第二十二章(四)
第二十二章(四)
はっ はっ ・・・
苦しそうな短い息が木々の隙間から漏れた。
っく・・・
思わず悲鳴を上げそうになる自分を必死で抑えていた。
今頃になってヤニ族に飲まされた大量の麻薬に苦しめられるとは思ってもみなかった。甦る記憶と共に全身が恐怖の闇に閉ざされそうになる。
聖なる森の泉の水の治癒力はどれ程のものだったのか疑いたくなる程だ。しかし、今思い起こせば体を快復させるために泉の水を飲んでいた訳ではない。
体を元通り治してから封印しても良かったか・・・。
ふとそんな事を思って苦笑したが仕方がない。これは現実だった。
「本当に帰れないかもしれないな・・」
起き上がる事も出来ず、倒れていた体を仰向けにすると夕暮れの空を見上げた。
はぁっ はぁっ はぁっ・・・
っくぅ・・・
喉の奥が焼け付くように熱い。それに伴って体全体がぎりぎりと締め付けられるように痺れていく。それが一旦頂点に達すると、しばらくそのまま落ち着いたように静かになっていく。そして再び体が締め付けられると息が苦しくなる。
あとどれ位これを繰り返すのだろうか。
もうこれ以上は耐えられそうにない。今までに受けた苦痛を思い出すと、もうこれ以上はいい。
短い息を吐きながら暗い空を見つめると、諦めたような溜息にも似た息を一つ吐いた。
そして、ゆっくり目を閉じかけて、カサっ カサっと何かが近づいて来る音に、再び目を開けるとそちらに目を動かした。
四つ足の獣が一匹立っていた。
思わずフっと苦笑してしまった。紀伊也が寄こしたのだろう。
助けてもらったのに、黙っていなくなって悪いと思ったが、こんな惨めな姿を見られたくはない。
獣がそっと顔を近づけたので、視線を動かした。
!?
その牙を見た瞬間、驚愕の眼差しを向けると、痺れて動かなくなった体が更に硬直していくようだ。
何でっ!?
更に激しく短い息が吐かれる。
まさか 居る筈がないっ!
あの時、確かに封印した筈なのに・・・
それなのに何故、長い二本の牙を持つタイガーがここに居るのだろうか。
『何故、お前がここに居る!?』
声を出そうにも全身が金縛りにあっているかのように動く事が出来ず、頭の中で叫んでいた。
『私はヤヌーク、森の番人。 そなたシンラに会ったのだろう。我等の守り石・聖なる石を返してくれた事、礼を言う。 そなたにしか出来ぬ事、それがそなたの運命』
琥珀色に光る二つの目からそう聴こえた。
『オレの運命・・・、 今更・・ 』
司は苦笑すると、ヤヌークから目をそらせて暗い空を遠くに見つめた。
自分に与えられた運命など分かり切っている。今更考えるまでもない。
能力者狩りをして、その能力を封印するただの狩人だ。
その封印能力を利用して森を封印させたのだ。
能力者として生きる事が自分に架せられた定めなのだ。
でも、もういい
もう疲れた
司は目を閉じてゆっくり息を吐くと、再びヤヌークに視線を送った。
『もう、いいよ』
そう送ると、少し切ない笑みを浮かべた。
ヤヌークは何も言わずにじっと司を見つめると、その長い牙を司の喉元にそっと突き付けた。
司は抵抗する事もなく、それを受け入れるように目を閉じた。
やっと楽になれる・・・・