丸出しのことは、さすがにこの場では言えなかった。


 ラロは昔から、もふっとしたものが好きだった。もふっとしたものが好きでも、ラロは何故か動物に嫌われるタイプだった。ラロが獣人との結婚を強く希望していたのは、そんな理由からだ。


「分かった。今変身する」


 ぼふんっと煙と共に、目の前の人型がいなくなった。その代わりにラロの目の前に現れたのは、モノトーンの羽と黄色い嘴をもった鳥だった。港でよく見るその姿は。


「カモメ!?」

「違う。僕はウミネコだ」


 ネコはネコでもウミネコだった。まあネコといったらネコだった。


「騙したな、あのクソ親父」


 机を叩いて悔しがるラロに、メイヴェはどうしていいか分からない。鳥の姿でおろおろした後恐る恐るラロに近づくと、メイヴェはラロに両手で捕獲された。


「あ、もふい」


 ラロの機嫌は一気になおった。


 ラロとメイヴェはこれから一年程を婚約者として過ごし、それから結婚することになっている。


 メイヴェとの対面を果たした後、歓迎会を開いてもらった翌日から、ラロは早速商会で働き始めた。実家で一通りの仕事を仕込まれていたラロは、この商会でも即戦力だった。同じ商家だ。仕事自体はそう変わらない。


 一日の仕事を終えたラロに、メイヴェは声をかけた。


「ここに来た直後なのに、こんなに働いてもらってすまない」


 申し訳なさそうなメイヴェを見て、ラロはあることを思い付いた。


「気にしないでいいよ。でももし、それでも気になるんだったら、変身してくれると嬉しいな」

「変身? 構わないが」


 煙と共にメイヴェは人から鳥の姿に変化した。ラロのテンションが一気に上がる。


「もふい~」


 身の危険を感じてくわっと威嚇するメイヴェをものともせず、ラロはメイヴェに手を伸ばした。抵抗してラロに怪我をさせるわけにもいかず、メイヴェはされるがままだ。ふわふわのメイヴェに頬ずりして、ラロは大変満足した。


 それから一ヶ月、毎日それはもう熱心にラロは働いた。毎日メイヴェにもふらせてもらう口実を作るために、休まず仕事していると言っても過言ではない。


 そこまで頑張られては、メイヴェもラロのお願いを拒絶するわけにはいかなかった。


「もふい~」


 ソファに座り、語彙力喪失気味なラロ。毎日メイヴェの羽毛を触らせてもらううちに、ラロはこう思うようになっていた。羽毛のふわふわが堪らない。もはやラロはすっかり羽毛の虜だ。ラロは大変ちょろかった。


 メイヴェは鳥の姿になって、現在ラロの腕の中にいる。逃げ出そうと思えば逃げ出せるが、メイヴェは大人しくラロに捕まっていた。


「もう戻ってもいいか?」

「お願い。もう少しだけ」

「仕方ない。もう少しだけな」


 いつのまにか、メイヴェの方も満更でもなくなっていた。そしてそのまま、うっかりソファで寝入ってしまう一人と一羽だった。


 それからさらに一ヶ月ほどが経った。一日の売り上げの集計を終えたメイヴェは、鳥の姿になってラロの元にやって来た。ソファに座っていたラロの膝の上に、メイヴェはちょこんと降り立つ。


「もふい~」


 ふわふわの羽毛を堪能するラロと、目を細めて気持ちよさそうなメイヴェは、夜の定番の光景になっている。ラロは名残惜しく思いながら、幸せな時間をいつもより短めに切り上げた。


「もういいのか?」


 ラロの方を見て小首をかしげるメイヴェに、ラロは再び触れたくなったが我慢した。


「メイヴェは明日朝早いから早めに寝ないと」

「ああ、そうだな」


 そう言うメイヴェはどこか残念そうだった。


 翌朝買い付けに出掛けるメイヴェを見送り、ラロは午後から倉庫内で新しく入荷した商品の仕分けを始めた。


「へ~、ここは書籍も取り扱ってるんだ」


 ラロの実家の商会では、書籍を取り扱うことは無かったので、ラロにとっては新鮮なことだ。ラロは動物図鑑を手に取ってぱらぱらとめくり、あるページで目が留まった。


「え……嘘……でしょ……」


 それを見て、ラロは大きなショックを受けた。詳しく読めば読むほど、その事実がラロに深く突き刺さる。ラロは泣きたくなるのをなんとか堪えた。ラロが知った事実は、メイヴェがラロに嘘を言っていたことを意味していた。


 買い付けに行ったメイヴェは、明日の朝まで帰って来ない。ラロは何事も無かったかのように装い、メイヴェの両親と夕食を一緒に食べた。そして誰にも気づかれないように荷物の準備をし、ラロは夜中にこっそりと家を出た。


『探さないでください ラロ』


 翌朝ラロの置手紙を見つけたメイヴェは、慌てふためいた。メイヴェの両親も慌てふためいた。ラロとの関係は非常に良好だったので、誰も心当たりがまるでない。何が何でも見つけてこいと後押しされて、家出したラロを探しに、鳥に姿を変えたメイヴェは家を飛び出していった。


 その頃ラロは乗合馬車に揺られていた。実家に帰るつもりだったが、父に怒られそうで気が重くて仕方が無い。そこでラロは嫌なことの引き延ばしに、寄り道しながら帰ることにした。


 通り道には芸術の都と言われる都市がある。行きの時もラロは気になっていたが、寄り道するわけにはいかなかったのだ。目的の都市についたラロは、美術館を見て回り、有名なガラス細工店で良さそうな物を探し、名物の料理を食べ、思う存分観光を満喫した。


 陽が傾き始める中、広場に置かれた恋人たちを象った銅像を見て、ラロは途端に悲しくなった。何処で何をしていても、メイヴェも一緒だったらなと思ってしまう。勢いで家を出てきてしまったことを、ラロは後悔していた。


 前日我慢していた涙が溢れそうになった時、誰かがラロの名前を呼んだ気がした。そんなはずないのに、ラロはきょろきょろと辺りを探してしまう。


「わ! メイヴェ!?」


 モノトーンの見慣れた姿に、ラロは遠くからでもメイヴェだとすぐに分かった。


「ラロ!」


 メイヴェは正面からラロに体当たりした。鳥と人の激突事故はそう起こるものではない。心配そうな周囲の人々の視線に、一人と一羽はすぐにいたたまれなくなった。


「場所を変えよう」


 飛んで先導するメイヴェの後を、ラロがついて行く。ラロを手近なベンチに座らせると、メイヴェはラロの頭上を旋回し出した。


 なぜここが分かったのか、ラロは不思議で仕方ない。ラロの心の内を読んだかのように、メイヴェが話し出した。


「どうせ行き先は実家だろうし、ラロならここに寄るだろうと思った」


 自分の行動がお見通しすぎて、ラロは大変気恥ずかしい。


「なんで家出したんだ?」


 あまりに躊躇なく本題を切り出されて、ラロは一瞬面食らった。


「え……。だって……だって……、ずっと騙してたんでしょ! 嘴は黄色一色だし、目は全然鋭くないし、尾羽に黒いところないし! ウミネコじゃなくて、やっぱりカモメじゃない!」


 ラロは溢れた涙で、ぐずぐずぼろぼろだ。メイヴェにずっと嘘を吐かれていたことが、ラロはとにかくショックだった。自分でも驚く程に悲しくなっていた。


「待て、何処でそれを?」

「商会で取り扱っている動物図鑑に書いてあった」


 ラロが涙を拭いながらちらりと見ると、メイヴェは驚愕で目を見開いていた。


「僕はカモメだったのか!? 生まれてこの方ずっとウミネコだと思ってた!」

「そっち!? 自分のことなのに!?」


 ラロの頭上で旋回していたメイヴェは、ふらふらと地面に落下した。


「ちょっと待ってくれ、今立ち直る。アイデンティティーが、アイデンティティーの危機が。アイデンティティーがクライシスしてる」


 メイヴェのダメージは思ったより深刻だった。地面に落ちたまま動かないメイヴェを、ラロは優しく抱き上げた。


「何で今まで気付かなかったの?」

「最初にウミネコだと言われて、信じて疑わなかった。自分は人間だよねみたいな話を、ラロは誰かとするのか?」

「それはしないっすね」


 どう答えていいか分からなくて、ラロの口調がおかしくなっている。


「ウミネコでもカモメでも、もうどっちでもいいよ。ごめんなさい。勝手にショック受けて家出して」


 飛びすぎて羽がぼさぼさになったメイヴェを、ラロがぎゅっと抱きしめた。


「こうして見つけられたから構わない。気にするな」

「私やっと分かった。騙されてたと家出するぐらいショックを受けたり、迎えに来てくれてこんなに嬉しいぐらい、メイヴェのこと思ってたんだなって」

「僕もラロが消えて、いても立ってもいられなくなった。ラロを見つけて心からホッとした。だから僕もラロと一緒だ」


 ラロが赤面した一方で、カモメ形態のメイヴェは平然としているようにしか見えない。恥ずかしすぎて、人型に戻れないメイヴェだった。


「この時間だと家まで帰るのは無理だな。ここで一泊してから帰るか」

「戻れるところまで戻った方が良くない? 商会の皆に今の時点で迷惑かけてるのに、ますます迷惑かけることになっちゃう」


 冷静になればなるほど、自分が大きなことをやらかしたと、ラロは自己嫌悪に陥りそうだった。


「ラロがいつも頑張ってくれていたから、今日明日僕たち二人がいないぐらいなんともない。せっかくだ。今日明日は仕事を忘れて楽しもう。父上も母上もラロが全然休まないって、ずっと気にしてたんだ。羽を伸ばして帰ったって、二人は怒ったりしない」


 カモメが羽を伸ばすと言っている。ラロは今の空気を読んで、何も口には出さなかった。


「ラロにこれから一つ、約束してほしいことがある。僕に触れたいなら、好きなだけ触れてくれて構わない。だから頑張り過ぎないでほしい。ラロが無理をすると、僕も含めて皆が心配する」

「うん! 約束する!」


 この人たちと家族になれることが、ラロは何よりも嬉しかった。ラロの腕の中にいたメイヴェが放してほしそうにしたので、ラロはメイヴェを地面に降ろした。


「カモメから戻ってほしい。一緒に歩きたいから」


 ラロにそう言われて、本当は戻りたくなかったメイヴェは人型に戻った。その頬は明らかに赤く染まっていた。ぼさぼさになっているメイヴェの髪を、ラロが手櫛で整えていく。それが終わると、ラロはメイヴェと腕を組んだ。


「宿は同じ部屋がいい。寝るまでメイヴェとたくさん話したい」

「襲われるという発想は無いのか?」


 呆れた声を出したメイヴェに、ラロははっきり言い切った。


「遅いか早いかの違いだし、別に襲われてもいいかなって。メイヴェの方から触れてくることは今までなかったし、それはそれであり? みたいな」

「ろくに手も握れない僕には、ハードルが高すぎて無理です!」


 顔を真っ赤にして目を逸らすメイヴェを見て、獣人かどうかに関係なく、メイヴェのことが好きだとラロは思うのだった。

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