第二十五章(一)
第二十五章(一)
太古の森に仕える二本の牙を持ったタイガーが現れた時、その入口が開き、彼等を魔界へと導く。
その魔界へ入った者は二度と戻る事はない。
だが、タイガーは彼等を見分する。
一つの湧き出る泉が二つの世界へと導く。
もし、聖なる地へ赴いた時、真実の湖で己の真の姿を見、悠久の大地へと行出るであろう。
時の流れが疾風の如く過ぎし時、聖なる地の神の子となろう。
また、魔の地へ行出し時、悪魔の使いが現れ、侵す者それを食らう。
魔界へと導く小川はやがて大河となりて森を呑み込む。
そこへ赴いた者、我れこれを喰らう。汝それを見分した時、その地で滅ぶ。
「これが、伝説?」
「まぁ、噂のような伝説だから実話とは言い切れないな。それに、この意味も全く分からない」
「何で?」
「こんなもの研究したってしょうがないだろ。ネタにもならないから誰もやってないんだよ。それに、これは比較的新しい話らしいから、ただの作り話だろうって言われてる」
「先生、でも司が・・」
「ははっ・・、あいつはああ見えても意外と文学少女だからな。と言っても少女には見えないが・・。まぁ、自分で調べたんだろ」
半分笑い飛ばすように言う白衣を着た雅に、晃一は少し遠い視線を送った。
ようやく帰国が許されたものの、そのまま光生会病院へ入院する事になってから一週間が経っていた。
司と別れてから1ヶ月近くが経とうとしていた。
帰国した他のスタッフもそれぞれ別の病院で治療を受けている。
皆、心身ともに疲れ果てていた。
あの不可思議で恐ろしい体験を今は誰も思い出したくはない。それに、きっと誰にも信じてもらえない。
きっとそれは恐怖の絶頂から見た幻想だったのだろう。と、誰もが笑い飛ばすだろう。そう思うと、誰にも何も言えずにいた。
だが、晃一が余りにも毎晩ひどい悪夢にうなされていた為に、司の主治医でもある雅に訊かれた時、ようやく口に出すことが出来たのだ。
それに応えるように雅も自分なりに調べてくれたのだった。
「じゃあ、人食い族がいるってのは・・?」
恐る恐る、ぼそっと呟くように言った晃一に、雅の目が少し曇った。
「ヤニ族か」
「うん・・。 そこであいつ、何か飲まされてた。紀伊也は根毒だって、言ってたけど・・・、その、アヤワスカとか何とか・・・」
「心配するな。司にはそう簡単に毒なんか通用しない。それに、紀伊也が一緒なんだろ? だったら大丈夫。あの二人は知識だけは人並み以上だから、死ぬ事はないだろう。無人島でだって、生きて行けるんだ」
「 ・・・ でも ・・・ 」
「心配するな。 それに、東京で会うって、約束したんだろ?」
「そう、だけど」
「なら信じろ。 あいつはそういう約束を違えるヤツだったか?」
力強く言われ、晃一は首を横に振ると、雅を見つめた。
『東京で会おうぜ』
ニッと口の端を上げて笑ってみせた司の顔が忘れられない。
その言葉だけを信じて必死に歩き続けたのだ。
今は雅の言うように、自分が元気な体になって、司を迎えてあげなければならない。
晃一は泣き出しそうになった自分を抑えるようにぐっと奥歯を噛み締めた。