12☓☓年 伊邪那岐と伊邪那美
樋詰城から遠く離れた森の中。僕達は二人駆けていた。
壱岐で一番の駿馬を借り、胸元に凛歌を抱えて駆け上がる。
壱岐の民達は皆城に残った。僕達二人を逃がすための囮として、蒙古を引き付けるべく今も戦いを続けている。
「輪廻。凛歌は卑怯者でしょうか?」
逃避行の中、凛歌がポツリと呟く。僕は返事をせずに彼女の言葉を待った。
「生きねばならない、生きて彼等の勇姿を伝える事こそが私の役目、それは分かっています。しかし私はそれ以前に死にたくないと願ってしまっているのです。彼等が私を逃がすと言ってくれた時、心の何処かでその言葉を期待していた自分がおりました。今こうして、彼らの命を犠牲に落ち延びようとしている自分が殺したいほど憎らしいのに、......しかし死ぬる覚悟がございませぬ」
「生きる事も戦いだよ、凛歌」
僕は小さく、彼女だけに聞こえる声音で呟いた。
「死ぬ覚悟なんて持つもんじゃない。きっと君はこの先何度も死にたくなるような目に会うんだと思う。けれど君は決して死んだらいけない、もうその資格が無いからだ。だって君はこの先、壱岐の人々全ての命を背負って生きなければいけないのだから。
──生きる覚悟、それこそが何よりも苦しく大変な覚悟なんだと僕は思うよ」
僕の言葉を聞き、俯きがちだった凛歌の顔が前を向き、手綱を握るその手に強い力が籠もっていく。
その様子を見て僕はくすりと笑う。僕も随分長生きしたものだ。まさか、僕がりんかばあちゃんに助言をする日が来るとはね。
「もう迷いは無いようだね、ならばその手を決して離しちゃいけないよ。......どうやら追手が来たようだから。
──全力で撒く! 揺れるからしっかり捕まっていてね凛歌ばあちゃん!」
「えっ、あ! はい!」
僕達は森の奥を目指して駆ける。馬に鞭を入れ、凛歌を抱えて加速する。
その後方には5つの影。蒙古の精鋭と思しき4つの人影とそれを従える黒髪の少女の影が1つ、僕達を追って凄い速度で迫ってきていた。
黒髪の少女の耳には、一対の白く光る真珠のイヤリングが瞬いていた。
見つけた! ああ見つけた!
あれは確かに輪廻だ。輪廻に間違いない。こんな森の中に逃げ込んで、偵察に出た部下からの報告が無ければきっと見逃していただろう。
私はてっきり、彼は樋詰城を決戦の舞台に選び備えているものとばかり思っていた。しかし樋詰城の高い士気ながら予想外に弱い抵抗が私にはどうも不思議だった。その答えが今ここにある。
しかし輪廻ったら。私に気付いておきながら浜辺から離れた事といい、一体どういうつもりなんだか。
『そらいけいけ、あれは一等の首だよ! 獲れば百年遊んで暮らせる褒美をあげるよ!』
輪廻に向かって部下をけしかける。部下は加速し、森の中をグングンと輪廻に迫る。
輪廻め、中々の駿馬を見つけたようだけどモンゴルの馬には少し劣る。あっという間に輪廻の背後へ馬をつけた部下達は、後ろから弓を構え輪廻に放つ。
彼は半身になって後ろを向き、構えた右手から伸びた樹が毒矢を次々と撃ち落としていく。そして手首を返すようにして右手から鋭く伸びた木剣が部下の首を跳ね飛ばす。
矢では埒が明かないと判断した部下は更に距離を縮め、彼の真横に馬をつけて剣を抜き放つ。その瞬間、部下が一閃を放つよりも早く彼の首は宙を舞った。輪廻が右手に構える木剣が何よりも早く彼の首を寸断したのだ。
私はそれを見て、頬に僅かに冷や汗を垂らす。そして大きく心臓の鼓動を高鳴らせる。
輪廻、物凄く強くなってる! 私の近衛すらがまるで相手にならない位に!
ああまったく、何度殺し合っても変わらない昂ぶり。輪廻、貴方と過ごすこの時間は、何度経験しても変わらずいつもドキドキするよ。
『君たちはもういいよ。後ろから私を見失わない程度の速度で追ってきな』
残る二人の部下に声をかけ、私は感情に任せるように馬を走らせる。馬はグングンと速度を上げ、輪廻の姿がみるみるうちに大きくなっていく。
ああ輪廻、今や君がこんなにも近い。手を伸ばせば届くほどの距離に貴方がいる!
昂ぶりを抑えられず、私は背中に背負った矛を抜き構える。そして一気に彼の横へ馬をつけ、声をかける。
「さぁ輪廻、ようやくぶりだね! この時を私は待ちに待った、夢に見るほどにね! 今度も私といよいよ殺し合おうじゃないか───?」
その時、私は見てしまった。私と彼だけの絶対的な時間。
その合間に入り込む不純物の存在を。
彼の馬に跨り、怯える小さな女の子の姿を。
森の中に憤怒の声が響いている。
金属がぶつかり合う鋭い音が木々の間を反響している。
「輪ッ廻ェえええええッッッ!!!」
声の主から感情に身を任せたかのように矢継ぎ早に繰り出される矛を、僕はいなすようにして受けきった。まるで激昂の極みのような太刀筋。
彼女は、転生は怒っていた。これまでに見た事もないほどに。
僕達は場上で互いに剣をぶつけ合う。鋭く風を切る音と共に、彼女の矛がまるで生きているかのように縦横無尽に襲いかかる。
僕の首を目掛けて横薙に放たれる矛。それを受けに行った筈の剣が何故か空を切る。ぶつかる寸前にヒラリと翻った矛は僕の頭上を飛び越えて、手元目掛けて落ちていく。それを手首の腕輪で無理やり受けて、返す刀で彼女に斬りかかる。それを彼女は柄で受け、そのしなりで僕の剣の軌道を変える。
実に巧みだ、これはかつての剛剣だけではない。今の彼女の剣は、柄のしなりを利用して自在に軌道を変えていく柔の剣筋。
これは戦いの場を馬上に移し、矛という武器を選んだが為に得た修練の賜物だろうか。であるならば僕も切り替える必要がある。剛から柔へ。花御に習ったもう一つの剣へ。
何十合を超える打ち合い。彼女の矛が軌道を自在に変えながら、生き物かのように眼前にと迫る。
しかし、例え千変万化に変化する剣であっても人には必ず固有の呼吸がある。その流れに意識を寄せて、彼女の呼吸に耳を澄ませる。速い鼓動、荒い呼吸。彼女の怒りがわかり易く僕に呼吸を伝えてくれる。
伝わる呼吸に身を任せるようにして、僕は全ての矛を叩き落とした。
「あああああああァッッ!」
咆哮ともとれる叫び。彼女の身体に力が籠もり剣から柔らかさが抜けていく。全霊を込めた剛剣が伸びる。
それを真正面から斬って落とすと、力みからか矛から片手を滑り落とす。
勝機と見て剣を構えたその瞬間、僕は見てしまった。
転生が空いた手で腰のクロスボウを掴み、そしてその先端を、明らかに凜歌へと向けているのを。
「何をしている転生ーーーッ!!」
僕は吼えた。
瞬間放たれた矢が凜歌に向かって一直線に飛んでいく。間一髪それを払い、転生へと怒りの刃を叩き込む。
理由は分からないが、間違いない。こいつは今確かに凜歌を狙った。
思い返せば疑念は確かにあった。最初の矛の軌道、僕の頭上を飛び越えて手元に振り下ろされたあの矛もまた、彼女を狙ったものだったのだろう。
「お前こそなんのつもりなんだ輪廻ッ! そいつはなんだ!!」
転生の矛が、俄然怒気を強めて明確に凜歌へ向かって伸びていく。その凶刃を木剣を繰り出して打ち払う。
二人の打ち合いが激しくなるのに応じるようにグングンと馬が加速していき、そして目の前の木々がまるで僕たちを避けるようにザワザワと左右に分かれていく。
「止せ転生、何故凜歌を狙うんだ! この子は違う、この子の魂はあのりんかばあちゃんなんだぞ! 彼女には君だって世話になったはずだろう!!」
「うるさいっ、知った事か! 私達の間に余計なものを入れるなぁあああ!!」
森の中で2つの影が加速していく。影の進む方向に生えている木々はまるで弧を描くように撓んで左右に別れていく。そして撓んだ木々によってまるでトンネルのように開いた道を、剣を撃ち合わせながら2つの影が駆け抜ける。
二人の駆け抜けた後には木々が道を閉じるかのように蠢いて、踏み抜いた地面からは次々と草が生えては枯れていく。
彼らを追っていた蒙古の兵は、木々のトンネルを進む最中に何故か二人を見失った。二人を追って確かに潜った木々のトンネル。その奥に二人の姿は既になく、ただひたすらに森だけが広がっていた。
森の中、神性を持つ兄妹が一つの命を巡って争っている。かつて伊邪那美が伊邪那岐への恨みから1000の命を奪うと誓ったように、かつて伊邪那岐がその死から人を救ったように、今彼らの手元で一つの命が揺れている。
彼らは今、何処ともしれない場所を駆けている。木々が織りなすトンネルの中、いつしか目の前に広がっていた森は消え去りただすら白い空間が広がっている。彼らの脚に合わせて次々と生える樹々が彼らの前に道を作り、彼らの後に樹のトンネルを残していく。
そこは神域だった。神話に連なる二人を契機に開かれた神域。
二人は憤怒と憎悪をぶつけ合いながら、一つの命を巡りこの世ならざる空間を駆け抜ける。
──こんなこと、認めるなんてできるはずが無い!
空間に響くお互いの怒声。
その中を、声にならない思いが形となり相手の心にしんと響く。
──私がこれまでをどんな思いで生きてきたのかも知らない癖に! 私がどんな思いでここに居るのか知らない癖に!
輪廻の心に彼女の過去が流れ込んでくる。脳裏に浮かぶ彼女の人生、それは辛く孤独な死と屈辱の歴史だった。
この日のこの時間、輪廻と殺し合うただ一瞬の為に泥を噛み生き延びてきた彼女の過去。その縋るよう慟哭が輪廻の心に突き刺さる。
──そうか、転生。君はそんなにも。
──しかし僕にも譲れないものがあるんだ。
僕達の剣戟が一層激しさを増していく。顔を突き合わせ、激情に身を任せるようにして刃を振るう。
目を見開き、額を擦り合わせるようにして同時に叫ぶ。
「輪廻ェええええぇエェッッ!!!!」
「転生ォおおおおぉオォッッ!!!!」
二人の間で激しく火花が散る。
そして、同時に二人の脳裏にとある想いが沸き立っていく。
──ああ、輪廻!
──ああ、転生!
二人の想いが全く同時に相手に伝わる。
──また、強くなった!!
殺し合いの最中、ほんの僅かに湧き上がる相手への称賛。
自分を殺せるだけの力を相手が磨き研鑽してきた。その事実が何故だがとても誇らしい。
「転ちゃん、貴方はとっても悲しい子なんだね」
その時、二人だけの世界に声が響く。
二人の動きが一瞬止まる。そして、まるで時間が止まったような世界の中で二人の視線が声の主に集中する。
「私は思い出しました、かつて自分が誰だったのか。二人の記憶が私にも伝わって来ましたから。二人共頑張って生きてきたんだね、偉いねぇ」
そこは僕の胸の下。凛歌が顔を上げて胸を張り、強く手綱を握って誇らしげに座っていた。
彼女は凛とした表情を崩さず、その顔はただ真っ直ぐに前を見据えている。
「輪くん、手綱は私が握ります。だから、馬は任せて貴方は彼女の相手に注力を。どうぞ彼の身の不幸に終幕を。......生きる覚悟とはどういう事なのか、私は分かった気がします」
僕は彼女の言葉に無言で応じた。手綱から手を離し、両手を木剣に添えて天に掲げるように構える。
そしてその姿を見てハッと我に返った転生が繰り出した一撃に、応じるように放たれた一閃。一切の怒張も緊張も無く放たれたその剣は、とてもしなやかな軌道で空間を切り裂き、そして大きな衝撃となって転生を襲った。
柔より入って剛にて断つ、脱力の極地。天狗の剣。
手持ちの矛ごと上体を弾き飛ばされ、大きく仰け反る転生。
金属同士がぶつかり合う甲高い音が轟音となって辺りに響いたその瞬間、目の前の白い空間がまるで霧が晴れるかのように現実の光景に置き換わり、2つの影が木のトンネルを突き抜ける。
辺りには森が広がっている。さっきまでとは違う、見覚えのある森。
その森の奥に、多数の人影が列をなして立っていた。全員がその手に弓を持っている。
「今だ! 放てぇええ!!!」
号令と共に数多の矢が飛んでくる。
その矢は一直線に風を切り、上体を崩した転生へと真っ直ぐに迫った。
「輪廻、私は──!」
最後に後から聞こえた、か細い声。
その声もまた、直後に響いた何かが地面を転がるような音に掻き消された。
全ての音が消え去るまで、僕は決して振り返ろうとはしなかった。
「輪廻お帰り! 吃驚したぜ、聞いてたよりずっと早い帰りだったからよ」
僕達の帰還を雛弦が出迎える。先程の影は雛弦と彼が指揮する子供達の列だった。
僕は馬から降りて雛弦に問いかける。
「転生は、どうなった...?」
「ああ、あの蒙古のことか? 安心しろよ、ちゃんと俺の矢が胸に当たったのを見たよ。......多分もう助からねぇだろうな」
その言葉を聞き、僕はぐっと胸を抑えた。心臓がズキズキと痛む。
「そうか......」
覚悟はしていたつもりだった。
辺りを見回す。僕達の帰還を歓迎して集まってきた里の子供達。恋華、錆丸、雛弦、そして花御。僕は彼らにお別れを告げなければならない。
「いやほんと驚いたぜ、旅支度を進めてたらよ、急に恋華が神域から声が聞こえるー! 輪廻が戻ってくるー! って叫びだしてよ。慌てて武器を持って列作ってさ!」
雛弦が得意気に先程までの事を話す。その彼の頭を軽くぽんぽんと叩き、そして凛歌を伴い花御の前まで身体を引きずるようにして歩いていく。
「花御、この子を頼む」
「ああ、その子が凛歌だね。承ったよ」
簡単に言葉を交わし、凛歌の背中をそっと押す。凛歌は礼儀正しく礼をして、自分の足で花御の足元まで歩いていく。
「今ご紹介に預かりました凛歌でございます。今しばらくお世話になります」
そう言うと彼女は振り返り、そっと僕の手をとった。悲しい顔で僕の目を真っ直ぐに見つめている。僕はその視線を弱々しく見つめ返した。
しばしの時間、お互いに見つめ合ったあと、彼女は僕から視線を外してうつむいた。
「私、輪くんと話したい事が沢山ありました。でもこの先の時間はきっと私のものでは無い。
──貴方はもう死ぬのですよね。こんな私などの為に」
もうまもなく輪廻が死ぬ。
その彼女の言葉に周囲がどよめく。
「......は? 何言ってんだあんた?」
雛弦の顔が先程までの陽気な表情とうって変わり、困惑の色に染まっていく。
僕は子供達に淡い笑顔で笑いかけ、しかし力尽きたようにして地面に座り込む。どんどん息が荒れ、喋るのも辛くなってきた。終わりの時が近づいている。
「な、なんだよそれ! ひょっとしてどっか怪我したのか? そんなに重い傷なのか!? 死ぬってどういう事だよ、だって約束したじゃねえか!」
雛弦が動転して、僕の肩を掴んで捲し立てる。
「ごめん雛弦。でも本当なんだ。僕はもうすぐ死ぬ、それは昔から決まっている事なんだ」
その言葉に、雛弦は力を失いへなへなとその場に座り込む。
「もしかして、さっきの子がそうなの?」
恋華が泣きそうな顔で僕の顔の近くに座り込み、問いかける。その言葉に僕は首を縦に振って頷く。恋華は口元に手を当て、困惑したような表情を見せた。
錆丸はただ黙って僕を見つめている。子供達がわんわんと泣き出す。
「花御、頼みがあるんだ」
僕を中心に広がる喧騒の中、僕は彼女に声をかける。
そして彼女の目を真っ直ぐに見つめる。彼女は全てを察したように深く頷き、そして無言で森に向かって歩き出した。
「お前たち、これが輪廻と過ごす最後の時間になる。後悔だけはないようにな」
去り際にそう一言だけ告げると、花御は森の奥へと消えていった。
広場に泣き声がこだまする。
僕はついに座ることすら苦しくなって、地面に背中を預けて倒れ込んだ。その僕を子供達が取り囲んで泣いている。
「ごめん、僕はもう死ぬ。もっと君達の成長を見守っていたかったけど、誰かを導いてみたかったけれど、それももう叶いそうにないんだ」
「なんでだよ、なんで。約束したのに......!」
雛弦が歯を噛み締めて、地面に爪を立てる。そして顔を伏せたまま僕に怒りをぶつける。
「俺は絶対に許さねぇから、こんなの認めねぇからな...!」
その言葉を横から錆丸が遮る。手を伸ばして制止する。
「最後だぞ。最後の時が、それでいいのか雛弦。
......輪廻、短い間だけど世話になったね。君は死ぬかも知れないけど僕は生きるよ、100年でも200年でも。君が教えてくれた事を胸に。僕を祝福してくれるかい?」
錆丸の方を向き、僕は笑顔で深く頷く。錆丸は満足そうな顔でそっと僕の手をとった。
「私も絶対忘れない! 貴方の事絶対に忘れないから! 例え何百年たっても、私が何回生まれ変わっても! 貴方と過ごしたこの時間を、魂に刻みつけておくから! ......だから、暫くのお別れ。絶対また会いに行く。だって私、貴方の事が大好きだから」
恋華が僕に覆い被さるようにして泣きじゃくる。
その様子を凛歌が見つめていた。
「......貴方はとても愛されているのですね」
その一言に僕は笑顔で応じる。
そして最後の力で子供達に声をかける。
「僕は、幸せだ。とても幸福な人生を、生きた。大切な人達に囲まれて、こんな穏やかな死を迎える事ができるなんて、思っても無かった。
......君達が、立派な人生を送ること、僕は心から願っているよ」
その言葉を最後に、僕は目を閉じた。そしてもう二度とその目が開く事はなかった。
僕の身体に日の光が差し、子供達を照らしていく。
誰もが僕の死を悼み寄り集まって泣きじゃくる中、雛弦だけが一人木陰で呆然と立ち尽くしその光景を眺めていた。
「やぁやぁこんな所で行き倒れとは、さてはお前さんもこの世界からのつまはじきかね?」
森の中、花御が一人立っている。その足元には一人の少女、輪廻と魂を分けた悪魔の娘が倒れている。
胸と肩には矢が刺さっており、その息は荒く今にも死に絶えようとしていた。
「このままほっときゃお前さん、死ぬぜ。......だが俺はお前さんを助けるつもりは微塵もないよ。俺はお前さんにとどめを刺しに来たのさ」
その言葉を受けて、転生は花御に視線を送る。そして何がしかを言おうとして、ヒューヒューと息をする。
「お前さんがこのまま死ねば子供達が背負いきれない業を追う。だから俺が殺すのさ。最後の言葉があるなら聞いてやるぜ」
転生は視線を花御から外し、ごぼりと口から血を吐いた。そして呼吸を整えると、か細い声で絞り出すように告げた。
「私は、絶対に、許さないから」
「そうかい」
転生の最後の言葉。それを聞き届けたあと、花御は転生の側に座り込んで小刀で彼女の首を掻き切った。首から血が溢れ、そして静かに命の灯火が消えていく。
その様子を確認すると、花御はすっくと立ち上がった。
「安心しろ、死体は辱めずに丁寧に埋葬させて貰う。......ここはお前さんの故郷なんだろう? 森に抱かれ、せめて安らかに眠るといい」
子供達はそれから、雛弦の先導のもと居を南へと移した。
凛歌は対馬と壱岐の惨状を伝えるべく、花御を伴い太宰府へと赴いた。
太宰府では、花御が異人である事から多少の悶着はあったようだったが、その報告の重要性・緊急性、壱岐の姫御前を伴っていた事などからその全ては不問となった。
「俺の首を取るかい? それとも、俺を生かして蒙古の首をたんと取るかい? 面子か国か、選び時だよ鎌倉のお武家さん」
「良い覚悟だ、肥前の天狗よ。こうなると分かっていながら誰に頼まれここへ来た?」
「そこな娘と亡き盟友からの最後の頼みさ。あいつはいい人生を生きた、そう信じていたいのさ」
かくして歴史に名高い元寇は終幕を迎える事になる。
その傍流で起こった小さな戦い。その結果一つの命が助かり、多くの魂が救われた。
彼等の魂もまた流転して、次の時代を作り上げる。
輪廻と転生、彼らもまたその時代で次なる命を燃やしていく。
彼らの戦いの歴史は、未だ終着を迎えてはいない。




