第十八章(四)
第十八章(四)
今、自分が何処をどう歩いているか分からない。
バシャバシャと、まるでダンベルを足に巻きつけているような重たい足を引きずるように、真っ暗な密林を歩いているだけだった。
何度か大木にぶつかり、つまずいて倒れそうになったが、ここで両膝を地面につけてしまえば、立ち上がる事は難しく、もし万が一倒れでもしたら、二度と起き上がる事が出来なくなってしまうだろう。
そう思うと、時々何かが込み上げて吐き出しそうになるのを抑え、激しく咽返りながらも、何とか両足を踏ん張って歩き続けた。
激しく降っていた雨もいつしか止み、空を覆っていた暗雲も何処かへ流れ去って行くと、今度は万遍なく星達が煌き始めた。
足元の水溜りが照らされ、辺りが濃紺のベールに包まれる。
シャカシャカシャカ・・・・ リリリ・・・
とたんに虫達の鳴き声が響き始めた。
ガサガサ と、葉の群れをかき分け、えさを探し始める夜行性の動物もいる。
雨上がりの夜の密林も、また昼間と違って神秘的な生の営みを感じる事が出来る。
だがそんな夜の闇と戯れる間もなく、とにかく逃げるように必死に司は歩き続けていた。
「はぁっ はぁっ はぁっ ・・・」
大木に片手をついて大きく息を整える。
!?
と、その時、その片手の指先に何かが当たった。ふと視線を動かして思わずギョッとすると、その手を動かす事も出来ずに息を呑んだ。
大きなボアの頭が司の指先にいたのだ。
毒は持っていないが、体に巻きつかれたら絞め殺されてしまう。自分の気配を消して通り過ぎるのを待つか。そう思ったが、既に体力も能力も限界を超えてしまっている。神経を集中させようとしたところで、思わず体が震えてしまった。
その瞬間、シュッとボアの頭が一度引っ込んだ。だが、次の一秒と持たない瞬間には攻撃して来る。
グワァっっ
ズガーーンっっ・・・
一発の銃声が響くと、一瞬辺りは静まり返った。が、次の瞬間ドサっという音と共に、バサバサっっ と、辺りで眠っていた鳥達が一斉に羽音を立て、木々を揺らす。
しかし、その音もすぐに止むと再び静寂に包まれた。
「はぁっ はぁっ はぁっ ・・・」
手の甲を噛まれ、血が滲み出た。それを口に当て舌で舐めると、もう片方の手に持った銃を見つめた。
そして、拳銃を下ろすと、足元に落ちたボアには目も暮れず、再び歩き出した。
突然、ザーーっという滝のような水の流れる音が聞こえた。
意識も耄碌し、すぐに思い出す事が出来ない。
だが、ようやく思い出すと、ハッと顔を上げた。そのとたん、足を踏み外し、ザザァァーーっっ と、まるで崖を転がり落ちるように体が宙に舞った。
ガツンガツンと、辺りの岩にでも木にでも当たっているのか、あちこちを激しくぶつけながら坂を落ちて行った。
ドサっと最後に地面に叩きつけられてようやく止まったが、目を開ける事はおろか、体を動かす事が出来ない。
しかし、既に体中が麻痺でもしているのだろう、感じる筈の痛みの感覚がない。
お陰でしばらくすると何とか起き上がる事が出来た。
両膝と両手を地面について呼吸をすると、溜まっていたものが一気に込み上げ、思い切り吐き出した。
激しくむせ返っては汚物を吐き出した。
ゲホっ ゲホっ ・・・
「 ・・・ 水 ・・・ 」
全てを吐き切った後、最後に唾を吐き出すと呟いた。
そして、地面を這いつくばるように前に進むと、池の淵に手を掛けた。
水面が見えた時、思わずそのまま顔から突っ込んでいた。
バシャン・・・
星空に照らされた静かな水面が音を立てて揺れる。
その水を司は、ただ貪るようにごくごく音を立てて飲むと、はぁっ と、大きな息を吐いた。
そして、一度澄み渡った夜空を見る事が出来たが、次の瞬間には目の前が真っ暗な闇に包まれて何の音も聴こえなくなってしまった。