20☓☓年 罪を背負った白い背中
人通りのない寂れた町の中を、一人の男がわざと目立つようにして歩いている。
車のこない車道のど真ん中を闊歩して、木刀を引き摺りカリカリと音を立てながら小さな路地に入っていく。そしてまた路地の向こうの車道を歩く。
男の名前は御堂 輪廻。彼はこんな事をもう何日も続けていた。
汚い街だ。あえてそういう街を選んだとはいえ、流石に辟易する。
かつては大きな工場があり、その特需で一時期の隆盛を築いたこの街は、今や酔っ払いと浮浪者が徘徊するだけの薄暗い街になり下がった。
そこら中にゴミや残飯が転がっており、それを目当てに不浄な生き物が集まっている。
「......蝿か」
僕は手をパタパタと振りその内の一種を追い払う。頭上からはカーカーと鳴き声が響き、足元をネズミがパタパタと駆け抜けていく。時たま難癖をつけてくる酔っ払いをわざと大袈裟に追い払う。
そしてふと立ち止まり、思いに耽る。
(......こういうロケーションなら、きっと間違いはない筈だ。彼らの目的が僕であるならばこの襲うに都合の良いタイミングをきっと見逃す筈はない)
絵堂の事件が起こった場所からそれなりに近く、余所者が目立ち悪者が隠れるに都合の良い街、それがここだ。
もしも転生が悪魔に魅入られた人々と徒党を組んで悪事を働いているのなら、こういう街に強く根を張っているのだろうと僕は考える。
これは釣りだ。今はコマセを撒いて、その末端の誰かが僕に掛かる事に賭けている。
ふとした瞬間、辺りにクスクスと言う嘲るような声が響く。
僕は構わず歩き、思考を続ける。
そもそも、いまこの世に一体何が起こっているのだろうか。天使の加護を受けた人間が次々と現れ、そして遂には悪魔に魅入られた人間までもが現れた。
天使の加護を受けた人間は、理由はともかく今僕の元に集いつつある。反対に悪魔に魅入られた男は転生と繋がりを持っていた。
壁から地面から、クスクスと嘲る声が次々と噴き出していく。
この世界に歪が生じ始めているのは分かっている。そしてその原因が恐らく僕達だという事も。
そうでなければ400年前のあの時、そして200年前のあの時、この世界とは異なる輪廻の輪の外側へと転生することなど無かっただろう。
輪廻転生、僕達の魂は繋がっている。二つの魂は様々な肉体を乗り換えて生き続け、遂に1000年の時を超えた。
その後ろに続く何万もの魂が、今や救済を失いこの世の狭間で揺蕩っている。
クスクスと嘲る声がどんどん大きくなる。
そう、僕たちは罪人だ。
ただ生きているだけで罪だというのに、自ら罪を上塗りすることを望んだ稀代の罪人。
だからきっと、これは終幕の合図なのだろう。僕達の殺し合いの人生の終幕──。
神と悪魔の介入の元で、僕と転生の戦いに遂に決着が求められている。
ふと、顔を上げる。
そこは町外れの廃工場、かつてこの街の隆盛を築いた今は無き栄光の牙城。ただ真っ直ぐに歩くうち、まるでクスクスと言う声に導かれたかのようにして無意識に辿り着いていた場所。
辺りをブンブンと五月蝿く蝿が飛んでいる。
入り口から中へと5歩進み、彼らが現れるのを待つ。
扉がギギギと音を立て、一人でに閉まっていく。
「よォ正解だぜテメェ。これはいわば、神と悪魔の代理戦争なのさ」
上から声がする。僕は首を動かして声の主を探る。
吹き抜けになっている工場の二階、髪を逆立てた一人の男がそのヘリに座りこちらを睨めつけていた。
......ああ、こいつか。見覚えのある魂だ。
周囲からクスクスと言う笑い声が響く。二階の男から目を逸らさず気配を探る。どうやら3人、ああいや二階の奴を合わせて4人。囲まれている。
僕は内心ほくそ笑む。中々イキの良いのが掛かったものだ。
数日かけた釣りの成果としては十分と言えるだろう。
「俺の名は獅王。安心しろよ、この俺がとっととテメェを天国に送り返してやるからよォ! ぶっ殺してやるぜ、輪廻ェ!!」
全身の毛が逆立つ。僕は浮かび上がる笑みを堪えて口元に力を込め、そして大きく胸を張る。
「やってみろ。僕に敵う人間などこの世界に存在しないぞ!」
平日の昼下がり、喧騒溢れるアーケード街の只中を二人並んで歩きながらこの先のことを話し合います。
「輪廻が行きそうな所ってどんな所だと思う?」
彼を探して三千里。二人で頭をひねって彼の居場所を探ります。
「そうですね、その為にはまず目標の行動機序を考えなければいけないでしょう。彼がどんな時にどういう行動を取るのか、それが予測できなければきっと居場所を探るのは難しい」
片方の手で顎をこすりながら、反対の手の指を立てて探偵気取りで言い放ちます。
それを聞き、乙女が頬をポリポリと掻いて悩みます。
「あいつがどんな奴か、ねぇ......」
そして二人で、知っている限りの彼の情報を伝え合います。
「優しい人です」
「イイ奴だ」
「ご飯が美味しい」
「ケンカが強い」
「案外ケチ!」
「意外と流されやすい!」
二人で知ってる限りの彼の情報を伝え合う。そして二人で向き合い、お互いを指さしてクスクスと笑う。
「それからえーと、蕎麦が好き!」
「えー、なんだそれ」
彼女の想像に合わない情報を聞いてか、乙女は眉をしかめます。
「いえ本当なんですよ、蕎麦には滅茶苦茶うるさかったんですからあの人。きっと貴方もビックリしますよ」
ほほーと驚く彼女。そして今度は彼女が頭を捻り、知っている限りの彼を口にする。
「そんじゃあえーと、イングランド人がキライ!」
「えっ、なんですそれ...?」
今度は私の知らない彼の情報。ちょっと、イングランド人てまさか私の事じゃあないですよね?
「んー? 違ったっけ? なんかそういう記憶があるような気がするんだけど。結構昔の話」
「昔って、あなた最近会ったばかりじゃないですか!」
「ああそれもそうだな。じゃ間違えたわ」
焦りからの落差でほーとため息をつく私。ああビックリしました。
それからも、二人でああだこうだと話して歩きます。同じ人物を語っている筈なのに思う印象は二人で異なる。
乙女の中には乙女の思う彼がいます。なんだか不思議な感じ。
誰かを知るって、ひょっとしてこういう事なのかも。
そうして歩くうち、とあるソフトクリーム屋の前である人物と遭遇します。
ホントならそこに居るはずの無い彼女。
「あん? 花音じゃねーか何してんだ?」
「げっ、乙女ちゃんと...アナスタシアじゃん。何してんの?」
私を見てちょっとバツの悪い顔をしている彼女の名前は真車 花音。"車輪"の【奇跡】を持つ真車 幸太郎の妹にして、私のクラスメイトになります。
「アンタさぁ学校は? 今頃みんな勉学に励んでるのに、何でこんな所で油売ってるわけ?」
「そっくりそのままお返ししますよ花音。あなただってサボりでしょう?」
かつてあった小さな事件。輪廻に恋慕する彼女の嫉妬を原因に、私達の仲は依然少しだけややこしい事になっています。
「なんだぁサボりは良くねーな花音」
「ううん、そうなんだけれどもね。でも今はあんまり学校行く気も起きないって言うかで」
乙女の横槍。それに彼女はピリピリした態度を翻しふわふわとした返事を返す。
なんだかこの人、相手によって随分態度変わりますね。
「そう言いますと?」
「いやだってここ暫く御堂さん来てねーじゃん、そりゃ行く気もしねーって。つかなんで来てないわけ? アンタなんか聞いてない?」
ああ、なる程。生来自由人の彼女にとって優先されるのはそこなんですね。まぁ彼が居なければ学校に行かないという点に限っては、ある意味私も同じです。
だって居ないならサボっても怒られませんから。
「いや今ちょうど二人でそれを探してるとこなんだよ。ああそうだ。丁度いいから聞きてーんだけど、お前は輪廻の事どう言う奴だと思ってるよ?」
乙女が花音に尋ねます。確かに彼を知る上で視点の切り口は多いほうが良い。
そうねーと悩む花音。彼女は彼に詳しかった。その視点は私も俄然気になるところです。
「うーん私もそう詳しい訳ではないんだけど......
──御堂輪廻17歳、2000年12月25日生まれ。血液型はO型。身長171.2cm、体重68.8kg。視力は両目とも2.0で病歴なし。性格は非常に温厚で落ち着きがあるものの、予想外の出来事への対応はやや苦手。好物は蕎麦・団子・求肥のお餅・キジ・舞茸etc。嫌いなものはナメクジ。なんでもソツなくこなし新しい事にはよく興味持つ方で趣味も多く、中でも釣りには拘りが強い。成績は上の中でコンクール等への応募・入賞経験は無し。そして交際経験も無し。ついでに部活もやってない。冷め気味だけれど結構周りは見てる方で牧師達からの信頼も厚く、白い髪に色白の肌と目立つ外見ながら、世渡り上手で注目の的にされることもあんま無いかな。孤児院出身ながら昔に金持ちの老夫婦に養子に迎えられ、しかしその人達を不幸で失い今は相続した屋敷で一人暮らし......に居候のバカが一人。人付き合いは良い方じゃないから友達は少なくて、だから能力の割に頼られることもあまりないし本人も他人に深く関わろうとはしないけれど、そのくせ困っている人は見過ごせないタチで結構心配性だから結果的に人助けが趣味みたいな所はあるかな。寝る前には一杯の白湯を飲むのが習慣、そうするとよく眠れるんだって。お風呂に入る時間は大体20時頃で、頭を一番最初に洗う。歯ブラシはソフト派。喧嘩は滅茶苦茶強いみたいでこの間は片手が塞がった状態で10人相手にボコボコにしたって話もあった、まぁこれ兄ちゃんの子分達の事だけど。年のわりにジジむさい所もあって、『最近世の中のスピードについていけない』ってため息ついてた事もあったな。かわいい。歴史の教科書は鼻で笑ってまともに取り組もうとしないので歴史の成績だけがあんまり良くはない、だけど偉人の顔に落書きとかしないタイプ。ご飯派」
「...こいつヤベー奴?」
唐突に吹き出した圧倒的なマシンガントーク。その後の静寂を切り裂いた、呟くような乙女の一言。
私はその隣で、驚きと恐怖んあまり唖然として一言も喋りきらんかった。何この人怖か......。
「それからねー......」
そしてまだまだ喋り足りないとばかりに、舌をぺろりと出して顎に手を当て考え込む花音。その彼女を私は一歩後ろで冷や汗をかきながら、震えて眺めておりました。
「待て待てもういい! そこまで詳しいんならも一つオマケで聞きたいんだけどよ、仮に輪廻が誰か悪ー奴をとっちめて可愛い誰かの命を救ったとしたら、次にアイツする事ってなんだと思うよ? 何処に行くと思う?」
乙女が割り込んで質問する。それを聞いた花音は一瞬鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、そしてすぐに質問へ応じた。
「決まってるでしょ。二度とその人に危険が向かわないように、次の悪い奴をぶっ倒しに行ったに間違いないね。私の憧れる御堂さんなら、ね」
「貴方の思う輪廻......」
──輪廻。彼はどんな人でしょうか。
彼女の発言を受けて、改めて記憶の中の彼を探ります。
あの日、私達の目の前で一人の男を殺した時、彼は殺したことに対して一切の弁明を行ないませんでした。彼の中では正義は合っていたのでしょうか。
去り際の彼はどのような顔をしていたでしょう。あの時私は、恐怖からまともに彼の顔を見る事ができませんでしたが、哀しむような覚悟を決めたような、そんな顔をしていたような気がしています。
──いいえ、きっと違う。これは私の記憶の中の彼が作り上げた、朧気な幻想。
そう、私は確かめなければいけません。あの日彼が本当はどんな顔をしていたのか。
「有難う御座います花音。参考になりました」
「えっ、あーうん」
深々と彼女に礼をする私。それに僅かに戸惑いの色を示す花音。
そして私は一人先へと歩き出します。それを見た乙女が私を目で追いつつ、ひょいと花音の方を振り向いて彼女に質問を投げかける。
「ところで、なんでアンタそんなに輪廻に詳しいワケ?」
その質問に、熱っぽくなった頬に両手をあてて照れながら花音が答える。
「ええだって、好きな人の事が気になるのは女の子として当然じゃない?」
「ああそう......、まぁまた今度詳しく教えろよ。じゃーな」
真っ直ぐに歩き出した私を乙女が追いかけてきました。
「おいはえーよ!」
隣にひょこりと顔を出した乙女の方を一瞥し、声をかけます。
「乙女、花音と知り合いだったんですね」
「ああ幸太郎の繋がりでな。んで、なんか思い出したのか」
「思い出したといいますか、私は私の想像する彼を追いかけようかと思いまして」
「想像する彼ぇー?」
乙女が不思議そうな顔で斜め下から私の顔を覗き込む。私は前を向いたまま話を続けます。
「私が理想とする人物ならどうするか、それを考える事にしたんです。それには彼女が答えを出してくれたような気がします」
「それって、次の悪い奴って話の方か?」
「ええそれもですが......、私も思い出したのです。貴方はあの時耳目を閉じていたから知らないのでしょうけど、彼はあの事件の直後一つの電話をしていたのです。怒り心頭で誰かと話していたのを覚えています」
静かに私の顔を見つめる乙女。今度は私が彼女に視線を向けて質問をします。
「乙女、もしもこの近くにとても悪い奴が居たとして、その人達はどこに隠れているでしょうか?」
少し悩んで乙女は答える。
「そら町外れの工場跡とか、商業施設跡とかじゃねーの? 人が寄り付かなくて目立たねーところ。幸太郎とおんなじだ」
「ならきっと彼はそこに居ます。私の思う彼ならきっと。行きましょう乙女、貴方にも彼に会いたい理由があるのでしょう?」
そして私達は同時にニッと笑い合い、誰からともなく駆け出しました。
輪廻が私達の想像通りの人物ならば、きっと彼はそこにいます。
いいえ、私がそうあれかしと願っているのです。彼が私の理想のままの彼であると、本当は信じていたいから。
廃工場の中、怒声がひっきりなしに屋内を反響している。
「いいか、絶対に近づけるな! 距離を取って撃ち続けるんだ!」
二階で獅王が叫び、腰にぶら下げていたエアガン(グロック18C)を構えて引き金を引く。僕は地面を這うように走りその弾を躱していく。
撃ち出された弾は地面にぶつかると、ガラスが割れるような鋭い音と共に爆ぜ地面を抉った。まるで弾の中に閉じ込められていたエネルギーが一時に溢れ出したような、暴力的な破壊。
(衝撃で爆ぜる弾、か。やはりただのオモチャじゃないみたいだな)
これが獅王の【魔術】か? 分析をしつつ走り回る。
4人の男達は皆、手にエアガンを持っておりそれを僕に向けて撃ち放つ。低い姿勢で走り回ってそれを躱しつつ、その弾の軌道から敵の位置を探る。
二階に一人、僕から見て左後方の階段前に一人、これは遠い。入口の近くに一人。右手側に積まれたコンテナ上の死角に一人、どうやら彼が一番近そうだ。
的を絞らせないよう、時に射線を切りつつジグザグに走る。そしてその最中に不意に120度の急カットをかけ、一転コンテナに向かって真っ直ぐに走る。
その動きを、どうやら読まれていたらしい。彼は僕が突進したタイミングとピッタリ同時にコンテナ上部へ姿を現し、そしてその手に抱えた電動サブマシンガン(UZI)の引き金を引いた。
──その瞬間の彼の顔は、なんと形容したら良いのだろう。彼は人の心が読める、きっとそんな【魔術】の持ち主だったのだろう。獅王が僕の頭の中の疑問に返答した時から、一人はそういう奴が居るんだろうと思ってはいた。
だからこそ。彼が僕の心を読み、そしてもう助からないと悟ったからこそ、彼はあんなにも悲痛な表情を見せたのだと思う。
僕の右手から伸びた木剣は彼が乱射した弾など意に介さず、一刀のもとに全てを両断した。十を超える弾丸は空中で弾け、コンテナはひしゃげ、そして彼は股から真っ二つに裂けていった。
それを見届けたあと、僕は即座に工場入り口に向けて駆け出す。頭上から雨のように降り注ぐ弾を、僕は木剣から形を変えた木の傘で受ける。大粒の雹が降り注ぐような衝撃に耐えながら、真っ直ぐに入り口近くの男にターゲットを向ける。
男は「わああああッ!」と喚きながら階段前の仲間の元へ駆け出す。その彼に向けて、僕は木剣を伸ばし鞭のように撓らせ斬りつける。
しかし、その剣は空気中の何かに弾かれた。そして先程の「わああああッ!」という声が再度工場内に反響する。
なる程、どうやら彼は"何か"に音を籠める事が出来る【魔術】を持つらしい。そしてその音を込められた"何か"は一定の硬度を持ち、また"何か"が破損する等のトリガーによって、閉じ込めた音を放出する。
道中の壁や地面からクスクスと響いていた声は、彼の【魔術】と言う事だ。
ネタが分かればなんてことは無い。僕は右手の腕輪を優しく撫で、そして大きく振りかぶり彼に向かって右手を振り抜く。すると腕輪から白い煙がブワッと溢れ、風に吹かれて彼に襲いかかる。
煙に巻かれた彼は、恐怖による荒い呼吸が為に、反射的に煙を吸い込み、そして次の瞬間大きくクシャミを繰り返す。
白い煙の正体はクスノキの花粉。クスノキは虫媒花ではあるが風による花粉の流出は珍しい事でなく、故に少ないながらもクスノキアレルギーは存在する。
意図的に発生させた花粉を一度に大量に吸い込めばこうなるのは当然だ。
「正念場だぞ。【魔術】のコントロールを効かせてみせろ」
繰り返しクシャミを続ける彼に向かって駆ける。空気にクシャミを込めて防ぐか? いいや無理だね、彼らにそこまで微細なコントロールが効かせられるとは思えない。
降り掛かる弾丸をジグザクに避けながら一気に距離を詰めて、そして彼の背中側を目掛けて横薙の一閃を放った──、そう思った瞬間、目の前から彼らが消え去った。いや目の前には裂けたコンテナが見える。つまり僕が強制的に後ろを振り向かされたのだ。
これは恐らくは階段前の彼の【魔術】。ただ真っ直ぐに歩いていた筈の僕を廃工場へと誘導した能力だろう。
何かを発動するような怪しい素振りが無かった事からして、予め設置しておく必要がある【魔術】と見た。
特定のポイントに入った対象の向きを変更する能力。いやあるいは位置まで変えられるのかもしれないな。どうでもいい事だが。
僕は振り抜いた勢いをそのまま木剣を地面にえぐり込ませる。
音を籠める【魔術】を持つ男の足元からメリメリと言う音が響く。
僕には彼の"クシャミ"がどの程硬いのかは分からない。しかしその能力の性質上、その"クシャミ"も彼の口元にしか存在しないだろう。
つまりその状態では地面からの攻撃は防げない。
メリメリと音を立てていた地面が裂け、そして次の瞬間、地面の隙間から木剣が伸び彼の腹を突き破った。
すぐに地面から剣を引き抜き、バッと遮蔽物の陰に隠れる。僕の動きが止まった一瞬の隙を逃さず放たれた弾丸の嵐をかろうじて避ける。
一撃、一撃は決して致命的ではない。しかし立て続けに喰らえばただでは済まない威力がある。
遮蔽物の陰から階段脇に潜んでいた男の現在の位置を探る。
動いた気配はしない。さっきと同じ場所にいる。
どうやら設置しなくては発動しない【魔術】だけに、意地でも同じ場所に居座りたがっているらしい。そこに十分過ぎる罠を仕掛けているからだ。
僕は地面に木剣を突き刺しそしてグングンと木を伸ばす。そして伸び続ける木の枝に体を預け、まるで射出されるかのように遮蔽物の上から飛び出した。
「君は空中にも【魔術】をかける事ができるのか?」
空中で体をひねり、そして鋭く伸びた木剣が彼の首を寸断する。
そしてそのまま一回転して、木剣から伸ばした蔓を回転の勢いで放り二階に引っ掛ける。そして跳ねるようにして二階のヘリに飛び乗った。
そして恐怖と動揺で引きつった顔をした獅王を横目で眺める。
──ああ実にバカバカしい。
彼等は覚えたての芸を見せたがる犬っころだ。
彼等の操る【魔術】──、何れの【魔術】もその実態を隠匿しておけば使い方次第で恐ろしい驚異になる物ばかりだった。
なのに彼等はその能力の全てを、僕を嘲り工場跡へおびき寄せる為だけに使い見せつけてきた。
これが間抜けでなくてなんだというのか。
僕は大股で獅王に詰め寄る。
獅王は一瞬後ずさりするが、プライドが邪魔をしたのだろう。すぐに震える手でエアガンを握りしめ僕に向けて引き金を引く。
発射された弾を僕は木剣ではたいて撃ち落とす。弾かれた弾は工場の壁にぶつかり爆ぜる。
そして動揺しつつも引き金を引き続ける獅王、しかしカチカチという音だけが響き弾が出てこない。弾切れだ。
獅王はエアガンをその場に落とすと拳を握りしめ、フルフルと拳を震わせる。そしてグッと前に出て啖呵を切った。
「舐めんなよ輪廻ェッ! 俺の【魔術】の恐ろしさを見せてや──」
──......遅すぎるんだよ。
僕が君の前に立ってから、君が行動を起こすまでが。
僕は彼が何事かを言い終わるのを待たずに一息で距離を詰め、そして閃光のような一撃によって彼の首を弾き飛ばしていた。
彼の口ぶりではどうやら何か奥の手があった様だが、今更関係はないな。
僕は彼の死体に木剣を差し込む。すると樹がぐおんと鳴動し、死体を吸い上げるようにして取り込む。血の一滴も残さずに吸い上げていく。
一階に降りて2つの死体も同様に吸い上げて証拠を隠滅していく。そして最後の一人、声を固める【魔術】の持ち主の前に行き声をかける。
「こんにちは暫くぶり。君はまだ生きてるよね?」
腹を突き破られた男はヒューヒューと息をしながら恐怖に塗れた顔で僕を見上げる。
「実は君に聞きたいことがあってね。君達、多分転生の言う事を聞かなかった跳ねっ返りだろう? こんな雑に攻めてくるような連中だから、きっとそうだと思っていたんだ。そんな君なら持っているんじゃないのかな? 君の仲間達の声を閉じ込めたレコーダーのような"何か"を。場所か、人数か、能力か、彼らが不利になるような声を閉じ込めた"何か"をだ」
彼等が元から転生へ反旗を翻すつもりで居たのなら、その可能性はあるだろうと僕は踏んでいる。
彼自身が零す情報が本当なのかどうか、それは僕には判断がつかない。だが彼自身がストックした本人達の声ならば、それは信頼性の高い情報となる。
「それを流せ、この場でだ。もしも誤魔化すようならば君には地獄の苦しみを味わって貰うよ。僕は地獄に詳しい、君はそこらの紛い物じゃない本物を知る事になる」
お腹を抑えて倒れ込む彼の顔の前に座り込み、強く威圧する。彼は恐怖に怯え、そしてパンと小さく爆ぜる音と共に辺りに声が響いた。
『──絵堂在人が死んだ。このまま放っておけば、きっと君達みんな彼に殺されてしまうだろうね』
『──輪廻は強いよ。アレより強い人間はこの世に存在しない』
聞き覚えのある声が辺りに響く、転生の声だ。彼等と会話しているらしい一幕が廃工場の中で再現される。
やはり保存していたか。音を保存できる【魔術】を得た人間としては、これは当然の行動だろう。
『──あーいうのが出てくるのも織り込み済みだよ。当然やられるだろうけど、必要な犠牲さ』
その音に耳を澄ませて情報を探る。話の流れからして彼が建物を出た後の会話。遠距離の盗聴もできるのか、便利な力だ。
しかし、電話を受けた時から感じてはいたがやはり建物の周囲には一切の雑音がない。余程の僻地なのだろうか。
『レドリアーヌ、彼らに"蝿"をつけてくれ!』
その音を聞き、嫌な予感と共にバッと振り返る。
するとそれに反応するように、工場内を飛び交っていた多くの蝿が一斉に外へと飛び立った。
しまった、何たる間抜け! 情報を取られたのは僕も同じか!
寂れた街だけに、蝿など当たり前に存在しているものと全く注意をしていなかった。
振り返ったままタラリと冷や汗を垂らす。コマセに喰い付いた彼らを釣り上げたつもりでいたが、釣られたのは僕の方か。
彼等こそが餌だったのだ。マヌケなご馳走には鋭い針が付いていた。
その時、動揺する僕の後ろから最後の声が聞こえた。
その声を聞いたとき、僕は全身の毛が逆立つような怒りを覚えた。
『さて私の仲間が世話になることだし、私も挨拶に行こうかな。彼を支える彼の仲間にね。──ねぇ輪廻?』
僕は振り返らなかった。全身がフルフルと怒りに震える。
これは彼女からの宣戦布告。彼等に危害が向かないようにと一人闘いに出た僕への、宣戦布告だ。
間違いなく、彼女は僕がこれを聞いている事を分かった上であえて言っている。僕が怒ると分かった上で、あえて。
「転生、本気なんだな。あくまで僕とやるつもりか!」
小さく、しかし力強く呟く。
間違いない。彼女は今回で全ての決着をつけようとしているのだ。1000年続く兄妹喧嘩に決着を。
そして立ち上がって後ろを振り向き、彼を見つめる。僕は目を細めて彼に近づき、もう動かない彼の瞳を優しく閉じた。
手早く死体を片付けて駆け足で廃工場の出口へ向かう。
仲間が襲われる。焦っているのが自分でも分かる。
アナスタシアか? 幸太郎か? それとも乙女? あるいはそれ以外の知人達か?
それはいつだ? 今聞いたのはあくまで録音。
僕は焦燥に駆られるまま、勢いよく廃工場の扉を開いた。
その瞬間、サァ──と爽やかな風が吹いた。
これまでに何度か感じた、運命が動く時の世界の鳴動。
アナスタシアが立っていた。その傍らには乙女も。
僕はその姿を見て少しだけ安堵する。彼女達は無事だった。
アナスタシアは憂いのこもった真剣な瞳で僕の瞳をただ真っ直ぐに見つめている。
不思議な時間だ。見つめ合ったのは本当に短い時間だった筈なのに、それはまるで永遠にすら感じられた。
その永遠の最中、アナスタシアはゆっくりと小さく口を開いた。
「輪廻。貴方はまた誰かを殺したのでしょうか?」
哀しみの籠もった声。命を尊び、魂を愛でる者の悲哀の声。
僕は包み隠さずに答える。
「ああ殺した。彼等は悪魔に魅入られていたから、これが僕が今すべき事だと思っているから」
「それが貴方の正義ということなのですか?」
淡々と僕に質問するアナスタシア。
その隣で乙女がじっと僕たちの様子を眺めている。
「まさか、正義なんてある筈がない。これは単なるエゴだ。僕は僕と関わってしまったが為に不幸になっていく魂を、もうこれ以上見たくないだけだ」
「輪廻、貴方はどんな人ですか?」
そんな事は分かりきっている。
「僕は罪人だ。神の御子なんかじゃない」
その一言を聞いた彼女は、今日初めて、ほんの少しだけ淡く笑った。
輪廻。貴方は一体どういう人ですか?
初めて行った土地の、初めて見る建物。そこには探し求めていた彼が立っていました。
運命を感じます。そんなものが本当にあるのかは知りませんが、こういう物を後に運命と呼んだのかもしれません。
輪廻と二言三言、言葉を交わす。その返事が偽りない心の底からの言葉だと理解するのに理屈は必要ありませんでした。
彼は少なくとも私達の為に戦っていた。私の思う彼の通りに。
そのやり方はともかく、少なくとも誰かの為に剣を取っていた。そしてそれを決して正義だとは言わなかった。
それを罪だと知っていた。
私達とは異なる世界を生きてきた彼の道義は、私達とは大きく異なる。そこを糾弾するのは、本当は単なる我儘なのかも知れません。
だって私は、彼の立場をまるで理解出来ていないのですから。
「輪廻。私はまだ貴方に憧れていていいのでしょうか?」
「僕なんかに憧れるものじゃない」
彼は吐き捨てるようにそう答えます。
分かる、彼もまた誰かを殺す事を厭悪している。1000年生きても、そんなやり方しか取れない自分にも。
「輪廻、貴方はまだ私に貴方の全てを教えてはくださいますか?」
「僕はただの罪人だ。それでも君が望むなら」
そして自分の罪を、自分一人だけで背負おうとしている。
「でも私は、決して人を殺める事を許容できません」
「ああ君はそれでいい。絶対に殺すな。人なんて殺すものじゃない。これ以上罪を重ねるのは僕だけでいいんだ」
私は彼を理解したい。今、心の底からそう思っています。
彼が怖いのは、私が彼の事をまるで知らないから。
彼を知り、同じ視点に立てれば、見える景色もきっと違って来る筈だから。
理想としているだけではいけない。
"彼になる"だけではいけない。
それではきっといけない。
そう、私は彼の隣に立って、同じ景色を違う角度で見てあげたいと思います。
それはきっと、本当はとても素晴らしい景色になる筈ですから。
そうしたならばきっと彼を、彼の罪から救ってあげられる気がしますから。
その為に、私は彼を目指したいと思います。
思い返せば、最初から私に彼を糾弾する資格など無かったのかも知れません。だって私こそが、かつて彼を殺そうとしていたその人なのですから。
私に殺されない事で、私の罪を背負ってくれたのもまた輪廻、貴方なのですから。
「あーところでちょっといいかい?」
私達の会話が一段落したらしい事を認めた乙女が、横から会話に割って入ってきます。
「ああ...。いいよ何だい?」
一瞬ビクッとした後、平静を装って返事をする輪廻。さては輪廻、彼女のことを忘れてましたね。実は私もですけど。
「おう実はな、ちょっとあんたにお願いがあって来たんだよ。
──わりーけど、あたしをお前んちに住まわしてくんねーかな? この先暫くの間、さ」
えっ。唐突なその言葉に、私は小さく驚きを溢れさせます。
そして胸の内でなんかヤダって気持ちが燻るのを感じます。なんででしょう?
対して輪廻はさして驚く風情もなく、彼女を見つめてゆっくり口を開きます。
「......夜、眠れなくなったのか?」
「ん、まぁちょっとだけね」
二人の会話を傍で聞き、私も遅れて理解しました。
そう、でしたね。彼女はこの事件の被害者ですから。
最初から私と視点が違う筈です。彼女を救った輪廻を乙女が訝しむ筈がありません。
不条理に命を狙われた恐怖に眠れない夜もきっと沢山あったのでしょう。どんなに明るく装っていても、彼女は齢15のか弱い女の子なんですから。
「だが、僕はああいった人間を呼び寄せる。僕の近くにいては君は不幸になるかも知れないよ」
「それでも、あんたならきっとアタシを守ってくれるだろ?」
その言葉に、輪廻はなにがしかの覚悟を決めたようでした。
「分かった。いいよ」
そして彼女を受け入れました。乙女は心底ホッとしたような顔をして、鯱張った身体の力を抜いていきます。
その彼女に近寄って頭をぽんぽんと叩く輪廻。そして私達に向き直って声をかけます。
「悪いけど、先のことは後で話そう。もしかすると幸太郎が危ないかもしれないんだ。乙女、あいつがいそうな場所に心当たりはないか?」
「あるぜ、こっちだ」
そうして二人は駆け出します。それに合わせて私も輪廻を追いかけます。
なんだ、やはり輪廻は私の思う輪廻のままです。
今だって彼は誰かの為に走っている。
そう最初から、私が彼そのものになる必要など無いのです。
彼がどんな人間であるのか、それは私はこれから長い時間をかけて知っていき、そして彼に並べる理想の私になれればそれでいい。
輪廻。
私はもっと、貴方を知りたい。




