表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

5

 

 


 刺繍について、「マリアも交ぜてあげなさい」というバカバカしい言いつけをされた私はマリアの「お花とウサギさんがいいと思うわ!」の言葉だけ聞いて丸投げされた。

 素晴らしい事に、マリアはそれだけで自分の役目は果たしたとばかりにそれ以上の事は何もしようとしなかった。後から何か言われても嫌なので、デザインのラフスケッチすらも描かないつもりかと聞いてみたら「だってお姉さまの方がそういうのは得意じゃない」ときたので口を閉じた。本当に、これで本気で参加してる気だから嫌になるわね。マリアの中では共同制作、と完全に思われている。実際にはなんの役にも立っていないのに。


 翌日、早速私は刺繍糸を選びに行くと言う口実で馬車を出してもらうと、護衛のリリエに御者をやってもらって街へと出た。

 買い物を済ませた私は王都の近郊にあるパドックに向かうと、その柵の縁で馬を眺めながら余った時間を過ごした。家には帰りたくない。正確には、お母様とマリアの「仲良し親子劇場」に巻き込まれる家に帰りたくない。

 遠目に、馬を選びに来たのか楽しげに話し合う男性二人がパドックの反対側に見える。


 ああ……私も友人と出歩いたりしてみたいわ。自宅に呼んだりもしたい。他人の目がない自宅でゆっくりカウチに寝そべって詩を詠みあったり、今貴族の息女の間でもはやっているパジャマパーティーというのをやってみたい。

 でもマリアが私のお友達まで欲しがって迷惑をかけるのが分かっているから無理だわ。事情をわかってくれている友人は何人かいるけど、分かってくれているからこそ表立った交流は出来ないでいる。


 こうして見学に来る人は当たり前だが購入を前提でいる。相性の良い馬を探す人達の中、好きだけど毎回見ているだけで、私は触れ合おうとしない。

 だって触れ合ったら離れ難くなってしまう。でも絶対マリアに奪われるし、奪われた後あの子が飽きて放置される未来が分かってて引き取る事なんて出来ない。

 エマ達には言葉で説明出来るけど動物では演技なんて望めないから。

 時々厩に行って我が家の馬と交流する事もあるけど、お気に入りは作らない事にしている。マリアが嗅ぎつけてきっとすぐに奪われてしまうから。


 いつか自由になったら自分だけの馬が欲しいわ。それがいつになるかは分からないけど。マリアに奪われる心配のない場所で、隠さずに堂々と宝物を大切に扱いたい。



 ああ、馬はいいわね……美しくて、凛々しくて……優しい子も、穏やかな子も、ちょっとやんちゃな子も等しく魅力的だ。毛並みも白も黒も茶もブチもみな素敵。

 私の馬になるのはどんな子かしら……


 明るい未来を考えてパドックの馬達を眺めていると、至近距離からブルル……といななきが耳に入って視線をすぐ近くに向けた。どうやら柵のすぐ向こうまで近寄っている馬がいたようだ。


「……どうも、お嬢さん」

「あら……こんにちは、お初にお目にかかりますわ」


 私に興味を持ってくれた子がいたのかしら、いけないわマリアのせいでまだ連れて帰れないのに……とほんの少し喜んでしまった私はすぐに落胆した。馬には人が……さっき遠目に見た男性の片方が乗っていた。この人がわざわざ馬を繰ってこのパドックの反対側まで来たようで、馬が自主的にここにやって来た訳ではないようだった。


「先週もここに来ていましたね」

「ええ、馬は好きなんです。いつか自分の馬が欲しいと思っていますの」


 男は鞍を着けていない裸馬に見事に乗っている。すごい、と思って無意識に、馬の背を挟んでしっかり姿勢を保持している太腿を観察しそうになったが淑女がじっくり見る場所では無いと理性が働いて慌てて視線を上げた。

 そこで初めてまともに馬上の人の顔を見る。少し暗い銀髪に、輝くような青い目。男性味は強いが美しい、と言える面立ちが印象的だった。自信に溢れた表情はこの人の魅力をさらに強めている。


「馬が好き……ね。それにしては一度も触れようとしてませんが」

「……?」

「他に見に来たものがあったのでは?」


 ……ははぁ、なるほど。

 確かに、よく見るとパドックの周りには私の他にも侍女を連れた貴族令嬢らしき女性達が数人いた。

 先週もここにいた、そう言われたことと合わせて『自分達を見に来ていたのか』と聞かれたのだと確信する。

 そうね、この人ほどお顔が良ければこうやって……何かしらを口実になんとか知り合いになろうとする方もいるのでしょうけど。きっとこの方にとってはそれがひどく煩わしいものなのだろう。

 けど、それを一方的に決めつけられて思い込みでそう言われてはこちらもカチンとくる。別に殿方を見に来てるあの子達を否定はしないわ、私だって目の保養に来てるわけだし。人間の男か馬かが違うだけで。ただ馬本人に「君毎週来てジロジロ見てるよね」と言われるなら深く反省して自分の行いを改めるが……見ていない相手からのこの言い分。

 反射的に「自意識過剰なんじゃないの?」「馬が飼えない事情があるから連れて帰りたくならないように触れずにいるのよ!」なんて言い返したくなるのをグッと堪えて淑女の笑みを保つ。


「まぁ、そうでしたの? 私、馬を見に来ていたもので。馬以外目に入ってなかったので気付きませんでしたわ。申し訳ありません」

「……っ!」


 実際これは事実だし、言われて思い出せば先週も馬を選んでるらしい男性の二人組はいたような気がするし、その片方は銀髪だった気がする。

 男性は言葉の裏に込めた、「あなたは馬を見に来ていたはずなのに私を覚えてるなんて、そちらこそ馬じゃないものを選びに来ていたのでは?」という嫌味に気付いたようで、少し面白くなさそうな顔をした。言い返したことでほんの少し胸がすく。


「……誤解をしたようで、こちらこそ申し訳ない」

「いいえ、馬も人の視線に敏感ですからね」


 男は再度眉をピクリと動かした。もちろん私は当て擦りで口にしている。馬も……つまりあなたも。自分自身が「気にしすぎ」と言われたのに気付いたようだ。

 ああ、ついやってしまった……カッとなったとは言え口論で馬を例えに出してしまうなんて。私は心の中で、まだ見ぬ将来の自分の馬に対して心からの謝罪を捧げる。


「それでは、私はこれにて失礼いたしますわ。ゆっくりお選びください」

淑女レディ、お名前は……」

「正式な場ではないので、お許しください。ただ馬が好きで見に来ただけの令嬢ですわ」

「……では、機会があれば」

「ええ、いつかまた」


 私はエマを伴って馬車の元まで戻ると、深くため息をついた。

 ……何で第二王子が国内に戻っているのよ?!

 いや、確か半月前にケルブラード辺境伯軍が動いた情報は入っていた。あの辺りは今安定してるし演習もないのに何故と少し不思議に思ったが、その時に国外遠征から戻ったのだろう。第二王子が指揮していた隊と入れ替わったか、国境まで迎えに行ったかどちらかだったのだろう。婚約者の候補を選ぶのに意識を割いていてまったくノーマークだった。


「ロザリアお嬢様、今の方は……」

「第二王子のハルフォード殿下、だと思うわ……遠征から帰ってきてたのね」


 えっ、あの方が有名な、と驚いているエマの声に私はすぐに気付けなかった自分を悔いた。

 そうね、注意深くしていれば気付けたはずだ。だって髪の色と外観の特徴については有名だったんだもの。


 しかしハルフォード殿下は歳は5つ上、5年前から軍に入隊して2年前から遠征の指揮官として国外にいた。そのため社交界では顔を合わせたことは無かった。

 その軍人としてはとても優秀だと話だけは聞いていたが私はまだ成人していないため正式にお城には上がっておらず、王妃様以外の王族と正式にお会いした事はない。

 王子様に焦がれる気持ちも無かったのでわざわざ調べる事もしなかったし……そもそも軍に入った第二王子は肖像画もほぼ無いのではないか。ここ2年国外にいたし。13歳の第二王子の顔しか知らずすぐに気付けなかった。あの天使みたいな少年があんな、女を泣かせそうな顔に育つなんて。

 たいそうな美男子だと言われているのは知っていたが、きっと王族への忖度が入っていると本気にしていなかったがあれは確かに評判になるはずだわ。


 ケルブラード辺境伯一帯の我が国の北方にはああいった銀髪が多い。身なりは良いけど私が顔を知らないならそっちの辺境出身の貴族子息だろうと思い込んで嫌味で応酬してしまったが失敗したわね。

 途中で、年頃の合う第二王子も銀髪だったと思い出して急いで立ち去ってみたが若干手遅れだった気もする。ああ、どうか私の事を覚えていませんように。いえ、今日は商家の娘風の変装をして帽子も被っていたし会っても気づかないでいてくれないかしら。

 あるいは、第二王子じゃなくて本当にただのケルブラード地方にゆかりがあるってだけの方だと良いのだけど。

 私は馬車の中で祈りながら帰路についた、今日はとんだイレギュラーで、早めに切り上げることになってしまって馬を眺める時間が減ってガッカリだわ。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ