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サバイバル  作者: 清 涼
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第二十章(ニの2)

 はぁっ はぁっ はぁっ・・・


息を切らせながらぐったりとした司に視線を落とすと、思わず涙が溢れそうになった。

そして、潤んだ瞳でちょろちょろと湧き出る泉を見上げた。

「司、・・・聖なる泉だ・・・」

うように崖に近づき、両手を泉にくぐらせる。

冷たく透明な水が紀伊也の手に落ちるといつしか傷が消えていた。

少し震える手で水を自分の口に運ぶ。無味無臭のはずが何故かとても甘く感じられた。紀伊也はむさぼるようにそれをごくごく飲むと、自分の顔に水を浴びせた。

そして、急いで司を近くまで運んで片手で体を抱き起こして支えると、もう片方の手で司の口に水を運んだ。

しかし、その冷たくなった唇は開かず、唇の上からそのまま下に流れ落ちてしまった。

「司、頼むから飲んでくれっ」

何度か頬を叩いて揺さぶったが、動く気配がない。

「飲まないと死んでしまうぞっ 司っ!」

半分泣き叫びながら何度も水をすくっては口に運んだ。しかし、司の喉が鳴る事はなく、口に入れてもそのまま口の端から流れ落ちるだけだ。

泉の水が頬の傷の上を流れても傷口は無くならない。

それは生ある者への聖なる水だった。

「司っっ!!」

紀伊也は司をその場に寝かせると脈をながら心臓に耳を当てた。

「う、そだろ・・・ そんな・・・ 」

動いていなかった。

「司・・・ !? 司っっ!! ここまで来たのに・・・ 司ぁぁっっ!!」

泣き叫んでもどうしようもない。

紀伊也は急いで司の胸に両手を合わせると、自分の気を送りながら数回押して唇をふさぐと息を送った。

「司、頼むから死なないでくれっ」

祈りながら何度か人口呼吸を繰り返す。

「司 ・・・ 頼むっ ・・・」

紀伊也の祈りが通じたのか、ようやく心臓の鼓動が聞こえ始めた。

そして、更に気を送るとわずかだが司の口から息遣いの音が聞こえた。

それを見た紀伊也は泉の水をすくって自分の口に含むと、司の唇に当て、押し開くように口の中にその水を流し込んだ。

唇を塞がれ、逃げ場のなくなった水はごくりと司の喉を鳴らし、体の中へと流れ込む。

「司、もっと飲むんだ」

再び紀伊也は同じ事を繰り返した。聖なる泉の水は生を取り戻した司の体内へ注ぎ込まれて行く。

次第に司の息遣いが大きくなって来ると、真っ青だった顔色も少し赤みを取り戻して来た。

脈拍も正常だ。司の息遣いと共に波打つ胸も正常になっていった。

紀伊也はホッと胸を撫で下ろすと、再び泉に両手を入れてすくい、自分の口に運んだ。ごくりと喉を鳴らして飲むと、一度顔を洗って頭から水を浴びた。


 完全に陽が昇り、辺りは陽の光で暖かい。

太陽の光を浴びた紀伊也の肩が震えていた。泉に手を入れながら溢れて来る涙をこらえていたが、どうにもで出来ない。奥歯を強く噛み締め必死で溢れて来る感情を押し殺していた。

何故なのか自分でもよく分からないが泣き出してしまっていたのだ。

こんな感情は生まれて初めて味わうものだ。自分自身に戸惑いながらも涙をぬぐうと、何度となく水を顔に浴びせた。

ようやく気の高ぶりが治まったのだろう。ふと安心したように一度空を見上げると、振り返って広場を見渡す。


 まさか、再びここに戻って来ようとは・・・


いつもの冷静さを取り戻すと、少し途方に暮れてしまった。

「しかし、どうやって・・・?」

あの時は必死だった。ただ見えた光に飛びつくように向かって行っただけだ。

入口がどんなだったかも覚えていない。

ただ夢中で走っていた。お陰で辺りの様子など全く覚えていなかった。

気が付くとこの広場に出ていたのだ。

ちょろちょろと湧き出る水の音が背後から心地よく響く。

 そう言えば!?

突然思い出すと、後ろを振り返って泉をまじまじと見つめた。

あの時の司の時計はどうなったのだろう。

穴に手を入れて探してみるが、それらしき塊が見当たらない。だが、辺りを探した時、その足元に何かが落ちているのに気が付いてそれを拾った。

「粉々に砕けてる・・・」

時計の文字盤はもちろんの事、その奥に隠されていたGPS装置など跡形もなく壊れている。

ダイヤを特殊加工したものだと言っていたが、それさえも粉々に砕ける程の強力な衝撃だったのか。

「一体何なんだ?」

天空に輝く太陽と神秘な泉を見比べながら数々の疑問だけが浮かんで来ていた。

紀伊也は司のそばに腰を下ろした。

「司、俺達どうすればいいんだろう」

そう呟いて両足を伸ばすと仰向けに寝転がり、暖かい光に包まれた青い空を見つめた。




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