第十九章(一)
第十九章(一)
トゥルル・・・ トゥルル・・・
真っ暗な部屋に電話の音が鳴り響いた。
実家にいてもする事がなく、再び東京の自宅に戻って来たのは3日前だった。
倦怠感に全身を覆われ、何をした訳でもないのに、一日中ぐったりと疲れ切っていた。
それでも昼間は何とか起きて、夜にはベッドに入ってはいたのだが、なかなか寝付けないでいた。
妙に鳴り響く部屋の電話も、何処かで自然に流れて来るBGMのように聞いているだけだった。
『秀也っ!』
不意に何処からか自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
え?
起き上がって辺りを見渡したが、ただ夜の闇に包まれているだけだった。
「 ・・・ 電話か ・・・ 」
ふぅっと一つ溜息をつくと、鳴り止まない電話に手を伸ばし、面倒臭そうに受話器を取った。
そして、傍にあったタバコに手を伸ばし、一本抜いて火をつけると、煙を吐きながら受話器を耳に当てた。
「もしもし・・」
気だるげな声を出し、もう一度タバコに口を当てながら顔をしかめると思わず受話器を耳から外す。電話の向方はもの凄い雑音で相手の声が聞こえない。
「もしもしっ」
今度は少し苛立つような声だ。いつもはこんな事で苛立つような秀也ではない。しかし、今は事ある毎に何かに苛立ちを覚えていた。
タバコの数も酒の量も日増しに増えている。訳の分からない苛立ちに腹が立ち、テーブルの上のものを床にぶちまけた時には、さすがにそんな自分に嫌気がさし、自分で自分の頭をわざとテーブルの角に打ち付けた事もあった。
「もしもしっ ・・・、 イタデンなら切るぞっ 」
「 ・・ガシャガシャ・・・・、 もしもしっ 秀也っ!? ガシャガシャ・・・・ 」
うんざりして受話器を外そうとした時、声が聞こえて慌てて受話器を押し当てた。
何故か胸がどきどきしている。
「もしもし」
「 ・・・、あーーっ んだよ この電話、やかましいっ ・・・ 秀也っ 聞こえるかっ!? 俺だっ 」
「 ・・・、晃一? っ!? 晃一っ!? うそだろっ 晃一なのかっ!? もしもしっ 」
思わず自分の耳を疑った秀也だったが、自分が声に出して呼んだ名前に驚きを隠せない。しばらく雑音が響いていたが、やがて、ピーピーと、切れてしまった。
「えっ!?」
秀也は一瞬何が起こったのか分からず、茫然としていたが、タバコを銜えるとゆっくり受話器を電話に戻し、じっとその電話を見つめた。
「今の、何だったんだ?」
呟きながら煙を吐くと電話から目をそらせ、灰皿に灰を落とす。
まさか、晃一から電話が掛かって来るなんて事は有り得ない。
今のは幻覚だ、だって、あいつ等は・・・
そう言い聞かせるように秀也は溜息を一つついた。
トゥルル・・・ トゥルル・・・
すると、再び電話が鳴った。
秀也は少しそれを眺めていたが、思い切ったように受話器を取り上げた。
「もしもし」
「あー、良かった。ちゃんとつながったか。 ・・・ 秀也、元気か?」
「元気かって・・・」