第三章(一)
第三章(一)
目の前で起こった信じられないような光景に茫然と立ち尽くした秀也とナオには、スタッフの声も聴こえていないようだった。
再び遠くの方で聴こえる獣の鳴き声に、半ば引き摺られるように出発地点の民家へ戻った。
彼等が着いた時には既に深夜近くになっていた。
20人近くいた一行も今は半数程までに減っていた。
誰もが疲れ切っていた。
言葉も交わす事なく一夜を明かした。
夜が明けた。
都会では決して嗅いだ事のない濃い緑の匂いが鼻に衝く。
あちこちから鳥のさえずる声が聴こえ、眩い太陽の光が彼等を照らした。 その光りと共に目が覚め、誰彼となく無言で目を合わせた。が、誰の顔にも笑みは見られなかった。
昨日の出来事は一体何だったのだろう。 一体何が起こったというのだろうか。
秀也は辺りを見渡し、司を探したが、その影は何処にもなかった。
「秀也」
肩を叩かれ振り向くと、どうしようもない不安な顔をしたナオと目が合った。
「何があったんだよ ・・・ っ 」
唇を噛み締めると秀也は自分の膝を抱え頭を埋めた。
太陽も高く上り詰めた頃、当初到着する筈だった原住民の村で待機していた別のスタッフが血相を変えて戻って来た。その中にはあの番組の司会者のお笑いタレントもいた。
夕方に到着する予定だったが、なかなか現れず、しかも途中で無線が途絶えてしまった。
更に驚いた事に、日が暮れかけた頃、現地ガイドと通訳とを名乗る男が血相を変えて村に入って来た事だった。
彼等の話に寄ると、待ち合わせの場所で待っていたのだが、なかなか一行が現れず、現地支局に問い合わせたところ既に出発しているとの情報が入り、まさかと思い、慌てて車を飛ばして来たのだという。
よくある事だが、金目当てで偽者のガイドと通訳が存在するのだ。そればかりか、中には人質目的でガイドに成りすますテロリストもいるのだという。
「そんな・・・ っ!?」
マネージャーのチャーリーは、青ざめて座り込んでしまった。
今や日本の芸能界の人気の頂点を極めているジュリエットだ。もし万が一彼等に何かあったとしたなら・・・、 考えるのも恐ろしいくらいだ。
「オオっ!?」
突然、現地ガイドが悲鳴を上げ、嘆くように何か叫び出した。それにつられるように、そこに居た村人も同じように悲鳴を上げた。
スタッフが昨日の出来事を話し、通訳がそれを彼に告げた時だった。
今度は通訳がそれを興奮したように話し始めた。
「彼が言うには、そこは魔界と呼ばれる入口だそうです。何かの伝説のようですが、そこにはまだ見た事のない生き物が存在していて、入って来た侵略者を襲うのだとか。太古から生存し続ける巨大な牙を持ったタイガーが現れた時、その入口が開き、魔界へ導くのだそうです」
そこで言葉を切ると、溜息をつくように息を呑み込んだ。
「そこに入った者は決して生きて帰る事は出来ないそうです。現に間違って迷い込んでしまった者の生存はない、と言っています」
通訳の話を黙って聞いていた全員は息を呑むと絶句してしまった。
生きて返った者はいない・・・