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1000年かけて、貴方を殺せる喜びを  作者: 片道切符
【二章】
8/32

11☓☓年 うねる時代の傍流で

 私は知っている。

 自らを富ませる最も効率的な手段は、いつの時代も略奪だ。


 戦争が頻発する12世紀西ヨーロッパ。戦費獲得の為の略奪は当たり前に存在し、騎士や傭兵団は率先して村々や教会から収奪を繰り返していた。

 平民への差別が激しかったこの時代、それは慣習で保護すらされていたのだった。

 ヨーロッパの覇権を握るアンジュー帝国君主ヘンリ2世も、賢王と名高きフランス王フィリップ2世も。どれほど高名な人間であってもそれは変わらない。この時代の王侯貴族や傭兵達にとって、略奪とは日常だった。


 彼らにとって巡礼者の一団は狙い目の獲物だ。武力を持たず、金目の物を多く抱える。中には貴族の子弟もいるだろうし、エルサレム帰りともなれば聖遺物だって持っているかもしれない。

 キリスト教徒がキリスト教徒を襲ってはならないとする「平和令」も二年前に布告されてはいたけど、殆ど空文に等しい。

 教会の権力も未だ低いこの時代、略奪に対する決定的な対抗措置を教会は持っていないのだ。


 結果として、私の所属していた巡礼団は見るも無残な死体となってその辺に散らばった。死体は衣服を脱がされ、値のつくものであればどんな些細な物でも奪われた。

 私は死体の群れの中心で、薄汚れた荒くれ者共の頭領を名乗る男と一人向き合っている。





 エルサレムを離れて間もなく、私の第二の拠点は意外にもあっさりと決まった。

 今、私は荒くれ者共に囲まれて一緒にビネガーをあおっている。


 この時代の飲み物と言えば、ワインか、酢化したワインか、胡椒を入れて味をごまかしたワインだ。水よりも栄養があって、何より長持ち。正直好きな飲み物ではないけど、他に選択肢がないなら仕方ないよね。かんぱーい!


 私と飲み交わしている彼らは、アンジュー帝国領のアキテーヌ(現在で言うところのフランス南西部)に本拠を持つ傭兵団。団長はエドゥアルトと名乗った。180を超える巨駆に豪快な髭面の、いかにも野党と行った風貌の男。ひび割れた鎧に毛皮のマント、首には簒奪したロザリオをこれでもかと掛けている。

 つい先刻、私が所属していた巡礼者の一団を襲撃したのが彼らだ。エルサレムを出て馬で二月ほどの距離、神聖ローマ帝国の目と鼻の先で。


「不運だねー」

 私なんかと一緒にいるからこうなる。まぁ私が転がり込んだんだけど。


 エドゥアルトは変な男だった。貴族の子弟でもなんでもない齢6歳になったばかりの女の子、それを保護しようというのだから。

 たしかに私は相当可愛い方で、成れたことはないが成熟すれば出る所は出たグラマラスな女性に育つ。それを見越しての事であれば、中々先見の明のある男だ。

 ......もしもそうなれたら、とりあえず輪廻に見せつけに行こう。


 どうしてエドゥアルトが私を傭兵団に迎える気になったのか。それは私の目を気に入ったからだと言う。死体の群れの中、怯える様子もなく一閃こちらを睨めつける視線。英雄の血潮を私に見たのだとか。

 彼は武勲詩『ローランの歌』を強く好んだ。シャルルマーニュ率いる軍勢に所属する英雄ローランが、邪悪なるイスラム教徒の軍勢に勝利する話。根っからの英雄好きなのだ。

 彼はイスラム教徒の醜悪さとキリスト教の素晴らしさをとうとうと私に語った。


「いいかテンセル。サラセン人共はな、神を貶める邪教の集団で金が大好きなんだ。いや俺らも勿論金は好きだが、そこは問題じゃない。お前も見たことがあるだろう、肌が黒くて金をたくさん持ってるあいつらを」

「あるよ。こないだ目の前で死んじゃった」

「そうとも。あいつらは死ぬ為に生まれてきてるんだ。だから俺らはあいつ等から金を奪ってやらなきゃならない。死ぬ為に生まれた連中にとって、それは宝の持ち腐れというものだ。

 幸いイエス様のご加護で俺はこの年まで怪我しても死ぬことなく生きてこれた。先月俺は風邪を引き死の縁を彷徨ったが、聖人の起こした奇跡によって完治した。これはやはり、サラセン人共から金を奪うために起きた奇跡だと俺は思うんだ」


 イスラム教徒を憎むエドゥアルト。彼は今私の目の前で、キリスト教徒を殺したばかりのその手で神に祈りを捧げている。盗んだロザリオにキスしてる。

 信仰心もついでに略奪したのかな? 本当に変なやつら。




 私が傭兵団に来て数ヵ月。

 私にとって、ここはたいへん居心地の良い場所だった。

「罪悪の道具とすべく悪魔がこの世によこした悪疫」──、それは彼ら傭兵団を指す侮蔑の言葉であったが、まさしく悪魔の私にはよく水が合った。私もすぐに略奪に参加するようになり、喜々として無力な民を蹂躙して回った。ふふふ。

 昔から、生物の命を奪うことに躊躇はなかった。キジや野うさぎに矢を射かけて心が傷んだことは一度としてない。彼らを解体して食べる時、多少の愛とか感謝とかを感じる事はあるがそれだけ。そういうソフトな回路とは殆ど無縁の人間だった。


 だから、名前も知らない平民達への心無い行いもどうという事は無い。エルサレム時代より良いものが食べられる。だからこれは良いことだ。



 私が初めての略奪を行ったその日、弓矢で略奪に参加する私を見たエドゥアルトが私に剣を教えると言ってきた。彼は変な男だが、なかなか面倒見の良い男だ。

 これまで弓矢を好んで使っていた私の剣は素人に近い。それでも100年余りをかけて培った戦闘勘は私にそれなりの動きをさせてくれたけど、技となると話が別だ。教えてくれるならありがたい。


 こうしてエドゥアルトは私の剣の師匠になった。

 しかし、私はすぐに後悔した。


 初講習の日、剣をブンブンと振り回しながらエドゥアルトが私に向かって大声で叫ぶ。


「いいかテンセル、剣は振るだけのもんじゃあない! 相手を殺すだけなら切っ先で頭をカチ割る必要はないんだ! 根本で首を掻っ切るのもいい、突いて風穴を開けるのもいい! 時には力を緩めて相手のりきみを利用することも必要だ! どんな形でもいい、相手を確実にブチ殺すための闘い方を学べ!」

「うるっさいばか!」


 講釈を垂れるエドゥアルトと、それを罵る私。

 私は知った。エドゥアルトはたいへん大人気のない男だ! 6歳の女児相手に本気で剣を振り回す。英雄性への信頼ゆえだと言ってたが、冗談じゃない! ばーか!


 エドゥアルトの剛剣には掠っただけで身体が吹き飛ぶ圧があった。

 私は必死に剣をくぐり、剛剣を受け流し、身を躱した。

 命懸けの時にこそ学ぶものもある。不本意ではあったが、確かに私の剣技はめきめきと上達していった。



 傭兵団に居ることは、必ずしも良い事ばかりではなかった。

 男所体の傭兵団だ。団の中には私を手籠めにしようとする者も、少なからず現れた。

 そういう時、私は必ずその男を追い回して執拗に鼻の頭を叩いてやった。鼻血を垂らしながら半べそで逃げ回った男達は、その後必ずエドゥアルトに利き腕を切り落とされた。


「テンセルは俺らの仲間だ! 俺の娘でもある! 女だが英雄になれる器の持ち主だ! こいつを襲おうなんて奴は、イエス様の鉄拳でぶち殺される覚悟を持つんだな!」


 何度めかになるエドゥアルトの一喝。訳のわからない文句ではあるが、利き腕を切り落とされるのは堪らない。その内誰も私を襲うものはいなくなった。そもそも、エドゥアルトが取りなさずともそんなことを許す私じゃないけど。


 私を抱き締めていい人は、何時どの時代であってもこの世でたったの一人だけだ。






 時の流れは早いものだ。

 長生きするほどそう思う。


 私が略奪してきた金品の山は、遂に私の六歳の頃の身長を超えた。私は今、それを少し上から見下ろしている。

 私は齢12を迎えようとしていた。



 この5年余り、世界では様々なことが起こった。


 まず、私がエルサレムを経って間もなくの頃。あの『強盗騎士』ルノーがサラセン人の街であるメディナに進軍したのだ。隊商を襲い金貨を奪い、艦隊で貿易船を襲った。

 当然サラセン人の指導者サラディンは怒り、ルノーの本拠地カラクを攻撃した。この攻撃はエルサレム王の救援と取りなしで事なきを得たが、両者の亀裂は決定的になった。

 それから間もなくして、平和を築いたエルサレム王は死に、跡目を彼の娘とその夫が継いだ。

 サラディンと敵対的な、彼らが。


 不穏な空気がどんどん大きくなる。

 エルサレムを中心に、大きな戦争が近付いてる。



 5年の歳月は、私の立ち位置にも大きく影響を与えていた。


「ね。なにしてるのかな?」

 風の冷たい夜。キリスト教徒達の小さな村。

 サラセン人の少女が鎖に繋がれ柱にくくられていたのを見つけた私は、好奇心からその子に声をかけてみた。


『あなた、だれなの?』

『私、テンセルっていうの。あっちの森の方から来たんだよ。あなたは?』

 私は5年の間にサラセン人達の言葉を理解していた。エドゥアルトはイスラム教徒の使う言葉を嫌ったが、彼は柔軟な男でもある。

 最後はその価値を認めて勉強に協力してくれた。


 終始怯えた様子だった彼女は私に言葉が通じた事に驚いて、それから堰を切ったように話し始めた。


『わたし、ここよりずっと遠いところから来たの。もっと暖かくて、お日様がきれいな街だったの。お父さまは昔から居ないの。ある日、領主のおじさまから、商隊のおじさま方と一緒に馬に乗って遠乗りするよう言われたの。でもね...』


 わたし、こんな遠くになんて来たくなかったのに。


 彼女は小さい声でそう溢した。

 浅黒い肌に茶色の髪の毛、グレーの瞳。喋るたびに口元に映る八重歯が特徴的な、小さな小さな女の子。


『あなたのお名前は?』

『わたし、クルアーン』


 クルアーン?

 それはあなたじゃなくイスラム教の聖典の名前だ。

 キリスト教でいえば、カノン。


 ああそうかなるほど、なんとなく話が見えてきた。

 彼女にはもともと、名前なんてなかったんだろう。

 父が生きていた頃、物心つく前には名前があったのかも知れない。聖書を読める程の学があり、誰かに語って聞かせていたのかもしれない。

 でも今は父を亡くし、名を奪われ、奴隷として売りに出された。

 今はかつての、聖書の代わりのクルアーン。


 この時代、キリスト教圏には農奴を除き奴隷はいない。

 奴隷になるのは異教徒だけだ。



 彼女の身体を見る。全身にアザがあり、首には絞められた跡もある。手は常に鎖で繋がれて長いこと外して貰えてないのだろう。手首に引きずられたような擦り傷がたくさん付いている。

 服は下着すらなく、いたずらに切り裂かれたボロを1枚纏っているのみだった。

 彼女はこの世にあるあらゆる欲望と苦しみをその身にぶつけられ来たのだと、すぐに分かった。


 私は彼女を繋ぐ鎖にそっと手を触れた。

 すると鎖はまるで飴細工のようにドロドロととろけ、彼女の手から滑り落ちた。


 私にはこの世を改竄する【魔術】が使える。「モノの形を変えられる」それが私の力。


 クルアーンが驚いた顔で私を見上げる。

 私はその顔を見つめてニコリと笑い、そしておもむろに彼女を引っ叩いた。

 声にもならない悲鳴を上げてクルアーンが倒れる。何が起きたかわからないという顔をしていた。

 私は倒れたクルアーンに跨り頭を小突いた。クルアーンがよたよたと逃げる。それを追いかけて追いかけて、何度も何度も頭を小突いた。

 ひーんひーんと泣きながら、頭を抑えて彼女は逃げる。


 ふふふ、抵抗できない弱い者を虐めるのって、なんでこんなに楽しいんだろ。

 村人達の気持ちも分かろうというものだ。


 彼女は逃げて逃げて、遂には石の納屋に閉じこもり内側から閂をかけた。

 何度か蹴っ飛ばし、外から怒声を浴びせる。

 結構しっかりした作りの納屋らしい。ビクともしない。


 納屋から目を離し、振り返って村をぐるりと見回して観察する。

 馬はなし、畑は収穫直後、保管場所は恐らく村の中心の小屋。ちらほら外に出て居る大人達も、みんな痩せ衰えた者ばかり。この村は財も少なさそうだが力もなさそうだ。

 私は、懐から木の塊を取り出し、念を込めて弓に変えると鏑矢を放った。


 鏑矢はピィーッという音を立てて空に消えた。

 家々から何事かと驚いた村人たちが顔を出す。

 僅かに地響きが聞こえる。


「ごめん驚かせちゃったかな? 私はテンセル。ごめんなんだけど、もう少し待ってて貰えないかな。そうしたらもっと驚かせてあげられると思うんだ」


 私がそう口にした次の瞬間、地響きと共に森の中から傭兵団が飛び出した。

 驚いて逃げ惑う村人達。それを後ろから蹂躙し村に火を放っていく。

 家畜を奪い、農作物を奪い、金を奪う。


 私は今や立派な傭兵団の一人となっていた。団から一団を借り受け村々を略奪して回る、エドゥアルト傭兵団の部隊長の一人に。

 神の使徒よりこっちのほうがずっと性に合ってる。


「誰ひとり逃すなよ! この村の連中はみーんな纏めて神様送りだ!」


 集団で小さな女の子を虐げて、強者気取りのつもりだった? 自分達が何者なのか、今度は私が教えてあげる。

 天上のあんちくしょうめ。こんな奴等はあなたにこそお似合いだ。あなたの元に送り返してあげるから、さぞ大切にするといい。




 一夜が明け、村から傭兵団は去っていった。村には今、家も食べ物も大人達も、先程まで存在していた筈の一切がなくなっていた。

 全てが焼け果て、荒涼とした村。

 その中で唯一残った石の納屋から、一人の女の子が周りを伺うようにそろそろと顔を出した。

 彼女は、目の前に広がるその光景を見て絶句した。

 力が抜けたように崩れ落ち、地面に手を置いて蹲った。

 その彼女を、朝日が煌々と照らしている。


 もう何刻が経っただろうか。

 暫くして、彼女はゆっくりと立ち上がった。

 ふって湧いた自由に怯えながらも、フラフラと、彼女は行く宛のない無限に広がる荒野へと足を踏み出した。





「ほっほっほ。今月もたくさん稼ぎましたね。良いこと良いこと」

 私とエドゥアルトの目の前で、醜く太ったデブが甲高い声をあげて笑う。彼は私達の属する教区を司る司教(教会の偉い人。担当地区の祭事を司る)で、我々傭兵団のパトロンになる。名をレドリアーヌと言った。

 彼は傭兵団や野盗を数隊抱えており、教区外の悪事を見逃し教区に匿う代わりに、定期的に上納金を要求していた。

 時には略奪の指示を出す事すらある悪徳司教である。この時代別に珍しいものではなかったけど。


 この日は上納金を納めて帰るだけの一日、その筈だった。

 しかしこの日こそが、1つの運命が定まる転機となった。


 あがりの一部を収め帰ろうとしていた時、私達は後ろから司教に声をかけられた。

 それは驚くべき内容だった。


「お勤めご苦労さま。ところで知っていますか皆さん。いやすぐに広まる話ではあるのですが、ここだけの話。

 ......エルサレムが陥落したようですよ。イスラムの指導者サラディンの手によって」


 サラディン!

 遂に、来たか。前々から予兆はあった。

 私の隣にいたエドゥアルトが激しく反応し、一歩踏み出て司教に食いかかる。

「本当ですかい司教様! あの異教徒共ふざけやがって!」

 エドゥアルトの叫びに、司教はニンマリと笑って返事をする。


「本当ですとも。だがそれだけではありませんよ。

 それに呼応するように、長らくイングランドに君臨していた絶対君主ヘンリ様が近く失脚するとの噂もあります。若きフランス王フィリップ様の画策によって。そうなれば王を継ぐのはヘンリ様の息子リチャード様。彼はヘンリ様のような才幹は持ちませんが英雄願望の強い戦争家です。

 赤髭のフリードリヒ様に追い立てられた、我らがウルバヌス教皇猊下も逃亡先のフェラーラで崩御なされ、後任はグレゴリウス様が務められました。彼は信仰厚く、まさしく神の使徒たる方です。エルサレム陥落の報に黙っているような方ではございません。

 ......彼らの手によって、恐らくは十字軍が招集・結成されるでしょう。100年前と同じように。役者は揃っています、これは大きな聖戦になりますよ。ぜひぜひ貴方達も、異教徒達からたくさん稼いでくださいね」


 ほっほっほと司教が笑った。

 エドゥアルトの顔が興奮と歓喜に染まる。



 時代が動く時というのは、常にこういう時だ。

 津波のようにあらゆる事柄が変化し、時代の(ひずみ)がまるで収束していくかのように一点に集中する。

 そして、まさしく定められていたかのように、時同じくして英雄達が表舞台に躍り出る。


 第三次十字軍、それは先に上がった3名の男達

『フリードリヒ1世』

『リチャード1世』

『フィリップ2世』

 彼ら3名の雄が、イスラムの伝説的英雄【サラディン】を相手取る闘いの物語。


 そして、その傍系で私達は出会うだろう。

 輪廻と転生、その運命に導かれるかのように。



 ふふふ、戦争なんて瑣末なことだ。

 輪廻、貴方に会える日が近い。胸が高鳴る。


 時代のうねりなんて関係ない。これはあくまで、私達の戦いの物語なのだ。

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