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サバイバル  作者: 清 涼
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第二十五章(五)

第二十五章(五)


「司っ!!」


 あれからほんのわずかな時間しか経っていなかった。

司に襲い掛かった者の正体を確かめる間もなく、悲鳴と雄叫び、それと、この世のものとは思えない獣の叫び声、これらが同時に炸裂した時、あっという間に何かの巨大な渦に呑み込まれるように消えてしまったのだ。

一瞬の出来事に紀伊也にも何も理解出来なかった。

地面に叩き突けられた体を起こすと、急いで司の元に駆け寄って愕然としてしまった。

 顔面蒼白で横たわった司の左肩の衣服は、何かに切り裂かれたというよりは、引きちぎられ、肉が剥き出しになって血が溢れていたのだ。

右手で覆われた顔から僅かに見えた口元は苦痛に歪み、激しく震える体を抑えるように必死で耐えている。

「しっかりしろっ、司っ! 今、止血するっ 」

汚れた白いスカーフを取り出すと、それを巻き付けた。

見る見るそれがどす黒い赤に染まって行く。

「司っ しっかりしろっ 司っっ!!」

「紀、伊也・・・ っく・・」

体を起こされ、肩に担がれると、体全身が痺れてまるで動かない。

先程感じた穏やかな光は何処か遠い日の出来事であったかのようだ。

今は忘れていた激痛と息苦しさに満ちた現実の中に居た。

現実には有り得ない事が起こったのなら、これも夢であって欲しい。そう願わずにはいられなかった。


 ようやく民家に辿り着いたが、何の気配もない。

「誰かっ いないのかっ!?」

大声で紀伊也は叫んだが、静まり返った家の中に虚しく響くだけだった。

仕方なく家の中に足を踏み入れたが、誰かが住んでいる形跡は見られない。どうやら引越してしまったのだろうか、家財道具などなく、がらんとした土間の隅にはベッドなのか椅子なのか分からないが、木で出来た台が置いてあり、その横には、むしろなのかわらのような塊が積んであるだけだった。

紀伊也は司をその上に寝かせると家の様子を急いで見て回った。

以前ここに来た時には3人の家族が住んでいた筈だ。

あれから何日が経ったというのだろうか。

とにかく今は何でもいいから使えそうなものを探して集めるしかなかった。

それにまず、司の手当てをする事が先決だ。助けを呼ぼうにもこの辺りには電話どころか電気も通っていない。それに、隣村までは車で半日は掛かる。歩いて行ったところで途中で司は死んでしまうだろう。

 裏の井戸から水を汲み上げると、かまどに置きっ放しになっていた大きな鉄の鍋に入れた。

そして、積み上げられていた薪をくべると火をつけた。

ありがたい事に、裏の物置小屋には農作業で使うようなくわかま、バケツといったたぐいの道具が置き忘れられていた。それらにとにかく井戸の水を汲めるだけ汲んだ紀伊也は、思い出したように裏の畑の隅に見つけた薬草を摘んだ。

前にここに来た時、その薬草を見つけて、自然と共生する者の知恵だと、司と二人で感心したのを思い出す。


 辺りが薄暗くなると、家の中は既に真っ暗になっていた。

紀伊也は、物置で見つけたろうそくに火をつけると司の傍に置いた。

細かい汗を額から滲ませ、荒々しい息を吐いている。

急いで服を脱がせ、そのえぐられた左肩を洗浄したが、水をかける度に悲鳴に近い呻き声を上げる司に、胸が締め付けられる。本当は悲鳴を上げて苦痛を紛らわせたいのだろうが、それをする事をはばかっているのが痛い程分かるのだ。

引き裂かれた傷を早く塞がないと大変な事になってしまう。既に司自身の持ち得る治癒力も限界を超えているのだろう、出血が止まらない。

薬草をすり潰しながらこれ以上成す術のない自分に焦りを感じ始めていた。


 深夜近くだろうか、うつらうつらしかけていた紀伊也は、激しい呻き声にハッと目を覚ました。 

気が付くとかまどの火はくすぶり、ろうそくの火も短くなっている。

急いで新しいろうそくに火をともすと、2つの明かりで司の姿が映し出され、息を呑んだ。

傷口が広がっているのだろうか、肩から腕にかけて青紫色に膨れ上がっている。

「これは・・」

そして、恐る恐る傷口を覆っていた薬草を剥がして目を見張った。

毒にでもやられたのだろうか、明らかに腐食の気配が見える。

このままでは時間と共に腕が一本腐ってしまう。早く手術して傷口を塞いで手当てしなければならない。

「司っ 司っっ!!」

このまま意識を失くしてしまえば、気力と共に体も尽きてしまう。

司にもそれ位は分かっている筈だ。それゆえ、激しく襲い掛かる激痛に懸命にこらえているのだ。

何度目かの呼び掛けにようやく目を開けた。

「司っ、このままだと本当に死んでしまう。やっとここまで帰って来られたんだ。最後まで諦めるなよっ!」

紀伊也の言葉に応えるように司はフッと小さく笑った。

何度このセリフで励まされたのだろう。お陰で『諦め』という言葉を忘れてしまったくらいだ。

成す術のない中で、今何が出来るのか、お互いそればかりを考えていた。


「助かる方法は二つに一つ・・」


紀伊也はその先を言うのをためらってしまった。余りにむごいからだ。しかし、今ここで出来る事はこの方法しかない。


「切り落とすくらいなら、焼いてくれ」


紀伊也の代わりに司が言った。今、自分に出来るのは耐える事しかない。『諦める』という事をするならばそれは死ぬという事なのだ。

生きる為には出来る事をするしかない。

「司・・」

「オレがお前なら同じ事をする。だから、やってくれ ・・・ オレは、お前を信じてるから」

しかし、その痛みは如何ほどのものなのだろうか。麻酔もないこの状況の中で、これ以上の苦痛を与えなければならない事を考えると、やはりためらってしまうし、この選択をしてしまった事にも後悔すらしてしまう。

「それに、オレなら有無を言わさずに、もうやってる・・・、お前は、優しすぎんだよ」

司はそう言って、一度目を閉じて息を整えると、再び目を開けた。

「死にたくないんだ ・・・、ここまで帰って来れたんだろ? 帰れる場所があるんなら、帰りたい。 それに、帰りたい所があるなんて思ったのは、初めてだ。 だから、ここで死ぬ訳にはいかない。 紀伊也、お前を信じるからやってくれ・・・。 なぁ、一緒に帰ろうぜ。 ・・ それに、ライターも返さなきゃ・・・」

はぁ はぁっ と短い息を懸命に吐きながら言うと、微かに笑った。

紀伊也は奥歯をぐっと噛み締めて頷くと、差し出された司の右手を握った。




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