第二章(二)−2
すっかり夜も更け、時折ふくろうの鳴くような声が聴こえる。
少し風が吹き、ざわざわと周りの木々を揺らすと炎も揺れた。
静かな夜だった。
ふと空を見上げると、ステージから見えるペンライトのように星が見える。
よく見れば驚くほどの数の星が夜空に煌いていた。
「すっげぇなぁ。 東京じゃこんな星、見た事ねぇよ」
司が感嘆の声を上げると、一斉に皆夜空を見上げ、瞬間、目を奪われた。
プラネタリウムでも想像出来ないような星の世界だ。きっと、人工的には造り出せないないだろう。
たとえ造り出せたとしても、絶対的にそれは自然の生み出したものには到底叶う事はないだろう。
西村も取材で山頂からカメラを廻した事はあるが、今夜見るこの星空は今までに感じた事のない光景のような気がした。
「司さん、・・・ ちょっと ・・・ 」
ん?
スタッフの一人が立ち上がりながら少し申し訳なさそうな顔をした。
「遠慮すんな。 その辺でしろ。 但し、火から離れるなよ」
司はフッと笑うと手で払った。
安心したように軽く頭を下げ、3,4歩下がった所で背を向けた。 それにつられるように他のスタッフも立ち上がると、彼と同じように背を向けた。
ったく
司と紀伊也は顔を見合わせ苦笑したが、放尿される音とは別のカサっという微かな音と気配を感じた。
その瞬間、二人の目付きが鋭くなる。
次の瞬間ハッとそちらに向いた。
シュっ ズサっ
一番右端にいた木村の足元に司の放ったナイフが飛ぶと、それが何かに突き刺さり、バタバタと大きな音が響き、もだえるように激しく動いたかと思うと、しばらくして、ピタっとその動きを止めた。
一瞬の出来事に誰も身動き出来ない。
「終わったか?」
ポンと司に肩を叩かれ、息を飲んで頷くと促されるように元に戻った。
「夜は危険だな」
司は動かなくなった蛇の頭からナイフを抜き取ると遠くへ放り投げた。
ガサっと地面に落ちる音がしてからしばらくすると、何かがそれに向かって行くような音が ザザザっと響いた。
司はチッと舌打ちすると、持っていたナイフを地面に突き、火を囲むように円を描いて再び切り株に腰を下ろした。
「夜が明けるまでその線の向方には出るな。 火が届く範囲なら連中も来やしない。 オレが起きて見てるから今夜は寝るんだ。 明日の事は夜が明けてから考えりゃいい」
ナイフをしまうと薪を一本放り入れた。
凍りついたように全員が息を飲む。
「考えたってしょうがない。司の言う通り明日にしようぜ。 今夜は司に任せて寝ようぜ」
あっけらかんとした晃一の言い方に司は苦笑すると、紀伊也に視線を送った。
紀伊也も安心したように笑みを浮かべると、立ち上がってスタッフの後ろに回り、右手でもう少し火に近づくよう一人一人を促す。
不思議に四人は安心したように眠気に誘われて、体を倒すとそのまま目を閉じてしまった。
「あれあれ、ずいぶん素直だな」
呆れたように晃一が言ったが、直後大きなあくびを一つした。
「お前も寝ろ」
司が右手を晃一の顔の前に持って行くと、広げた手の平をゆっくり下ろして行く。それと共に晃一の瞼も落ちて行き、ふらっと司の肩に頭をもたれかけさせると軽い寝息を立て始めた。
司はフッと笑って晃一の頭を支えながら体を地面に倒し、自分の上着を脱ぐとそれを丸め、晃一の頭を乗せた。
五人の寝息が静かに波打つのを二人はしばらく黙ったまま聴いていた。
「紀伊也」
「ああ」
司の溜息混じりの声に、紀伊也も溜息をつくように応えた。
二人共に初めて体験する不安だった。
生まれ持った特殊な能力を使って今まで幾度となく危険な目に遭っては来た。しかし、能力者狩りの指令は絶対なだけに、その為の手段は選んだ事はない。
目的を果す為に使命に忠実だった。
現実の世界の中で、非現実に存在する自分達の能力は絶大なものだった。お陰で殆んどが計算通り順調に事を運ぶ事が出来ていた。
しかし、今回は何かが違っていた。
自分達を取巻く空気に気味の悪いものを感じていたし、あの橋を渡った時点で、何か別の空間に迷い込んでしまったようなそんな不安も感じていた。
何より司を不安にさせたものは、居る筈のないサーベル・タイガーが現れた時、紀伊也とを繋ぐ脳波が遮断されてしまった事だった。
それにあの5頭のジャガーが何故襲って来たのか解らない。
「オレ達、ヤバイ空間に来てしまったみたいだな」
司が小枝を火に投げ入れると、パチパチ音を立てた。
「使令が効かなかった。全くダメだったんだ。それに、あのタイガー・・・ 」
紀伊也は思い出して少し身震いした。
少し離れた所で何か大きな四つ足の獣とすれ違い、思わず振り向くと、黒いジャガーの倍程はあろう黒に白色のまだら模様のタイガーが歩いていたのだ。
驚いて足を止めると、タイガーがこちらを向き、目が合った。
異様な程赤い目をしていた。しかし、その口元から伸びた大きな二本の牙に目を見張った。
何故ヤツがここに居るのか解らない。既に絶滅したと言われているサーベル・タイガーだ。
ふと不敵な笑みを浮かべた気がした。 紀伊也が自分に従わせようと冷酷な目を向けた時、サーベル・タイガーはそれを無視して再び歩き出してしまった。
ハッとして、”司”と、呼びかけたが、何の応答も得られなかったのだ。
「紀伊也も見たのか? あのサーベル・タイガー」
「ああ。 けど、何故ヤツが居るのか・・・ 」
「それもそうだが、それよりも気になる事がある。 ヤツが現れた時、オレ達の脳波が切られただろ。それと同時に入口が消えたんだ」
「消えた?」
司はあの時、何かの気の渦に呑み込まれそうになる程の息苦しさを感じ、辺りを見渡すと、入って来た筈の入口が完全に失くなっていた事を説明した。
「司、あの噂、信じるか?」
「魔界?」
「ああ、失われた文明の中で進化し続ける生物が生存するという。 原住民の中では『聖なる地』と呼んでいるらしいが、地元の住民の間では決して生きて返れる事はない『悪魔の住む森』と言っている場所がある」
「それが、あの入口って訳か」
司は思い出して溜息をつくと、小枝を火に放り入れた。そして、再び辺りに神経を配るとチッと舌打ちし、一方を睨むように冷たい視線を投げ付けた。
「何とか結界は張っているが、この距離が限界だ。オレ達の使令が効かないとなると厄介だぞ」
「そうだな。 ・・・、 けど、この場所では俺達の能力は使える。テレパシーも通じたんだ。何か道はあるかもしれない。 何とかやってみよう」
「 ・・・。 そうだな 」
紀伊也に励まされたような気がして司はフッと笑うと、静かに眠る五人を見渡した。
チチチ・・・
小鳥のさえずる声でうつらうつらしかけていた自分に気付き、ハッとして顔を上げると目の前の炎がチラチラと消えかけるようにくすぶっていた。
火を起こそうと小枝を拾った時、司の瞳がとてつもなく冷酷な光を放った。
寝ている晃一の足元に一匹の黒い蜘蛛が這っていたのだ。
その蜘蛛は立ち止まって司の目を見つめるようにじっと動かない。
“お前はオレの使令か? それとも・・・ ”
そう蜘蛛に語りかけるように司が見つめると、その蜘蛛はそのまま何処かへ行ってしまった。
「まだ、道はありそうだな」
司は呟くと手にしていた小枝を放り入れた。
再びパチパチと音がして炎が燃え上がる。
「ごめん、眠ってしまった」
紀伊也が顔を上げ、気だるそうな息を吐いた。
「気にするな。 お前も疲れてるんだ。夜明けまでまだある。少し寝ろ」
そう言って、右手をかざして気を送ると紀伊也を眠らせ、タバコを一本抜いて火をつけた。