第3話
対峙すると、改めて解る大きさ。私の腕が指1本程度。首や太ももなんかは、肩幅くらいはあるだろうか。そして目には見えない、強烈な圧を感じる。歴戦を勝ち抜いてきた強敵、というのはこんな感じなんだろう。大槌を肩にのせ、無精髭の口元が豪快に開く。
「どこに行くかは着いてからのお楽しみだ。手荒な真似はしたくない。大人しくついてきて」
『ロード完了。イメージ再現。』
話の途中。完全な不意打ち。しかもこの青刃を使った初めての攻撃。見様見真似でも、使った本人(?)がサポートしている。最後に使った、足元から胸元まで一瞬で凍らせるあの技。体格に合わせて、氷を3倍厚くした豪華版。
視界の端で何かの数値が動く。恐らくは湿度。大気中の水分を使って、増幅させて、氷を生み出してるのだろう。
『ご明察。ですが、もちません。』
「うおおおぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!!!」
けたたましい雄叫びをあげて、巨体が動く。なんて馬鹿力。破片をすぐさま蒸気へ戻す。
「ふむ、なるほどな。聞いてた通り、好戦的だ。」
大槌が上がる。なら、連撃で。
「しかも新兵器とはなぁ。」
まずは背後に土台。
「聞いた話じゃ赤くて」
次に両脇。
「熱を使うと聞いたが。」
足元から補助。
「まったく、諜報員の連中も」
大槌、肩、腰、首、肘、膝に形を合わせて。
「アテにならん…ん?」
箱のように全面を封鎖して凍結。というか話が長い。湿度が10%を下回ったが、まだいける。細長く鋭利な氷柱を使って、行動不能に
「ふんぬぅぅぅあああぁぁぁぁぁ!!!!」
大槌を起点に、身体全体が発光する。まさか。
「どっせええええぇぇぇぇぇい!!!!」
大槌が黄色く光り、どんどん膨れ上がる。内側の氷を押してくる。負けたくない。いや、負けられない。密度を上げて、残った10%を使い切る勢いで補強して
「ハハハハハ!善いぞお嬢ちゃん!筋肉と技術の頂上決戦か!!」
やだなぁそんな決戦。絶対暑苦しい。いや、今は目の前に集中して
『氷壁、耐久値限界。ご注意を。』
ガキン。バキン。盛大なヒビが入る。
「っはっはぁぁぁ!!」
補強も間に合わない。亀裂が大きくなる。そして。
「はぁぁぁぁああああああ!!」
完全に砕かれる。その手には先程の何倍にも膨れ上がった大槌。やたら太い金属の柄が小枝のように見える。
「さぁお嬢ちゃん!終わりかなぁ!?」
大槌を下段に構えて。
「とりあえず感想だぁ!」
一瞬の発光。
『予測線展開。推定値からオートガード。耐衝撃、用意。』
巨体とは思えない加速。
「冷てぇよボケがぁぁ!!」
『カウンター成功の期待値は低。防御を優先。』
予測線の1本に沿った一振。5重の氷。推定15センチの塊を全てをガラスのように砕きながら。下から腰を目掛けて。ヤバい。避けれない。
『推力展開。』
大槌の進行方向に沿って急加速。直後、大槌が30センチの氷に当たり。砕き。腹部を掠めて。私の体が吹き飛ぶ。
「ほう、あの速度に対応するか。だが。」
掠めたのは見えた。そして背中から着地。遅れて来る激痛。苦しい。痛い。あんなの、直撃したら簡単に真っ二つだ。
「昔は掠っただけでも意識を刈り取ったもんだがなぁ。歳には勝てんかぁ、ハッハッハ。」
相手の余裕。ダメだ、勝ち筋が見えない。
『負傷度、重傷域。撤退を推奨。なら撤退の可能性は高まりますが。』
ダメだ。そこの部屋には目的の彼女がいる。あの赤刃を見れば。本物と認識して確実に連れて行かれる。それに、気付かずに私が逃げたとしても、必ず追ってくる。
「どれ、では、お連れしよ…ん?」
「彼女を、行かせる、ワケには、いかないのでな。相方が、悲しんで、しまう。」
肩で息をしながら、ファムさんが立ち上がっていた。彼の右手の細剣。翠色に光る。
「その気概やよし、次を楽しみにしよう。」
突如、ファムさんとの間に壁が現れ、姿が見えなくなる。さっきの馬鹿力だけじゃないのか。他の地域では特性が違う?作りが?そもそも構造自体は彼女の特権で、手元に無いのは…黒…まさか…?
「さて、そろそろ戦意も削げたかのう。では改めて。プローシャ嬢、我らの王国へエスコートしよう。願わくば、これ以上の抵抗はなされるな。」
こんなムキムキ筋肉がやたら紳士な作法で抱えてくる。
「少々揺れるが、暴れなければ落としはしない。休みたくなったら遠慮なく申してくれ。女性には優しく、紳士の嗜みだ。」
ここは身代わりになろう。彼女の損失は施設として大きすぎる被害だ。それよりも私なら。被害はぐっと少ない。再襲撃されても、彼女なら対策してるはずだ。
「兵士諸君。善き闘いであった。では、失礼する。」
大槌で壁を破くように砕き、優美さすら感じる足取りで施設の外に出ていった。
「…シャ………ろ……ローシャ…」
誰かの声が聞こえる。うるさい。しばらくぶりにすごく心地いいところなんだ。ゆっくり休ませろ。
「早く……プロー………!」
徐々に意識が浮上してくる。なんだ、聞いた事ある声だ。
「攫われ…お前が…間に…きろ!」
この声、ファムか。人が気持ちよく寝てるのにいい度胸だ。とりあえず一発殴り飛ばして
「クレリアがお前を庇って拉致された!早く」
「ロヴキー、経緯と詳細。」
『周辺カメラとリンク。視覚へフラッシュ、及び海馬に転送。』
気絶してる間の出来事を、施設の監視カメラを通して知る。なるほど。筋肉相手じゃこの細身は無力だな。そして興味深いものもある。何より、ビショップ(仮)が上手く適合してる。リア1人でアレは捌けん。とはいえ、足りないものも見えてきた。とりあえず。
「状況は掴めたか?」
「指揮官クラスが目の前で敵を逃したのは見た。」
「適材適所が私のスタイルだ。」
「女の1人も守れんスタイルなら土に還せ。で。どうする?」
「30分後に奪還作戦の会議を開く。私の予想だが、早ければ4時間後に出発。偵察と追跡は既に飛んでいて、本隊は全体の3割前後で出るらしい。予定は1週間だそうだ。」
「目星はついてるか。3割ってことは…」
「プローシャ、ギル、アマリア、ミレイ、ローウェルに各隊を付けていく。残りは本部の守りだ。」
人選にクセがあるが、なるほど。全員に共通してるのが
「本気を出すと本部を壊すから、外で好きに壊してこい、か。」
「理解が早くて助かる。」
「ほぼ全て私が作ってるんだ。それぞれの能力だって理解してる。」
にしても。選抜されたメンバーには一抹の不安が残る。だが上の判断なら仕方ない。一刻も早く奪還しなければ。彼女との約束のために。
会議内容は至ってシンプル。交渉を提示する。阻むなら蹴散らせ。差し出すなら手を出すな。出来ることなら穏便に済ませたいのはどこも一緒だ。が、手遅れになってはいけない。
「大方、予想通りだな。」
「移動に3機も出すとは思わなかったがな。」
「悠長に準備はできないが、不足があってもいけない。2機がメインで、1機は予備も考えるのが妥当だ。」
移動に使われる大型輸送車両『ジガンテスカ』、通称ジガー。1機で120人の人員と、1週間分の野営設備、食料、日用品を運搬できる。6部隊分なら、この地域ではおよそ200人程度になるので、2機あれば十分ではある。
「動力部分の確認をしてくるか。」
「なら私は、居残りの指示でも出すか。楽しんでこい。」
「旅行に行くんじゃないんだぞ?」
「あのメンバーで負けるわけがないだろう。旅行みたいなものだ。」
「緊張感がないな。ま、それがお前の良さなんだろうが。」
「余計な緊張は要らぬ隙を作る。肩の力は抜くものだ。」
「…そうだな。なら、あとは任せた。」
「うむ。ちゃんと連れ戻してこい。」
軽口を混ぜつつ、お互いを励ましてるこの感じ。昔から変わらない。これがファムを司令部の幹部に引き上げた要因なんだろう。士気を上げつつ、心を労る。なかなか出来ん芸当だ。優秀な人材の背中を見送り、ジガーの駐機場へ急いだ。