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1000年かけて、貴方を殺せる喜びを  作者: 片道切符
【一章】
4/32

10☓☓年 最初の人生、初めてのさよなら

 その日から、僕達は何度も会ってたくさんのことを話した。お互いたったの10年しか生きていないけど、これまでの人生で起こった取り留めのないことをなんだって話した。

 家族のこと、育ての親のこと、好きな食べ物、嫌いな食べ物ーー。こんなに楽しい時間はこれまで無かった。


 ぶっきらぼうに感じていた彼女の喋りは、ずっと猟師のお爺さんとしか喋ることが無かったからだった。本当の彼女は僕が思ってたよりずっとずっとお喋りだった。

 話してみないと分からないことはあるものだ。


 驚いたことに僕たちは意外なほどの共通項があった。

名前も、誕生日も、両親を亡くした日も、好きな言葉も、運の悪さも、

──それから、幸せを感じる瞬間も。

みんなおんなじだった。


 幸せを感じる瞬間──。彼女は、それは今だと言ってくれた。僕はそれがまた嬉しかった。

 僕達はどんどん仲良しになった。



 彼女とは本当にいろんな話をした。

彼女はなんでも教えてくれた。


「クスノキの園はね、山からよく見えるんだ。上から見たら、ぽっかり空いてて丸見えだもの。日に日にすくすく伸びてくクスノキを、私も毎日眺めていたよ」

 だからあなたの事ももっと前から知ってたんだ。彼女は少し照れくさそうにそう言った。


「私ね、動物に嫌われるの。ちょっと近付いただけでみんな離れていっちゃうの」

 別のある日、彼女は少し寂しそうにそう言った。

指先で地面をなぞりつつ、少し昏い目をしながら彼女は語る。

「でもね。そういう時は、目を見るの。動物達とふと目を合わせるとね、なんだか急に警戒心なんて無くなったみたいにこっちを見つめてふらーってなるの。だからね。私はそうやって獲物をとってるんだ」

 ああやっぱリ似ている。僕はまた嬉しくなった。

でもなるべくそんな素振りは見せないように少しだけそっけなく答える。

「ふーん、僕は反対だな。目を合わせたら動物はみんな逃げていってしまうよ」

「ふふふ。私達、やっぱり似てるね」

 クスクスと転生が笑った。あたりが急にパッと華やいだように感じた。

 僕はなんだか急に恥ずかしくなって、顔をそらして俯いた。


 楽しい時間が過ぎるのは早いものだ。今日も、もう既に日が落ちようとしている。転生とまた会う約束をして名残を惜しみつつ帰路につく。

 お互い仕事があるから毎日というわけには行かない。7日に1度、黄昏時に、クスノキの園で。

 それが僕たち二人だけの秘密の約束。


 ああ、もう既に次に会う日が待ち遠しい。

 今日も布団の中で、この日の思い出を反芻しながらまどろむように眠りにつくのだろう。




──黄昏時とは魔が出る時間だという。

 黄昏時、あるいは逢魔時。読んで字のごとく魔なるものが跳梁跋扈する時。

 朝と夜が混在し日の境目が胡乱になる時間──。そういう時間や空間は、時として神域との境界を朧気にする。


 ある時から、村では少しづつ異変が起こっていた。




「今日はなんだか静かだね」

 よく晴れた日。もう何度めか分からない転生との密会の翌日。

 今日も変わらず朝釣りをして畑の世話をし、塩田の手伝いに来たところだったが、僕はなんだか違和感を覚えていた。

 いつもどおりの一日、その筈が何かが足りていない。

 その違和感の原因はすぐにわかった。

「...(げん)じいはどうしたの?いつもあんなに元気だったのに」

 塩田での仕事中いつも僕を怒鳴りつける源じい。正直好きではないけれど、居ないと案外寂しいものだ。

 周囲をキョロキョロと見回しながら、同じく海水を運んでいた猟師のおやじに尋ねる。


「なに言ってんだい、奴は死んだよ。...多分な。昨日の午後から漁に出たきり帰らねぇ。あんなに騒ぎになったのにお前さん、なんで知らないんだい?」


 僕は目を見開いて驚いた。開いた口が塞がらなかった。

 昨日の午後? ちょうど転生と会ってたときか! そんなに騒ぎになってたなんて僕はちっとも知らなかった。

 でも昨日だって僕は塩田で働いた。そのときは海はあんなに静かだったじゃないか。源じいはあんなに元気だったじゃないか。

 いったい、どうして?


「そんなこと俺が知るかよ。昨日の夕方、海が急に荒れたんだ。なんだかでっかい化物が、水面の真下でどっぷり暴れたみてぇによ」

 だがそう驚くことじゃねぇよ。

猟師は続けてこう言った。


「ここ何週か、もはや毎度のことなのさ。海が山がイカれちまってるのは。実際に何かを見たってやつはまだ居ねぇが、どうにも不気味でままならねぇ。

 ...しかしお前さん。なんで今更こんなこと聞くんだい?」


 頭がクラクラする。焦点が定まらない。

 頭に担いだ海水の桶を落っことした事にも気を留めず、僕らフラフラと歩き出した。


 知らなかった。──知らなかった!

 一体どうして? 源じいの事は、いつも怒鳴るから好きではなかったけど、だからといって嫌いでもなかった。

 婆ちゃん元気か? 優しい声をかけてもらった事もある。村人たちで塩を分ける時、少しだけ多くよけてくれた事もある。


 物心ついてはじめての、身近な人の──死。


 ああ、これがもし転生だったら? もしも婆ちゃんだったら?

あまりにも不安で、僕は矢も盾もたまらず駆け出した。



 矢のように家に帰り、叩きつけるように戸を開けた。

──ああ、婆ちゃん! りんか婆ちゃん!

 僕は草履を脱ぎ捨て家に駆け込み、婆ちゃんに勢いよく抱きついた。

 古着を直していた所だったらしい婆ちゃんは、あまりの事に目をまん丸にして驚いた。


「──そうだったのかい、ごめんねぇ。怖い思いをさせたねぇ。その話は婆ちゃん知ってはいたけれど、輪くんに怖い思いをさせたらいけないと思って婆ちゃん黙っていたんよ。知らないなら、わざわざ怖がらせる事もないと思ってねぇ。でも逆効果だったねぇ」

 婆ちゃんが僕の頭を優しく撫でる。心地良い。


「...婆ちゃんは、死んだりしないよね?」

 婆ちゃんの膝に顔を伏せたまま、か細い声で聞いた。

「死ぬもんですか!」

 強めの語気で、でも優しい声色で、婆ちゃんは答えてくれた。


「婆ちゃんが、輪くん残して死ぬもんですか。大丈夫よ。わたしはずっと側にいるから。いつか輪くんが大っきくなって、婆ちゃんなんか居なくたって生きていけるようになるまで、わたしは死んだりしませんよ」


 その一言で、僕は安心して、したら、なんだか力が抜けて。

ああ転生。君も元気にしてるだろうか。

 気が付いたらそのままスヤスヤと眠り込んでいた。その日はとても良く眠れた。





 村の異変は全く解決することはなかった。

時に雹が降り、太陽が欠け、海が逆巻いた。

 それは7日に一度、黄昏時。魔が湧く時間と恐れられていた夕闇の微睡み。

遂には村に外出禁止命令が下ることとなった。


 それでも僕たちは会っていた。約束の時間、約束の場所。二人っきり。

 子供同士の甘い密約を破らせるには、大人の事情は理由としては軽すぎた。


「お爺、元気になったんだ」

 向日葵みたいな笑顔で転生が話す。つられて僕も笑顔になる。

良かった。転生も、元気でいてくれて嬉しい。


 山の様子はどう? 僕は尋ねる。

あの時、漁師のおやじは山も変だと言っていた。

「ううん、別に普通だよ? 特に変なことはないと思うけど。

 ...でもお爺は言ってたな。山が霞んでいるって。よく意味は分からなかったけれど、何かがおかしいって」

 でもわかんないや。彼女はとぼけた様子でそう言った。

 そうだろうとも。僕だって海のおかしさをこの目で確かめたことがある訳じゃない。話で聞いただけだ。

 やっぱりただの取り越し苦労なんじゃないのかな? 大人はいつだって大袈裟なんだ。


 この日、僕は転生にあの事を告げた。

 これまで婆ちゃんにしか話していなかった、僕のたった一つの特技のことを。転生になら話してもいいって、そう思った。

 目の前でグニャグニャと形を変える木の枝を見て、彼女は目をまん丸にして驚いた。そして今度は彼女が無言で近くの草花を摘み、ほんの少しだけ目を閉じた。

 僕は口をあんぐり開けて驚いた。僕の目の前で彼女の手にある草花にポツポツ花が咲いていき、遂には花冠に姿を変えたのだ。


「実は私も同じことできるんだ。びっくりした。こんなこと誰も真似できないって思ってたから」


 一緒だね。彼女は淡い笑顔でそう言った。

 うん、一緒だ。こんな事まで一緒だなんて、なんて奇跡なんだろう。

 やっぱり僕たちは会うべくして会ったのかも知れない。


 きっとこういうのを、運命というのだろう。

僕達は日が暮れるまで二人で過ごした。




「ああ! もう我慢がならない!」

 村人達が集まっている。皆が不安に怯え、苛立っている。

 その中には、転生の看護で快方したばかりの壮年の猟師の姿もあった。

 壮年の猟師、名を猿座(えんざ)という。


「最近のこの村はどうかしている! 7日に一度とはいえ、こうも毎度異変が起こっては、安心して暮らすことすらままならねぇ! 外にゃ誰も居ねぇはずなのに戸を叩く音がする時もあった! 遂に何か怪しいものを見ちまったなんて連中もいる! 一体この村に何が起こっていやがるんだ!」

 漁師のおやじが喚き立てる。

「......山も同じだ。獲物に引いた筈の矢がすり抜けた事も、居るはずのない化物の姿を見たこともある。山が儂を嘲るように笑い、迷うはずのない道を何度もグルグルと回らされた事もある。こんな事、これまで一度もなかったことだ」

 壮年の猟師が静かに口を開く。


 村人達は次々にこれまでの異変を報告していく。そしてその全てが、7日に一度、黄昏時。

 新しい報告が上がるたびに、村人達の不安が高まり会議は加熱する。


 そうした最中、ふと漁師のおやじが何かを思い出し口にする。

「そういやぁよ、こんなにアレコレおかしな事が起きてんのに、それを全く知らねぇガキがいたよ。知ってんだろ? 輪廻って言う山の麓のぼろ屋のガキさ」


 村人たちの間にしんとした空気が立ち込める。

 壮年の猟師が口を開く。

「それを言うなら儂の所の小娘、転生も同じことを言っておった。山に異変はない、それは全くの常であると」

 二人の名前が会議の場に上がる。

 それからしばらく、会議の中心に二人はいた。


「確かにあの子、異変のある時常に姿を見ないわね。一体何をしているのかしら」

「転生ってあの子だろ? あんまり見たことはないが、あのぶっきらぼうな女の子。何考えてるのかさっぱり分からない不気味な子だ」

「ここ暫く異変の日にはどこかに出かけている様子だった。不思議な狩りをする子供だ。戯れに弟子に取ったが、あるいは狐狸か物の怪の類か」


 あたし見たよ!

 二人の話題で会議が加熱する中、一人の中年女性が大きく声を上げた。


「あの男の子、輪廻が! 釣り竿をグニャグニャと木刀に変形させて亀を仕留めるのを! あんなの人間にできることじゃない! そうさ、あの子は悪魔だよ! 悪鬼羅刹の()()()に間違いないさ!」


 この一言が決め手だった。

そう、居たのだ。彼女はあの時、海岸に。


 それからまもなく結論が出た。

 ここ最近の異変は全てあの二人の子供のせい。あの二人の子供を殺せば全てまるっと解決するのだと。

 大人は時として、自分に理解できない事をなんらかの異物のせいにして蓋をする。

 この時二人は、彼らの不安の生贄とされたのだ。


 だが皮肉な事に、彼らの結論は正しかった。

 これら全ての異変は、二人の魂が引き合い反発することで生じた世界の(ひずみ)

 それこそが原因なのだから。






──息が切れる、足が震える。

 僕は訳もわからず走った。不安で胸がいっぱいだった。

婆ちゃんはどうなったのだろう。無事で居てくれるだろうか。


 いつもの朝、いつも通りの毎日。その筈だった。

 いつも通り婆ちゃんと朝ごはんを食べていたら、急にたくさんの大人達が僕の家に押しかけて来て、僕に掴み掛かってきた。

 訳が分からなかった。分からないまま逃げた。婆ちゃんが必死に大人達にしがみつき、なんとか僕を逃してくれた。

 ああ婆ちゃん。りんか婆ちゃん!

どうか無事でいてくれ。僕は宛もなくただ走った。


 はぁはぁと息を切らして、遂にへたり込む。キョロキョロと周囲を見渡して自分の位置を確認する。

(ここ、クスノキの園......か)

 無意識にここに辿り着いていた。声も出ない程疲弊した体を引きずって、クスノキの下まで行って幹に身体を預け目を閉じた。


 どうしてこうなったのだろう。ゆっくりと、大人達の叫び声を思い出す。

『お前だろう! お前が! 村を脅かす化物め!』

『ああ恐ろしいよ。小さな子供のふりをして、ずっと私達を騙していたんだね。ああ恐ろしい』

『死ね! いいや、殺してやるとも! お前みたいなのがこれまで生きていたのが間違いだったんだ』

『──悪魔の子め!』

 身体がブルっと震える。魂が締め付けられるような思いがする。

 悪魔の子──。その言葉が、胸の奥の一番真ん中にずしんと響く。

 唐突に、ザザッと音を立てながら脳裏に小さな土と石の小屋と怖い顔をした大人達の姿が浮かぶ。

 なんだこれ、なんだこの記憶!こんなの、僕は知らない!

前世の記憶? まさかそんなの。ある訳がーー。


──ザッ。

 不意に、後ろから足音がした。

僕は驚いて、激しく振り返った。


「輪廻......」


 転生がいた。狐のフードを被っていたけれど分かる。間違いなく転生だ。

 僕は疲れも忘れて飛び上がった。一気に転生に駆け寄って、そこで、違和感に気付いた。

 顔の左側。狐のフードの下から赤い雫が垂れている。

転生、君は、まさか...!


 僕は彼女のフードを引き剥がすように取り上げた。

ああ、こんなことって。神様。


 転生のクリクリとした黒い瞳。透き通るような瞳。いたずらっぽく笑うあの綺麗な瞳。

 その瞳が片方、潰されていた。左目に深々と木の破片が突き刺さり、痛々しく血を流していた。

 僕は生まれて初めて本気で怒った。誰だ!? 誰がこんな事をしたんだ! 血も涙もない鬼畜の所業だ! 悪魔の子? 化物? こんなことをする奴らに比べたら、どっちが悪魔かわかりやしない!


「お爺がね、お爺が。...なんでかな? なんでだろう。私をね、

 ──私を殺すって、そう言うんだ」


 転生が震える声でそう言った。今にも崩れさってしまいそうな様相で、絞り出すようにそう言った。

 この世に神も仏もあるものか。この世は地獄だ。

10年、僕たちは頑張って生きてきた。そのお返しがこれか。


「戦おう。生きる為に」


 僕達は誓いあった。生きてやる。

こんな訳もわからないまま殺されてたまるものか。

生きることは苦しい、それでも僕達は生きたい。もっと生きたい。

 出来ることなら、二人で。





 山狩りが始まった。大人達が野山を掻き分け、大きな声でまくしたてる。

 僕達は戦の準備を始めた。木の枝を矢に変え、太い木を木刀に変化させ、大人達を迎え撃つ準備を。

 こんなに沢山力を使ったのは初めてだったから、その内色んな事に気が付いた。

 例えば僕たちが形を変えた物体は、僕たちに限り重さを感じさせない事が分かった。でも重さが消えた訳ではないみたいで、とても持てないくらい太い枝を木刀に変えた時、それはとっても軽いのに何かを殴るととっても重い音がした。


 これなら小さな僕でも大人と戦える。

 来てみろ、僕たちは生き延びてやる。



「居たぞ!こっちだ!」

 クスノキの園に大人達が集まってくる。10人、20人。

 イタズラな子供二人を懲らしめるなんて雰囲気じゃない、皆が鍬や銛を手に、殺気立っている。


 大人達が駆ける。そして何人かがすっ転ぶ。

 僕たちが作った草結びに引っかかったのだ。転んでいない大人たちも、転生がすかさず矢を打ち込む。あちこちから悲鳴が響く。

 僕は転生の容赦のなさに少し驚いていた。既に目を潰されている彼女にとって、彼らは明確に敵なのだ。

 それは僕も同じ、そのつもりだったのだけれど。見知った顔、現実にある命。それを奪う事に僕は正直怯えていた。


 草結びも矢も喰らわなかった何人かの村人が一気に近づいてくる。覚悟を決め、僕も前に出た。

 木刀一閃。大人達はしゃがんで避けようとしたけど、そんなのは無駄だ。僕の木刀は形が変わる。曲がるし、伸びる。

 剣は素人だけどこれなら外すことは無い。


 肉がひしゃげる感覚が手に伝わる。正直気分が良いものじゃない。でも今はそれどころじゃない。

 ぐっと気持ちを抑え、次々と木刀を繰り出す。見た目よりもずっと重く、決して避けられない一撃。

 僕達は次々と大人達を組み伏せていった。


「みろ! 怪しい術を使うぞ! やっぱり奴らは化物だ!」

「殺せ! 絶対に逃がすな!」


 あちこちから喚き声が聞こえる。もう、どれだけ戦ったのだろうか。

 僕たちは、次第に追い詰められていった。



 時は既に、暮六つを迎えていた。

──息が切れる。喉が渇いて死にそうだ。

鋤で殴られた肩が痛い。骨まで折れてるかもしれない。

そうだ、転生は、どうした? 振り返る。


 転生もまだ生きていた。戦ってる。果敢に弓を引いている。折れた弓をつなげ、切れた弦を(つた)で編み、果敢に。

 それでも顔から流した血が多すぎて、随分と弱ってきてるのが分かる。


ちくしょう!

負けるな、負けるな!


僕たちがこんな所で死んでいいはずがない!




 その時、不意に静寂が訪れた気がした。

僕は時の止まった世界でゆっくりと振り返った。


 矢が、飛んで来ている。彼女に向けて真っ直ぐに。

転生っ! 僕は小さく叫び飛び出した。




「やはり小娘、物の怪の類か」

 壮年の猟師の矢は、山から真っ直ぐに転生目かけて飛んでいった。

 ぜんぶ、一瞬の出来事だった。

僕は飛び出した。急いで転生との間に身体を滑らせた。


 そして、

 すとんと、


 それは僕の胸に突き刺さった。


 転生を庇い大の字に身体を広げた僕の心臓を貫いて、矢は止まった。

 僕は最後の力で後ろを振り返り、転生の無事を確認して、それから、安堵するようにその場に崩れ落ちた。



「輪廻っ!」

 か細い声が何度も耳元で響く。泣きそうな声。

 何度も体を揺すられる。でももう、起き上がれそうにない。


 大人達が近付いてくる。転生は僕を庇うように、両手を広げて大人達を威嚇する。

「ようやくか。梃子摺らせやがって」

 大人達が手を伸ばす。だが次の瞬間、予想外のことが起こった。


「痛いっ! 痛い痛い! あああああ!!」


 転生が胸元を抑えて急に苦しみだしたのだ。転生が抑えているそこは、心臓。僕の胸に突き刺さった矢とおんなじ場所だ。

 辺りを転げ回り一通り苦しんだあと、転生は糸が切れたように大人しくなった。

 間もなく、僕たち二人の死体がクスノキの園に積み上げられた。



──その時、壮年の猟師は見た。

突如、グワッと世界が暗転して、それから──。



......クスノキの園には今、多くの木々が茂っている。

 ポッカリと開いていた空間毎、一切が消えてなくなってしまった。





──亀は神域へと人々を運ぶ動物だと言われる。海と陸、2つの世界を行き来する動物は、時として物事の境界を曖昧にする。

 だから亀は龍宮城の使者なのだ。龍宮城は神域だから。


 僕たち二人を繋いだ一匹の亀。龍宮城こそ見れなかったけど、確かに僕達は神域へと(いざな)われた。

 クスノキの園。そこは僕たち二人が出会い、そして育んで来た神域。

 引き合い反発する2つの魂に誘われ、この世と繋がった神域から生じた(ひずみ)は、海を乱し、山を乱し、僕達の平穏を乱した。


 そして今、引金となった2人の魂が離れた事により神域の扉は閉じたのだった。

 その場にあるたくさんの魂を引き連れて。










──ここは、どこだろう。僕は死んだはずじゃ。


 不思議でキレイな所だ。目の前の丸い球体に小さな灯りが沢山灯っている。数え切れないくらいの灯りが煌々と輝いている。

 なんとなく分かる。あれは生命の光だ。

 じゃああれが、僕たちの暮らしていた世界という事だろうか。海も、島も、山も、その全てが煌々と輝き、その球体は一つの光の塊だった。

 よく見れば、球体は一つではなく曼荼羅のようにいくつもの球体が並行して重なっているのが分かった。そしてその全てが明るく輝いている。


──キレイだ。生命ってすばらしいのだな。


 ふと、自分が今どういう状態なのか気が付く。白く発光する光の塊。なんとなく、それが僕の魂なのだと分かった。

 周りを見渡すと、同じような光の塊がフヨフヨと浮いている。それぞれ色や形が異なり、しかし全てが光の球体を目掛けて飛んでいき、吸い込まれていく。

 ああそうか、これが輪廻転生か。魂が新しい命に宿り、新しい一生を迎えるのだ。


 周囲を見渡す。今度は、近くに薄暗く発光する光の塊があることに気付いた。

 ひと目で分かった。あれは転生だ。彼女もここに来ていたのか。

 薄暗い光の塊、しかし他と異なり彼女の魂は一色では無く、胸の真ん中だけが白く発光していた。そこから小さな線が伸びていて、それは僕の、薄暗く発光する胸元に繋がっている。


 僕は理解した。そうか、君が僕の兄妹だったのか。最初の人生、肉体を共有していた僕の双子の妹。

 今は魂までもが混ざり、だからこうして繋がっている。

 輪廻転生、この輪は死を持ってすらも断ち切れない、この世で最も強い繋がり。


 恐らくは、生命を冒涜する程の死、魂を汚す程の行いでなくては断ち切ることは出来ないだろう。


 自殺──、あるいは同じ魂を持つもの同士の殺し合いでなければ。



──そうか、そうなのだな神様。

 僕は唐突に理解した。

──僕たちはこの繋がりを絶たなければいけない。そうなのだな?



 神の魂を持つ輪廻、悪魔の魂を持つ転生。 

この相反する魂の繋がりが、世界に歪みをもたらしている。

 世界の形が少しずつ崩れ始めている。



──ああ、時が来たのか。

 僕たちの魂が光の球体に吸い寄せられ始めた。

 新たな人生が、始まる。


 一つだけ心残りがある。りんか婆ちゃんは一体どうなったのだろう。

 でもすぐに考えるのをやめた。魂は輪廻する。いつかそのうち会う機会があるだろう。縁があれば。



 神の御子というものは奇跡の復活を遂げるものらしい。それが神のご加護というものだ。

 僕たちの魂は、意識はそのままに次の時代で次の人生を始める。

 神の試練──、理不尽なまでの不幸な人生の先に、僕はまた彼女と再開することだろう。


 その時、僕たちはどうしているだろうか。こればっかりは今の僕でも分からない。

 生命の有り様まで、魂は定める事はできないのだ。

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