第十九章(一の2)
「なわけねぇか、ってまぁ 生きてるだけでもマシだぜ」
相変わらず屈託のない声と調子だ。
思わず秀也は自分の暗い部屋を見渡した。
ここは現実なのだろうか、それとも自分は今夢でも見ているのではないか。
そう思って、思いがけない事をしてしまった。
「アチっ」
足の甲に落としたタバコの灰を慌てて払うと強くさすった。
痛い。
足の甲に落とされた灰によって足先がジンジンと響くように痛む。
「・・・、もしもし、秀也? 」
「あ、うん。 ・・・ あの、晃一、だよな?」
タバコの先を灰皿に押し付けて火を消すと、改まったように聞いた。
「うん、俺だよ、晃一だよ ・・・ 秀也 ・・・ 」
初めは元気を装って以前と変わらない口調で電話を掛けた晃一だったが、秀也の心配そうな声を聞いたとたん、込み上げて来るものに胸が押し潰されて息が詰まってしまった。
本当は熱もまだ下がっていない。自分一人で歩く事もままならないのだ。病院で手当てを受けるように手配はしてもらっている。だが、その前にどうしても電話をしなければならない人がいるのだと言い張って、大使館員に支えられながら、今、電話をしているのだった。
「秀也ぁ ・・・ 俺だけ、・・・ 俺だけ助かっちまったよ・・・・。 ごめん、ごめんな、俺だけ・・・ 」
っひっく・・・
もうどうにも止まらなくなってしまった。
しゃくり上げる息を一気に吐いてしまいたくなる。だがそれを必死に堪えた。
「秀也・・・、 司は紀伊也が助けに行ったから・・・ ゲホっ ゲホっ ・・・ 」
とうとう堪え切れなくなると勢いよくむせ返ってしまった。それが止まらず返って激しさを増すばかりだ。とうとう受話器を職員に取り上げられてしまったが、晃一にはそれを奪い戻す気力がないばかりか、意識がかすれてしまいそうになって、力が抜けてしまった。
「もしもしっ 晃一っ!? どうしたっ!?」
受話器の向方で泣き出しそうな晃一に驚いてしまった。そして、激しくむせ返る晃一に何を言っていいか分からない。一体何が起きているというのだろうか。
「晃一っ!?」
「あ、もしもし、コロンビア大使館の者です。先程この方達が保護されまして・・・」
晃一の代わりに少し年配の男性の声が聞こえた。
一時間ほど前に、日本語で男から電話をもらった職員がその10分後に連絡通り、白いキャンピングカーを敷地内に入れると、恐る恐る中を確認して目を見張った。
電話の内容通り、アマゾンで行方が分からなくなっていたスタッフと晃一がぐったりと横たわっていたのだ。
車を運転していた男達は黒い覆面を被っていた為、それが日本人なのか現地の者なのか分からなかったが、中から降りようとはしなかった。
仕方なく職員全員で彼等を降ろすと、何も言わずにすぐに立ち去ってしまった。
もちろん警察に連絡する事は許されなかった。それは彼等の指示するところだったからだ。
しかし今は、彼等が何者なのか追及している時ではない。息も絶え絶えに衰弱している彼等を助ける方が先だ。急いで全員を中へ運んで手当てをする。
そんな中で気が付いた晃一が、暴れながら電話をさせろと懇願したのだった。
少し興奮気味に説明する職員に、自分の名と連絡先を告げると秀也は電話を切った。
「晃一、やっぱり無事だったんじゃねぇかよっ」
秀也は自分がいつになく興奮気味に両手を握り締めていた事に気付くと、慌てて受話器を取り、ナオに電話を掛けた。




