4
メトキサール伯爵夫人のお茶会は無事終了した。
無事とは語弊があるかしら、「私が前もって望んでいたように終了した」が正しいわね。
似合わない色のドレスを着たマリアと、侯爵家の息女であるのに何回目かの同じドレスを着ている私はよく目立った。何人か興味深げに事情を聞きたそうにしている婦人達に、私は言葉を濁したのだけど、マリアがどうやら見ていないところで「このドレス、とても素敵でしょう。お姉さまからいただいたのよ」とやったらしくて。私があえて隠していた事情は茶会が終わるまでに会場内の全員の知るところとなったようだった。
マリアはお友達だと思っている取り巻き達……正確には、「社交界で話題のマリア嬢と姉の騒動を特等席で見たいだけの詮索好き」……いえ、好奇心旺盛な令嬢達の行動力には呆れる。
私にとっては好都合だけど。
「他にはどんなものをロゼリア様からいただいたの?」とわざわざ聞くのよ。良い性格してるわよね。それでいて後から私に「大変ね」とか「妹さん思いなのですね」なんて言いに来る、彼女達の顔も名前も家も全部記録している。
出来れば将来の社交では深く関わりたくないわね。実際この件に対してどんな態度を取るかで試金石にしている家もあるようだが、嫁ぎ先を探している彼女達に教えて差し上げる義理は無い。
きっと同じように、私の境遇に口だけで可哀想にって言いながら面白がってるような方のお家に入るのでしょうからお似合いね。将来を見据えた良い篩になる。そう思わなきゃ貼り付けた笑顔も崩れそうになるくらいやってられなかった。
マリアはまた社交界に話題を提供して、私はまた「妹にいいように搾取されて」と言われつつも「家の恥になるからと、あえて騒がず耐え忍んでいる」と総合的にはプラスの評価を得ている。
これは、社交界のボスと呼ばれていた家庭教師からの評価が高いからでもあるが、ここぞと言う時には毅然とマリアを拒絶して叱っている所も見せているためだ。必要な同情は誘うが、それだけでは侮られるばかり。それに親戚でもない他家と徹底的な問題を起こすわけにはいかない、最悪賠償に発展してしまう。
それを理解できずにマリアは他家が関わる事でも「お姉さまだけずるい」って言うのだから頭が痛くなる。相手の家にも喧嘩を売ってると分からないのだろうか。
だから一切遠慮なく拒絶して、代わりに頭を下げたのだが、マリアはいつも通り帰宅後にお母様に泣きついた。そしてまたお母様もいつも通り、正当性が私にあるにも関わらず「妹のお願いに対してそんな言い方は無いでしょう」と私の方だけを叱る。
「なら、マリアのワガママを受け入れていたら良かったのですか? メトキサール伯爵家の面子を潰すことになりかねないのに?」
「そうは言ってないじゃない。でももっとマリアも喜べるような事の運び方があったでしょう?」
「私が刺した刺繍を、メトキサール伯爵夫人が大変気に入ってくださって、それをきっかけに王妃様に作品を献上する機会として私が個人的な茶会に誘われたのですが、これに私が何か介入できる余地がございましたか?」
「ほんとに意地悪な子ね……」
「お姉さまだけずるいわ! 私は出来ないのに、お姉さまはそうやって一人でいい思いして……」
お母様の後ろでマリアはずっと泣いている。あれ涙出てるのかしら? と私は冷めた目を向けた。
意地悪、そう、意地悪よ。この人達の思う通りに私が動かないと、それは全部「意地悪」と呼ばれるの。そう言いたいなら勝手に言えば良い、お母様もマリアの中では私は意地悪なのでしょう。二人の中では、ね。
同じ評価が欲しければ、マリアも私と同じ勉強や同じだけの努力をすればいい。同じように出来ないと言うなら違う特技を伸ばせばいい。それらを一切せずにただ「ずるい」とだけ口にするマリアの方が、私から言わせると「ずるい」わ。
私は何も卑怯な事はしていない。家族から褒めてもらえないから、他の人に褒めてもらえる事をしていただけ。
でもマリアはその手柄もずるいずるいと欲しがる。
「では王妃様のお召しに呼ばれていない妹を連れて行かせてくれ、と恐れ多くも王家に申し出ろと? それとも勝手に同行させれば良いのですか?」
「あなたって子は……! ほんとに嫌な子、姉さんと一緒……! 親を睨んで、その目はお義母様そっくり、あぁいやだ……っ」
私は外見はお祖母様、中身は伯母様そっくりで、自分に似ているところが一つも無いから可愛く思えないんですって。何度も言われた。
何を言ってるのかしら。話に聞く伯母様は、素晴らしく優秀で心根も美しくて、ずっと彼女を妬んで僻んでいたお母様を一切相手にしないまま外国にお嫁に行って幸せに暮らしてるそうじゃない。いちいちやり返してる私の性格の悪さはお母様譲りよ、お父様はそこまで家族に興味が無いもの。
すぐ「ずるい」と言うマリアの妬み根性もそっくりだし、私達は二人ともお母様似じゃない。
「じゃあどうすれば良かったのですか」
「いくらでもあるでしょう。そうだわ、次の刺繍はマリアとの共同制作にすればいいのよ」
「……マリアの刺繍の成績で生み出したものを、王妃殿下に献上できると思っておいでで?」
「そのままじゃ難しいけど……ねぇ?」
「私に……王家を欺けと? 偽りを述べろとおっしゃるのですか……?」
「そこまでは言ってないでしょう! ……ねぇ、ロゼリアは良いお姉さんだから、マリアも交ぜてあげられるわよねぇ?」
途端に猫なで声になったお母様は、私の頭を撫でようとしてくる。それに言いようのない嫌悪感を覚えて一歩下がって避けた。
触られる事自体が嫌なのではない。私のご機嫌とりにと……こうすれば、私の機嫌が取れると思っているお母様に頭を撫でられるのだと思うと気持ち悪くて仕方がなくて、気が付いたら体が勝手に避けていたのだ。
「……何ですか? 私の髪に何かついてまして? とりあえず、そんな詐欺行為を王家に働くだなんて話でしたら終わらせていただきます」
「そうじゃないわ、詐欺とかそんな怖い話じゃないのよ。ねぇマリアもロゼリアと一緒に刺繍がしたいわよね?」
「! したいわ、だってお姉さまだけあんなに褒められて、ずるいもの! そうだ、次のモチーフは私が選ぶわ! それをもとにお姉さまが図案を描いて、刺繍をすればいいのよ。そしたら共同制作になるでしょ?」
「そうね、それなら嘘をつくことにはならないじゃない」
さっきまでの泣いたフリが嘘のように、明るい笑顔になったマリアはそう告げた。
それで本当に「共同制作」になると思っているのならとんだおめでたい頭だわ。
私はいつも通り、搾取される姉として悲しげな顔を浮かべてその言いつけを了承した。
サロンで作品をお披露目するときは、「妹のマリアとの共同制作ですの。マリアはモチーフを何にするか提案してくれましたの」とそれだけバカみたい繰り返してやろう。悲しそうに。
根掘り葉掘り聞いてくる婦人たちの追求に言葉を濁して、時折弱音をこぼして、それをもとに図案を一から描いたのも、実際に刺繍を全て刺したのも私一人だと正しく伝わるように。
またマリアの「病気」が出たのだと、せいぜい婦人たちに楽しんでいただくといいわ。




