第二十二章(三)
第二十二章(三)
「おかしいなぁ、川沿いを行けば何とかなると思ったんだけどなぁ・・・」
あれから川沿いの木に掴まりながら川べりを下流に向かって歩いていた。
だが、暑さが頂点に達しそうになっても一向に何かに行き当たる事はなかった。
それどころか、川幅は増々細くなっていく。
「本当に迷子だな」
とうとう司は立ち止まると、その場に座り込んでしまった。下を向いたままはぁはぁと言う短い息を整えるように吐いていた。
異常なまでの喉の渇きに片手で水をすくうと口に運んだ。
「司、本当に大丈夫か?」
聖なる森が封印されてからずっと気になっていた紀伊也は司の顔を覗く。
「何が?」
「司」
「は?」
何の心配かと思えばと少し呆れたように紀伊也に視線を送ると溜息をついた。
「オレの心配より迷子の方を心配しろよ。ここが何処なのか全く分からないんじゃ、ただ闇雲に歩き回っていただけじゃのたれ死ぬぞ」
そう言うと、上げていた顔を元に戻して再び短く吐かれる息を整えた。
何かあった時の為にと備えていたGPS付の特殊な時計も粉々に砕け、頼りにしていた紀伊也のコンパスも封印されるのと同時に壊れてしまった。
ここが何処なのか透視する能力も、体力の限界から使う事が出来ない。
何処かの部族にでも会えばその位置から自分達の居る場所を特定する事が出来るのだが、誰に会う事もなかった。
「そうだけど・・・」
いつも強気な司には何を言っても無駄だろう。それに、自分はついて行く者なのだ。
紀伊也は軽く溜息を付くと辺りを見渡した。
「司、ここで待っていてくれ。ちょっと見て来る」
自分に出来るのはこれ位しかない。紀伊也は司の肩を軽く叩いた。
「頼む」
顔を上げもせず珍しく言った司に笑みを浮かべると、紀伊也はその先の枯れ枝をかき分けて川べりを更に進んで行った。
紀伊也の足音を遠くに聞きながら司は喉を掻き毟るように喘ぐと、川の中に顔を突っ込んだ。
そして、貪るように水を飲んで、バシャバシャと激しく揺すった。
ザバっと顔を上げると、思い切り左右に首を振る。そして、再び短い息を激しく吐くと目を閉じた。
その瞬間がくんと落ちそうになって慌てて目を開けると、傍の木にもたれて空を見上げた。
「・・・ っチっ、 まだ抜けてねぇ・・」
半ば諦めたように呟くと立ち上がって歩き出した。
どれ位歩いたか分からない。司とかなり離れただろう。
少し不安になって振り返ったが、見て来ると言った手前、何の収穫もないまま戻る訳にも行かず、再び前を向いて歩き出した。
徐々に川幅は狭くなっていくが、その先がどうなっているのか確かめなければ戻る事など出来ない。
しばらく行くと、足元に岩が転がっているのに気が付いた。
前の方を見渡せば辺りは岩でいっぱいだ。川はその岩の間を流れていた。
足を捕られないように岩の上を渡り歩くと、目の前に大きな岩で囲まれた洞窟のような所へ、その川は注いでいる。
「ここなら一晩過ごせそうだ」
紀伊也は洞窟の中を見もせずに、元来た道を急いで引き返した。
「あれ? 確かここだったような」
同じような光景だったが、この辺りに司はいた筈だ。
「もっと先だったかな?」
自分の記憶違いだと思い、再び元来た道を辿って歩き続けたが、なかなか司の姿を見つける事が出来ない。
おかしいな
横を流れる川幅も徐々に広がって行く。だが、その姿が見えない。
不意に胸騒ぎのようなものを覚えて辺りを見渡した。
陽の光も柔らいでいる。この分だと日が暮れるのも時間の問題だ。早く司を見つけなければこの密林の中で本当に迷子になってしまう。
「司っっ!!」
大声で司を呼んだが、自分の声が木々に反射して戻って来るだけだ。
それよりも、自分の声が響き渡るどころか、緑の葉に吸い込まれるように消えていく。
これでは司に届かない。
「司っっ!!」
叫びながら走り出していた。どんどん上流を逆上り、とうとう元の場所まで戻ってしまった。
「司っ!?」
しかし、その姿は見えない。そして、辺りはとうとう夕闇に包まれてしまった。
「何処に行ったんだ?」
紀伊也は途方に暮れると、足を投げ出して座り込んでしまった。
途中で気付かずに追い越してしまったのだろうか。もし、司が川べりでなく、少し脇にそれた所で休んでいたとしたら・・・。
ハッとしたように立ち上がったが、それ以上足を踏み出す事をためらってしまった。
これ以上動けば、今度は自分が危ない。
夜の密林ほど危険なものはない。
「司、ごめん・・・」
呟くと、顔を両手で覆った。