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 とうとう明日が、約束していた観劇の日になってしまった。

 もう諦めて現実を受け入れ先に進まなければ。あまりにハルフォード殿下が優しいから、常に気を引き締めていないと勘違いしそうになってしまう。

 いい加減本来の予定通りに動かないと、モタモタしてたらお父様からご自分にとって最大限利益が出るというだけの縁談を押し付けられる可能性が高くなるわ。父親より歳の離れた男の後妻に、なんて昔の話ほど酷くはないだろうが、息子の不貞を恥と思わないようなご実家では私の計画に支障が出る。

 


「お嬢様、ミモザから預かった報告書でございます」

「ありがとう、エマ」


 今回は3人分。全員伯爵以下の家の次男以降の独身男性達だ。

 なかなか理想通りの方はいない。さっさとマリアに引っかかってもらうには愚かな方が良いが、あまり愚かなのを選ぶと私の能力を疑われる。事務仕事は優秀で評価されてるが内面に欠陥がある人がいい。遊び慣れている人もダメ、妻の妹と関係を持った事に罪悪感を抱く程度にはまともじゃないとこちらがコントロール出来ない。それにご実家が火遊びの後始末に慣れてたら、お父様に対しての取引に使えない。


 相手の見目も重要だ。マリアに奪わせるにはある程度魅力的に見えないと、思うように動いてくれない可能性もある。


 ご実家は堅実だがそこまで力の無い家で、本人も仕事ではある程度評価されていて、一見真面目で見目の整っている方。マリアと過ちを犯すくらいに誘惑に弱くて……最終的に領地に引っ込んでもらう予定だから、出来るだけ未来を閉ざしてもささやかな私の良心が傷まないようなクズが良いのだけど。


 今回の3人も私の計画には使えそうにない。ため息をついて、また頭の中の「婚約者に出来ないリスト」に3つ名前を書き加えて報告書を暖炉の火の中に投げ込んだ。

 ……ぼやぼやしていたらあっと言う間に春が近付いて社交シーズンが始まってしまう。お父様に勝手に決められる前に私から打診しないと……


「ロゼリアお嬢様、本当に前おっしゃっていた計画を進めるのですか……?」

「そうよ……だって、もうマリアに全部奪われるのも、それを全部許してしまうお母様も懲り懲り。捏造をする訳じゃないわ、罠を張っておいて追い込むだけ」

「いいえ、お嬢様が幸せになるのなら私もミモザもリリエもどんな協力も惜しみません。けど、本当に……マリアお嬢様に浮気をするような方を伴侶に選んで良いのですか?」

「だって、マリアは絶対に私の夫を欲しがるわよ」


 賭けてもいいわ、と令嬢らしからぬ啖呵を切るとエマが悲しそうな顔を浮かべた。笑ってくれると思ったのに、私は言葉に詰まってしまう。


「……ロゼリアお嬢様だけを愛して、浮気などしない方もいらっしゃいますわ」

「そうね、この世界のどこかにはいるかもしれないわね」

「お嬢様! ……どうか、考え直してください。私は……第二王子殿下は、誠実にロゼリアお嬢様に愛を向けてくれる素晴らしい方だと……」

「やめてっ!」


 私はエマの言葉を遮って大きな声を出してしまった。自分で思っていたよりも部屋に響いて、私は咄嗟に自分の喉に触れる。エマを怒鳴りつけるつもりなんてなかった。


「ごめんなさい……大きな声を出して……」


 めっそうもございません、そう吐息だけでエマが応える。声もなく泣いているその姿に、私はばつが悪くなって目を逸らした。


「だって、降婿した立場だとしても元王族にそう望まれたら私はお飾りの妻になるしかないじゃない……ハルフォード殿下はダメよ、私が非を責めて、要求を通せる格下の家の方じゃないと……それにほら、殿下は優秀な方だから、そもそも浮気の証拠を掴めないように上手くされてしまうかもしれないわ」


 泣かせてしまった罪悪感に、私はつらつらと言い訳を述べる。まるでやましい事があるみたいに。


「信じてしまって……私の大切な人になった後にマリアに奪われたら私はきっと耐えられないわ……! 物は仕方がないって諦められるけど、意思を持って、マリアが良いって言われたら、私……」

「あの方は……そんな不誠実な事はされないと思いますよ。ロゼリアお嬢様を好いておられるように見えます。私やミモザやリリエと一緒で、きっと何を言われても、誰が相手でもご心配なされるような事には……」

「例え……例え、マリアに奪われなかったとしても。マリアは欲しがるし、お母様はそれを咎めないし、そしたら私は自分の夫がマリアに言い寄られているのを一生眺めていなければならないのよ。……そんなの、そんなの嫌……無理だわ……」


 一緒に泣き出した私の手を、エマが跪いて握ってくれた。

 紅茶を乗せたカートを押して給仕室から戻ったミモザも、私達の様子を見て、何を話していたのか察したようで心配そうな表情を浮かべてくれる。

 リリエも、護衛として出入口の扉の脇に立ったまま、さっきからずっと悲しそうな目で私を見ていた。


「……私たちのように、事情をお伝えして、マリアお嬢様の前でだけ仲の悪いフリをなさってはどうでしょうか?」

「ごめんなさい……私……もう、疲れちゃった……あの子がいない人生が欲しい……」


 過去にはそんな手を考えた事もある。夫や使用人に協力してもらって……でもそしたらやはり、私はずっと大切なものを隠して生きるしかなくて、その先の人生も何でもかんでもマリアに奪われる事にも変わらず怯えてなければいけない。

 お母様が亡くなったらひたすら強く拒絶する事も出来るだろうが、とまで考えたところで……親の死を望むなんてなんて酷い人間なのだろうと自己嫌悪する所まで毎回の事だった。

 もっと小さい時はマリアとただ離れたくて留学や、外国へ私が嫁に行くことを望みもした。でもお父様はさすが家の事しか考えていないだけあって、「マリアには家を継がせられない」と私を国外へ行かせる事は絶対に許してくれなくて。


 マリアを里帰りが気軽に出来ない外国に嫁入りさせる事も画策してみたが、こちらの社交界での評判が良くなく、特別な才能がある訳でもない、実家も国内ではある程度の力は持っているが本人の欠点を埋めるほど魅力的ではなかったようでうまくいかなかった。

 

 その上マリアから「お姉さまがお家を継ぐから、お嫁に行くにしても絶対に近くがいいわ、気軽に帰ってこれるくらい」と言われてしまって絶望しかなかった。お母様が「それは素敵ね」なんて同意する声を聞きながら、「これから解放されるには殺すか私が死ぬかしか無いのでは」なんて目の前が真っ暗になって倒れそうになったのを覚えている。


 夫だけじゃない。きっとマリアは私に子供が産まれても「欲しい欲しい」と騒ぐだろう。それを止めないお母様も、未来予知のように想像できる。


「また産めばいいでしょう」


 お母様の声が、幻聴が耳元で聞こえたのだ。


 泣いて私を叱るエマ達3人の説得もあり、死ぬのはごめんだし、妹を殺して犯罪者になるのはもっと嫌だと思い直して、「マリアと一生顔を合わせずに済むにはどうしたらいいのか」と様々なパターンで考えてたどり着いた結論だ。これ以上に現実的に実行可能な手はない。

 「姉の夫を寝取った」くらいの醜聞がないと家から追い出して、一生領地に閉じ込めて面会すら禁じる、なんて事は出来ない。


 元々問題のある他所の家庭の男性を見繕って、そこで醜聞を作ってくれれば修道院に放り込めるだとか色々考えはしたのだ……マリアは私のもの・私が好きなもの以外には興味を持たないのでこれらは全てうまくいきそうになかった。

 そもそも大甘なお母様が、その場合は修道院と言っても半分マナースクールみたいなゆるい所に入れてすぐに家に戻ってくるだけだと気付いて、マリアに手を出させるために「既婚者に恋をしてるの」と吹き込むのはやめたのだ。

 それで戻ってきたら他人の夫と不倫をしたマリアの嫁入り先は今度こそ無い。そしたら私が一生面倒を見なくてはならなくなる。最悪の展開だわ。


「だから、何としても……マリアを領地で閉じ込める口実となるような、誰から見ても致し方ないと思えるような事をしでかしてもらわないと」


 私は私の中で、明日を期日に決めた。明日が終わったら全部諦めて、ちゃんと婚約相手を探さないと。

 

 

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