第三章(三ー2)
「美味いなぁ、生き返ったよ」
皆、感嘆の声を上げながら目を輝かせて透き通る水を手の平にすくい、顔に浴びせた。
司と紀伊也も両手で水をすくって顔に浴びせると笑みを浮かべた。
「不思議だな、こんな所でこんなに綺麗な水が飲めるなんて」
紀伊也の言葉にどう返していいか分からず、辺りに視線を送ると、ひらひらと蝶が舞い立ち、その内群れを成して舞い上がって行くのを見つけた。
「すげぇなぁ・・・」
蝶の群れが舞うのは映像でしか見た事がない。
実際、目の当たりにして思わず言葉を失ってしまった。 が、何かを感じて急に神経を尖らせた。
「水は確保したか?」
皆は一斉に顔を上げると、笑顔で水筒をかざした。
「よし、戻るぞ。 紀伊也、先に行って皆をフォローしてくれ」
高さにして5Mはないだろう。 大きな葉の向方に紀伊也が見えなくなり、合図でスタッフが昇り始めた。
ガサっ
突然音がして、ハッと振り向くと池の向方の草むらから何かが歩いて来る。
!?
瞬間皆、それに釘付けになってしまった。
「 か、か、カマキリっ ・・・!? 」
晃一が確認するように司に視線を送ったが、司はただ息を呑んで微かに頷くだけで、それ以上の声が出せない。
見れば、逆三角形の顔についた大きな丸い目は自分達の拳ほどはあるだろうか。
体長にして1Mほどはあろうか。 それに構えられた大きなカマは50CM程はあるだろうか。
「と、とにかく行け、 早く上がれっ 」
司は近づいて来るカマキリから目を離す事が出来ない。
皆、後ずさりしながらロープに近づいて慌てるように飛びつくと、足を滑らせながら昇って行く。
「もう一匹来たぞ」
「一匹どころじゃない、群れだ」
晃一と司はごくりと生つばを呑み込んだ。
三匹程が、二人との距離を5M程につけた所で動きが止まる。
こちらの攻撃を警戒しているのだろうか。 見定めるようにこちらを見ていた。
その時、スタッフが一人手を滑らせて、ドンっと下に落ちてしまった。
「来たっ!!」
それを合図に一匹がその前足を大きく広げて襲い掛かって来る。
「危ないっ」
司は晃一を突き飛ばすと瞬間、その前足を右手のブレスレットと左手に握っていたナイフで受け止めた。
物凄い力で押されるのが分かる。
両脚で踏ん張っていたが、ふっと力を緩めて身をかわすと片足でその体を思い切り蹴り上げた。
バタバタっと、巨大な羽根を広げて後ろに飛び下がると別のもう一匹が襲い掛かって来る。 瞬間腰からタガーナイフを抜き取るとそれを放った。
バサーーっっ バタバタっっ・・・・
巨大な両脚をバタつかせもがいていたが、それもやがてピタリとその動きも止まってしまった。
はぁっ はぁっ ・・・
!?
「晃一っっ!!」
別のカマキリが、起き上がりかけた晃一目掛けて飛び掛かった。
ドカっ
鈍い音がしたかと思うと、その巨大な体が横に飛ばされて行く。
はぁっ はぁっ
息を整えながら晃一は起き上がると、手にしていた木の幹を両手で握り直して構えた。
「晃一、大丈夫か!?」
慌てて司は晃一の傍に寄ったが、晃一は視線をちらっと向けただけで、すぐに目の前に迫る敵に目を向けた。
「まあな。 お前にばっかりやらせるワケには行かねェだろ。 心配すんな、喧嘩なら慣れてる。 それに、一応これでも剣道は地区優勝したんだぜ」
「いつの話だよ?」
「小学生ん時」
二人は一瞬目を合わせるとニヤリと笑った。
「お前らは早く行けっ」
司は少し苛立たし気に、後ろでもたついている二人に怒鳴った。
ガサガサっっ
大きな鋭いカマを構えたカマキリが次々に出て来る。
ガバーーっ 両足を振りかざして襲って来るカマキリを晃一と司は次々と飛ばして行く。
その内、カマキリ同士がぶつかり合って同士討ちが始まった。
「晃一、今だっ 先に行けっ」
肩で息をしながら晃一は、木の幹を投げ捨てると急いでロープに掴まった。
上では騒ぎを聞いた紀伊也が、ロープの重みを合図にそれを引っ張る。
司は晃一がロープごと上へ引き上げられるのを横目で見ながら、次々と襲い掛かって来るカマキリを切りつけていた。
「面倒だっ」
司は叫ぶとナイフを左手に握り直し、右手を思い切り振った。
金色のチェーンがブレスレットから伸びると勢いよく舞い、カマキリ達を投げ飛ばして行く。
辺りには巨大な羽が飛び散った。
それでも再び戻って来る巨大カマキリをチェーンを放っては蹴散らしていたが、キリがない。
「司っ、早くしろっ!!」
上からロープが降りて来ると、口々に皆が叫んでいるのが聞こえる。
司が再び右手を振って、チェーンが宙を舞うとカマキリの羽や手足が宙を舞った。
彼等が遠去かった瞬間、左手にロープを巻きつけ、強く引っ張り合図を送る。
両足が地面を離れた時、池の向方からガサっという音と共に、更に大きな影を感じて振り向くと目を見張った。
今までのカマキリより更に大きな前足を持っていた。
その体は3倍程はあるだろうか。
2本の巨大な前足を ガッと持ち上げた瞬間、司は うわーーっっ と悲鳴を上げて片足を壁につけ、それを軸に体を大きくしならせて蹴り上げて避けた。
ガツっっ
カマキリの前足が壁にぶち当たった瞬間、再び司の足が下りた。一か八か息を呑むと、その巨大な前足を踏み台に両足で思い切りジャンプした。
その拍子にロープも上へ飛び上がる。
ザザーーっっ
大きな葉を抜けてたかと思うと勢いでそのまま皆の所に転がった。
「司っ!?」
紀伊也が駆け寄ったが、司はその手を振り払い、血相を変えて素早く立ち上がった。
「早く逃げろっ 来るぞっ 」
その時、ザザザーーーっっっ という物凄い音と共に、巨大なカマキリが飛び上がって来た。
うわぁーーーーっっっ
大絶叫と共に全員がパニックになり、腰を抜かしてしまい、逃げようにも互いに何処へ逃げていいやら分からずぶつかり合ってしまった。折り重なるように地面に尻餅をついてしまっている。
どんな時でも嫌味な程に冷静沈着な紀伊也でさえも、悲鳴を上げてその場に立ち尽くしてしまった。
ガバーーっっ
シュっ・・・ ザザザァァーーーっっ・・・ !?