第三章(二)
第三章(二)
「少し休むか」
倒れた大木を見つけると、後ろを振り返り皆を促した。
晃一始め、スタッフの4人は息を切らせて黙って頷くと大木に腰掛けた。
晃一は地面に足を投げ出して座ると、大木に寄りかかって司を見上げた。
「なぁ司、このまま歩いてて大丈夫なのか?」
誰もが同じ事を聞きたいかのように視線が司に集まる。
「あそこでじっとしているよりはマシだろ」
素っ気無く答えると辺りを見渡した。
夜が明け、完全に陽が昇った事を確認すると、道らしき道を勘を頼りに歩き始めた。
持っていた方位磁石も場所によっては狂ってしまい、使い物にならない。
見た事のある植物、見た事のない巨大な植物を目にしながら、まるで何かに導かれるように司は進んでいた。
途中、何度か休みながら歩き続け、半日は経っただろうか。持っていた水筒の水はもう残り僅かだ。7人が一口飲めるかどうかだった。
「司さん、飲みますか?」
申し訳なさそうに差し出す西村に司は首を振った。
「オレは水がなくても3日は持つから気を遣うな」
そう言って笑うと、少し離れた所で辺りを伺うように立っている紀伊也の傍に寄った。
「どうした?」
「何か、不思議な所だな。お前と俺の脳波が切れるとコンパスが狂い、元に戻ったかと思えば空気も少し乾いた感じがする」
「ああ」
終始無表情に装っている冷たい琥珀色の瞳が少し影を落とした。
そして、足元の大きな尖った葉をそっと持ち上げる。
「見ろ紀伊也、境界線だ」
「境界線?」
「多分。 はっきりした事は言えないが、ここでくっきり地面の色が分かれているだろ。恐らくここから先が魔界と呼ばれる太古の森だろう。 間違ってもあちらには行きたくないな」
視線を辿って行くと、司の言う通り、葉の下から向こう側は赤黒いじめじめした地面に色が変わっている。それに、何となく感じる空気も息苦しい。
ふと気配を感じた。
「司、何かいるぞ」
司は息を呑んで、恐る恐る目の前の大きな葉をめくった。
瞬間二人の目の色が変わり、静かに後ろに下がった。
大きな丸い目が、二人の腰辺りの高さでギョロっと動いたのだ。
「来るぞっ!!」
司が叫んだ瞬間、ザバーっ っと、大きな葉の間から何かの大きな塊が飛び出して来た。
うわーーっっ!?
二人は左右に飛び退くと、ハッと振り返りその巨大な物体を目にして驚いたまま、それが向こう側の葉の間に消えて行くのを見送っていた。
「何だっ 今の!?」
晃一の驚いた声に二人は、ハッと我に返ると顔を見合わせて少し乱れた呼吸を整えた。
「カエル、でしたよね」
晃一の隣で木村が茫然と言った。
「お、おお、 俺にもカエルにしか、見えんかった・・・ 」
気を取り直したように晃一は言うと、呆然とこちらへ戻って来る司と紀伊也に手を振った。
「ああっ、びっくりした。 何だ? 今のデカガエル」
司も紀伊也も今だ信じられないものを見たとでも言うように、頬を叩いて気を取り直している。
「日が暮れる前に水の確保だ。 行くぞ」
まるで行く当てもなく、道なき道を彷徨うように歩き続ける彼等を、密林が覆うように静かに囲んでいた。