第二十四章(三)
第二十四章(三)
まるで時を告げる鳥のような、キーっ キーっという鋭い鳴き声が耳元で聞こえ、二人が同時に目を覚ますと辺りは既に眩い太陽の光で包まれていた。
渇き切った喉を潤すと、二人は泉を背に歩き出した。
以前と同じような木々の間を無言で歩く。うっそうと生い茂る森の中は、再び何処かに迷い込んでしまいそうになる程不気味だ。
立ち止まって辺りを見渡せば、強い植物臭で幻覚を起こしそうになる。
目の前を覆うように垂れ下がる植物を払い除け、足元に絡みつく植物を踏み分け、前に進んだ。
道らしき道はどこまでも続く。
つまづきそうになって、目の前の木に掴まった。つもりだったが、グニャという変な感触に思わずビクリとした瞬間、その手に激痛が走る。
「うわっ」
ガツっ
同時に右手に持っていたサバイバルナイフで、噛み付いた蛇の頭を刺した。 ぐっと引き抜くと、バサッと蛇が地面に落ちる。
「 っつぅ・・」
「大丈夫か?」
後ろから手を取られ、顔をしかめると紀伊也が手当てをしてくれる。
「毒はなさそうだが、しばらくは腫れるぞ」
「わかってる・・」
迂闊にも蛇に噛まれてしまった。
流れ落ちた血に少し身震いしてしまうと、不意に何か得体の知れない恐怖を思い起こしそうになる。
「司、顔色悪いぞ。 少し休むか?」
「いや、ここはマズイだろ。 見ろ、周りは蛇ばっかりだ」
確かに司の言うように、隣の木の枝や辺りにはいろいろな色をした蛇が巻き付いている。頭上からもぶら下がり、くねくねとその気味悪い胴体をうねらせていた。
「まるで、蛇の巣だな」
「これが本当のジャングルだ。殺るか殺られるか、生きるか死ぬか、サバイバルだな」
司は辺りに蠢く物を感じながら呟くように言った。
ジャングルの中は未知数だ。生き物、植物、空気、全てにおいてどんな危険が待っているか分からない。ましてや、この衰えた体力と能力で、どれだけ持ち堪えられるか、だろう。
一歩踏み出す度に、三角の頭を持ち上げ威嚇して来る。所々で同士討ちが始まるくらいだ。
危険を察してか、辺りの木々に他の動物の存在が感じられない。
ふと気付くと、先程まで紀伊也の後を付いて来ていたジャガーの姿も見えなくなっていた。
「賢いヤツだな、遠回りしやがったか。 ったく、主人くらい連れて行け」
司が呆れたように舌打ちすると、紀伊也も苦笑いを浮かべた。
「司、俺達、道間違えたか?」
「いや、そんな事はないだろ。それに、道を間違えてる訳じゃない。もともと道なんて最初からないんだ。ただ、引き返しているような気がしているだけだ」
吐き捨てるように言うと、目の前に襲い掛かって来たどす黒い大きな頭をサバイバルナイフで払い除けた。
ズシャっと、辺りに血が飛び散る。
「はぁ、はぁ、・・・ 嫌な匂いだな」
辺りに漂う血生臭い匂いに胸がムカムカする。
「紀伊也、結界を張る。このまま走り抜けるぞ」
「そんな事したらっ!?」
「構うもんか、早くここから出たい」
こんなに気味の悪い所で足止めを食らいながら怯えて歩くくらいなら、能力を使って一気に駆け抜け、バテる方がマシだ。
紀伊也が慌てて止めようとしたが、既にその全身からは凄まじい殺気が溢れ出している。近くにいた毒蛇達もそれに慄いて逃げるように何処かへ行ってしまった。
「行くぞっ」
その瞬間、司は走り出していた。紀伊也も慌てて後を追う。
ザザザっっっ・・・・・
バキバキっっ・・・
森の中に、二人の駆け抜ける音が響き渡っていた。
どれ程走っただろうか。
生い茂る植物の臭気から血生臭さが消え、濃い植物臭だけが漂うようになると、急に辺りが開けた気がした。
だが、両側に立ち並ぶ木々に変わりはない。
少し開けた所で立ち止まると、司はとうとう立っていられなくなり、両膝をついてしまった。
はぁ はぁ と短い息が激しく吐かれる。
突然、司は背後から何か大きな影に襲われそうな感覚を覚えた。
それは、あの巨大なアナコンダの残影のような気がして、ハッと振り返った。
!?
思い切り息を呑んだ時、
「司?」
という、紀伊也の声に引き戻された。
この上なく恐怖に引きつった司に紀伊也は息を呑んだ。
「大、丈夫?」
「う、うん・・・」
それ以上の返事も出来ず、再び顔を元に戻すと、震えた自分の指先を見つめた。
何なんだよ・・ これ・・・
ヤニ族の村での度重なる恐怖の後遺症なのだろうか。ふとした時に突然全身に悪寒が走る。
そして、自分がこの上なく怯えている事に気付かされるのだった。
「司、今日はここで休もう」
そう紀伊也に言われ、指先を見つめながら力なく頷いた。