第二十一章(三)
第二十一章(三)
辺りが静かな闇に包まれ、時々夜の鳥の鳴き声が聴こえる。
ちょろちょろと湧き出る泉の音も満点の星空の下に神秘な音色を奏でていた。
「もうすぐ新月だな」
夜空を見上げて紀伊也が言った。
「え?」
「ほら、綺麗な月だ。早いな、ついこの前まで満月だったのに・・・」
晃一達をアランに引き渡した頃は確か満月に近い形だったのを覚えている。
その後は月の光や形などに気に掛けている余裕などなかった。しかし、こうしてようやく自分の使命と目的を達する事が出来て安心すると、夜空に静かに輝く月もまた一味違った輝きを感じさせる。
目を細めた紀伊也は安堵の息を吐きかけた。
「新月だってっ!?」
突然、驚愕の声を上げた司に驚いて吐きかけた息を呑むと、今度はむせてしまった。
「ゲホっ ゲホっ ・・・ どうした司? 突然・・・」
だが、勢いよく立ち上がった司は仁王立ちで泉を見つめている。
「司?」
紀伊也は訳が分からず司の隣に立つと、同じように泉を見つめた。だが、月夜に照らされて、静かに流れ落ちているだけだった。
それより紀伊也は、司がポケットから取り出した3つの石の方に目を見張った。
司は何か考えるように、泉の穴と自分の手の平に乗っている石を交互に見つめている。
「司?」
「紀伊也、オレには・・・、オレにはやらなければならない事がある」
おもむろに、だがはっきりとそう言うと一度月を見上げ、再び泉を見つめた。
「シンラと約束したんだ」
「シンラ?」
「オレの代わりに犠牲になった。 彼女が何者なのかは知らない。けど、オレは彼女によって生かされた。だから必ず使命を果たしてみせる」
「司、何言って?」
紀伊也には司の言っている意味が全く解らない。ヤニ族の村で大量の毒を飲まされておかしくなってしまったのだろうか。それとも幻想のようなこの場所で夢でも見ているのだろうか。しかし、それにしては余りにも真剣な目付きだ。
一体司は何をしようと言うのだろう。
「司、何するつもり・・・?」
「オレの使命は、碧き石をこの場所へ返す事。そして、この森を封印する事」
「え?」
今、司は何と言ったか。
碧き石を返す? そして、この森を封印?
増々言っている事が解らない。
「司、お前自分で何言っているのか解っているのか!? 碧き石って? 森を封印って、どういう事だよっ!?」
困惑して思わず興奮気味になってしまった紀伊也に、司は冷静に向くと言った。
「そうだ」
「・・・」
余りに落ち着いたいつもの司であった事に、紀伊也はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「もう100年以上も前の話らしい。この石が何者かによってこの場所から持ち去られた後、伝説の中の人間が度々現れてこの石を探していたらしい。本当かどうかは分からない。けれど、アマゾネスといい、あのアナコンダといい、伝説の中の者が現れたのは事実だ。もしかしたらこれは幻想だったのかもしれない。けれど、実際オレ達は出くわしている。全員で同じ夢でも見ていたなんて事は有り得ないだろうからな」
「司、それを何処で?」
「ヤニ族の族長からだよ。けど、その前にもちらっと聞いていたんだ。あのファヴォス村の族長シーメからもね」
「え? でも、ファヴォス村って、あれも伝説の村じゃ・・・」
「そうだよ、オレ達はどこかで現実と伝説の中を行き来してたみたいだな。けど、何故、そうなったのかよく分からない。でも、事実オレは石を集めてしまった。バラバラだった碧き石を一つにしちまったんだ。これも何かの運命かもしれない」
半ば苦笑しながら司は答えると、少し遠くを見るような眼差しを泉に向けた。
「彼等がこの現実の世界に居るのはあってはならない事。あってはならない事をしてしまったのは、恐らくこの現実の者達だ。碧き石はやっぱり元の場所に戻さなければならないし、森の入口が開く事のないように封印しなければならない」
そう言って手の平の石を見つめた。
夜空の光に反射してそれぞれの石が神秘的に淡く光る。
「紀伊也、もしかしたらそれによって、オレ達は永遠に帰る事が出来なくなるかもしれない」
「司・・・」
「でも、考えようによっちゃ、オレ達だって存在し得る事のない人間だ。このまま一緒に封印されちまえば楽になれるかもしれないぞ」
少し笑って司は言ったが、もしかしたらそれが司の本心なのかもしれないと、紀伊也は一瞬思った。
しかし、司のその言葉が紀伊也の本心を突いていたのかもしれない。紀伊也はその言葉に何かから救われたような気がしていた。
「俺はお前について行くまでだ、司」
普段と変わらぬ落ち着いた紀伊也になっていた。
「悪いな、こんな事で巻き添えにしちまって・・・。 けど、オレは後悔はしていない」
「え?」
「今までの生き方にさ。こんなとこで果てたって別にいいって事だよ。楽しかったから、お前らに会って・・・。 ・・・ ま、秀也にこのライター返し損ねたけど・・・」
ふと、視線を落としたが、ぐっと堪えると再び紀伊也に向いた。
「最後までオレに付き合え」
「わかった」
司の笑みに、紀伊也も笑みで返すと、互いの右腕をぶつけ合った。