第二十一章(四)
第二十一章(四)
ちょろちょろと流れ落ちる泉の音が、星空の下でまるで夜想曲のようなメロディを奏でていた。
二人はしばらくその音を聴きながら満点の星空を眺めていた。煌く星達の間を時々流星が駆け抜けて行く。
その内、星の輝きも淡い白味を帯びて来る。
夜明けが近かった。
腰を下ろしていた二人は同時に立ち上がると、黙って泉の前に立った。
「火の怒りを鎮めるのは大地、大地の怒りを鎮めるのは光、コスモスとは秩序ある事、朝陽とは始まりの光。それを浴びし時、碧き石の夜が明け、光が己の行く道を指し示す」
「司、それは?」
「最後にシンラが託した言葉だ。つまり、こうだ。ここにまずこの炎の石を入れ、次に大地の石、そしてコスモスの石だ」
言いながら泉の穴に次々と石をはめ込んで行く。
「すげェ、ぴったりだ」
まるで、サイズを計ったように隙間なくそれらの石がはめ込まれると、同時に湧き出ていた泉の水も消えるようになくなってしまった。
感心したようにそれを見ていたが、次に空を見上げた時、二人は同時に後ろに下がった。
もうすぐ夜が明ける。
濃紺色のブルーから何色もの白を合わせたようなブルーへと空の色が変わっていく。
夜明け前の空のブルーは何とも言えない神秘的な色をしている。
全ての始まりのように渦を巻いている。
そして、その中から一筋の光が矢のように一直線に伸びて来た。
泉の穴に収まった石にそれが瞬時にして当たると、深い海とも空ともつかない今までに見たこともない輝いた青色が姿を現した。
思わず目を見張った。
綺麗な青
その光が一瞬の内に辺りに飛び散ると、不意にそこからコポコポと水が湧き出て来る。
それが下へ流れると、二方向に向かって流れ出した。
一方は聖なる地へ 一方は悪しき地へ
しかし、それもほんの数秒で止まってしまった。すると同時に碧き石の輝きもなくなり、辺りは朝陽の光に包まれた。
今起きた出来事は、まるで瞬きをした瞬間に見た幻のようだ。
「まるでラピスラズリみたいだ」
碧き石に近づいて司は言うと、その石をそっと右手で撫でた。
しかし、その右手には全身全霊で自分の持ち得る気を集中させていた。そして、一気にその記憶を封じていく。
ほんの僅かな時間だ。
一瞬ゴーーっという風が辺りに吹いて二人は目を閉じた。
何か重たい空気が自分達の体を横切ったような感覚を覚えた。
しかし、次に目を開けた時、司は石から手を離すと、その場に崩れてしまった。
人の記憶を封じる事は簡単な事だ。しかし、森の封印などした事がない。出来るかどうか分からなかったがやるしかなかった。この石が二度と人の目に触れる事があってはならないのだ。
そう願いながら気を送った。
はぁっ はぁっ と、肩で息をする司の元に紀伊也は歩み寄るとその肩を抱いた。
そして、二人で目を合わせると、笑みを浮かべた。
きっともう帰れない
聖なる森と共に永遠に封印され、現実の森に帰る事は叶わない。
二人ともそう思っていた。
だが、キーっ キーっ という獣の鳴き声と、突然に襲って来る熱気に思わず顔を上げると、二人とも息を呑んで茫然と辺りを見渡してしまった。
いつの間にかただの密林の中に居たのだ。
立ち塞がるようにそびえていた岩崖も、泉の前にあった広場もなく、立ち上がれば大きな緑の葉に頭をぶつけてしまう。
周りはただ、濃い緑に覆われているだけだった。