第二十二章(一)
第二十二章(一)
「どういう事?」
二人はまるで狐にでも包まれてしまったかのように顔を見合わせた。
「これは、一体・・・」
ザザザっっっ・・・・
不意に頭上の木が揺れて、ビクッと見上げると、猿が木に飛び移ったところだった。
少しホッとしたように足元に視線を移すと、見た事もないような昆虫が地面を這っていた。
「紀伊也・・・」
「あ・・・、うん。 これ・・・」
紀伊也も何と応えていいか分からない。
とにかく二人はただジャングルの中にいた。
ようやくの事で立ち上がると、互いに困惑したように視線を送る。
「ここ、どこだ?」
覆い被さる緑の葉を避けながら二、三歩足を進めた。何処にも道はない。誰かが通った形跡すらない。
そして、周りは同じような熱帯の植物ばかりだ。所々に赤やオレンジ、黄色と言った色鮮やかな花も見られる。
「司、川の音だ。近くにあるぞ」
不意に紀伊也は離れた所から水の流れる音を聴いた。近いと言っても遠い。
司と紀伊也は流れる音に耳を澄ましながら、その音を辿って歩き出した。
目の前に垂れ下がる植物に絡まれ、足元に重なる枝や落ち葉に足を捕られながら歩くのは容易な事ではない。ともすれば、雨上がりのぬかるみにはまりそうになる。
それでも二人は無言で歩いた。
司は時々腰のベルトを探るが、ナイフが一本もない事に諦めると溜息をついた。
うっそうと生い茂る植物に太陽の光は遮られてはいるが、足元からまとわり付くような熱気に息苦しさを覚える。
次第に喉も渇いて来ると、足を止めては大きな息を吐いた。
「司、大丈夫か?」
余りにも司の立ち止まる回数が多く、とても普通に歩いているとは思えない。
聖なる森で体力の回復を図った紀伊也は、前を歩く司の足元がふらついている事に気になって声を掛けた。
「え、 ・・・ ああ ・・・」
短い返事を返したが、喉が焼け付くように痛む。口の中に何か粘っこいものを感じて飲み込もうとするが、痛みのあまりそれも出来ない。
早く水が欲しい
それだけが今は願いだ。
水の流れる音を近くに聞きながらここで立ち止まる訳にはいかない。
木々に手を掛けながら一歩一歩足を踏み出していた。
あともう少しだった。
すぐそこで川の音が聴こえる。あのシダの葉をめくればきっと流れる水が見えるだろう。
はぁはぁと肩で息をしながら少しぼんやりとした視界で覆われた緑色を払いのけた。
!?
不意に足元に転がった小枝に足を滑らせ、がくんと司は膝をついてしまった。
「司っ、大丈夫か!?」
後ろから慌てて紀伊也が駆け寄る。
「うん、大丈夫・・・」
霞む地面を何度も瞬きをしながら見つめた。と、その時、ガサっと目の前の小さな葉が動き、トカゲが顔を出した。
!?
しかし、司にはそれが一瞬大きな蛇の頭に見えると、思い切り息を呑んで動く事が出来なくなってしまった。
それが通り過ぎるまで待とう。もし、ほんの一瞬でも動こうものならその一瞬の隙をついて自分に襲い掛かって来るのだ。そして、あの真っ赤な大きな口が開き、自分は一呑みにされてしまう。
あの男のように。
思い出すと、全身に鳥肌が立ち、動いてはいけないと体を硬直させればさせる程、小刻みに震えていく。
「 ・・・さ、つかさ? ・・・ 司っ!?」
不意に背後から呼ばれて、ハッと振り向くと心配そうに紀伊也が覗き込んでいた。
「どうした、大丈夫か?」
「え・・・、ああ、 大丈夫、何でもないよ」
再び手元に視線を落とし、それが小さなトカゲであった事に気付くと、小さな息を一つ吐いて額に滲み出る汗を拭った。
「もう少しだ、頑張れ」
紀伊也に支えられて立ち上がると、息を飲み込みながら頷いた。
顔色が悪い
そう思いながら紀伊也は司を支えると、そのまま歩き出した。
そして、シダの葉をめくった。
そこだけに太陽の光が降り注ぎ、水面がきらきらしている。
紀伊也がホッと一息ついた時、対岸で水を飲んでいた黒い鳥が飛び立った。
バサバサっっ
羽音と共に周りの葉が大きく揺れた。
それと同時に、うわぁっという悲鳴が上がり、紀伊也は突き飛ばされてしまった。
「えっ!? ・・・ 司っ!?」
明らかに怯えていた。
はぁっ はぁっ と、大きく肩で息をし、恐怖に引きつった目で水面を見つめている。
「司、どうした? ・・・ 司っ」
肩に乗った紀伊也の手を咄嗟に払いのけると一歩下がったが、再び自分を呼ぶ声にハッと我に返った。
「司?」
「あ・・・、 紀伊也。 ・・・ ごめん」
それだけ言うと、紀伊也から目をそらせた。
そして、今自分がとても怯えている事に気付くと、顔を上げる事が出来なくなってしまった。
目を宙に浮かせ、目の前に川が流れている事にようやく気が付くと、ホッとしたように息を吐いた。
「水だ・・・」
司は紀伊也の不安気な眼差しから逃げるように水辺に行くと、両手を中に入れた。
冷たくて気持ちがいい。
思わず目を細めると、それをすくって口に運んだ。
渇き切った喉を潤すように冷たい水が流れて行く。ごくりと喉を鳴らすと笑みがこぼれた。
そして、安心したように振り返ると紀伊也と目が合った。
先程の司の様子に驚いたが、少し笑みを見せた司に安心すると、紀伊也も司の隣で同じように水を飲んだ。そして、顔に水を浴びせる。
じとっと、纏わり付いていた熱気が洗われるようだった。