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サバイバル  作者: 清 涼
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エピローグ

 カチっ


 ライターの音がして朱色がかった火がともると、一本のタバコに火がつけられた。

一服吸ってゆっくり煙を吐く。

ゆらゆらと、白い天井に向かって一本の白い糸が流れて行く。

「そのライターに救われたな」

顔を上げると、窓際から紀伊也に声を掛けられた。

「ああ」

司はそれだけ返事をすると、その傷だらけのライターを見つめた。

 結局、自分のライターは何処かで失くしてしまったようだ。最後までこの秀也のライターを身に着けていた。

そして、紀伊也の言う通り、手の平に収まってしまうこの小さなライターに救われていた。

もし、このライターがなかったら、途中で諦めていたかもしれない。

それに、目の前で澄ました顔で空を見ながらタバコを吸っている紀伊也がいなかったら、今、自分はここにはいないだろう。

 あれから2ヶ月以上が過ぎ、今は滞在先であるニューヨークのホテルの一室で、出発までの時間を過ごしている。

 あれから。

もやがかかったような記憶の中で、ユリアの声が聴こえた時だ。しかし、それ以上は何も覚えていない。次に気が付いた時には、病院のベッドの中だった。一瞬これは夢なのではないだろうかと、疑ってしまった。助かった事にではない。全ての出来事が夢の中であった事だったのではないか、と。あれは、全て悪夢だったのだと。

しかし、現実には左肩に酷い傷を負っていたし、全身の衰弱も激しかった。それに、全く能力が使えない。それどころか、自分の意志さえも何処かへ行ってしまったように、無気力だった。

何だったのだろう。

ジャングルの中を彷徨さまよっていたあれは何だったのだろう。その言葉ばかりが頭の中を巡っている。まるで、白い霧に呑まれるように。


 二つの煙が天井に向かって流れて行く。

そして、その匂いが、現実へと引き戻してくれる。それに何故か懐かしささえ覚えていた。

しばらく二人は黙ったままタバコを吸っていた。

そして、短くなったタバコをテーブルの上の灰皿に押し付けて火を消した。

「肩の傷は大丈夫か?」

退院してから毎日訊かれ、その度に「大丈夫」と、同じ返事をしていた。

「大丈夫だよ、もう心配するな。 なんなら帰ったらすぐにでもライブなんかやりますか?」

おどけたように笑みで返すと、紀伊也も笑った。

「それに、普通の人間じゃないんだ。 傷跡だってほとんどない」

「 ・・・ 」

「お前には感謝してる。 だから、もう訊くな」

司はソファから立ち上がるとジャケットの袖に腕を通した。それを見て紀伊也もジャケットを着ると、スーツケースを用意する。

 司はふと、ジャケットの袖から出た右手の平に目をやった。

十字に刻まれた傷は治っていたが、どうしても薄っすらとした跡だけが消えない。あれだけ酷い怪我だった左肩の傷跡は、ほとんどないというのに何故だろう。

この傷跡と共に、あの時の記憶も消し去りたいのだが、この手相のような薄っすらとした傷跡を見る度に、胸がドキッと痛んでいた。

再び何かに怯えたようにドキッとしたが、ぎゅっと握り締めると、テーブルの上のタバコとライターを取り、ポケットにしまった。

「さて、帰りますか」

司はそう言って笑みを浮かべると、紀伊也も応えるように笑みを浮かべた。


 ******


 あれから、ずっと考えていた。

忌まわしいまでの不可思議な体験。畏怖と恐怖に満ちた世界。あんな体験は生まれて初めてだ。

現実だったのか、それとも幻想だったのかは分からない。

 ただ、聖なる森の番人・ヤヌークに使命を与えられ、それの答えを見た時、碧き石の意味が解ったと思っていたが、それが本当に聖なる森の真実だったのだろうか、その疑問はぬぐえない。


 夜明けと共に善悪が自分達を取り巻く。どちらに行くかは自分次第。

 迷わず自分の信じた道を行け。そうすれば、必ず道は開ける。

 生きている限り、自然には逆らうな。

 全てはこの地球上に成り立っているのだから。

 そして、自分自身を信じろ。


しかし、それだけではないような気がする。

たいそうな事を言っているが、そんな奇麗事のようなものだけを言っている訳ではない気がする。

余り思い出したくはないが、最後にあの族長の言った言葉が気になる。

それに、ヴァンパイア・ウルフ、聖なる森の闇伝説。

『我れこれを食う』

なぜ、『食らう』ではなく、『食う』だったのか。

でも実際、アイツに食いちぎられた。

人間に食われようとしたのだ。


「人間に?」


 魔の地へ行出し時、悪魔の使いが現れ、侵す者、それを喰らう

 魔の地へ赴いた者、我これを喰らう

 汝、それを見分した時、魔の地で滅ぶ


最後まで解らないこの言葉。

これを考えた時、右手の平の傷跡がうずくのは何故だろう。

もしかして、まだ答えが見付かっていない、という事なのだろうか。

あと少し、というところで、最後に襲われたのは何故だろう。それに、最後まで追って来たのだ。この血の匂いを嗅ぎつけて。

 族長が言った『闇に閉ざされ、魔の地で滅ぶ』とは、何の事だったのだろう。

『魔の地』、これは現実の世界の事だ。しかし、悪魔の使いとは、結局、ヴァンパイア・ウルフだった。だから、それに殺されてしまうのは仕方のない事だ。

という事は、最初の魔の地というのは、闇伝説の方の事なのか。

だとすれば、説明がつく。

 つまり、現実の世界では、「人が人を喰らう世の中」だと言う事だ。

考えてみれば、人間なんて、本当は空を飛べないのに、今乗っている飛行機を作って飛んでしまった。それは、自然の摂理に反している。

 確かに、この世は、弱者と強者の二分化によって、共存はしても共生は難しい。争いも絶えない。

この現実の中で、生きるも死ぬも、生かすも殺すも、自分でそれを見極めろ、と言う事か。

『聖なる森』、つまり『現実のこの世の中』で、オレ達がどう生きるか、それをよく考えろと言う事か。

生きるも滅ぶも己次第だ、と言う事だ。

「これが、聖なる森の真実だ」


 ******

 

 小さな窓の向こうに、真っ白な雲が金色に輝く太陽の光を浴びて黄金色こがねいろに染まっていた。

その隙間からは、真っ青な海原が広がっている。所々、太陽の光に反射して、エメラルドグリーンの宝石をちりばめたように、きらきらと輝いていた。

 太古の昔から変わらない空。

その中を、轟音と共に前に向かって進んでいた。

小さな飛行機は、まるで光の中に吸い込まれて行くようだ。

そして、地面に降り立った時、その青い空を見上げた。

 この空の下で生きている。


 ゲートをくぐり、真っ直ぐに見つめるその先には、温かく優しい笑みが待っていた。

「秀也っ!」

右手を振って、放り投げた。

弧をえがいて銀色のライターが宙を舞うと、秀也の手の平に落ちた。

いつの間にか消えてなくなった右手の傷跡に目をやると、笑みを浮かべた。

もう迷う事はない。

生きている限りやりたい事をやる。

自分の信念に従うまでだ。

司は、右手の平をぎゅっと握り締めて拳を作ると、仲間と右腕をぶつけ合った。


   <完>


 *****

 最後まで読んで下さりありがとうございました。

この話からお気付きとは思いますが、本編が別にあります。「True Lake」で見た二人の真実が、本編「タランチュラ2 DEAD OR ALIVE」で明らかになります。興味のある方は是非読んで下さい。




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