泣いてない
そこは暗いようで明るく、狭いようで広い場所。
上を見上げても太陽のような光源が見当たらないにも関わらず周りがよく見え。遮蔽物の無い平坦な地面が続くことで距離感がいまいち掴めない。
そんな場所であるここには、時と場合によって遮蔽物が産まれることがある。もちろん、勝負が組まれた時にだ。
ルールによってその都度に必要な物が現れるのだが、今回現れたのは飛び越えるには高すぎる、周りを囲う岩の壁であった。
今回のルールは囲いから脱出した方が勝ちというもので、今回勝負を組まれた2人はそれぞれ壁に向かっていた。
「はぁっ!」
木の杖を持った女性が丸太を呼び出して壁にぶつける。音を立ててぶつかるも壁に変化はない。
「まだまだぁ!」
続け様に丸太を呼び出してぶつけていると、ようやく小さな傷を付けることに成功したが、まだまだ先は長そうである。
「ハァ、ハァ……流石に、硬い」
木の杖に丸太を呼ぶ魔法、極めつけは木の幹を思わせる濃い茶色のローブを着た彼女はさながら、木の魔法使いといった所だろう。
(ハァ……向こう、は?)
相手の状況を見るためにそちらへ向くと、
「……」
(な、なんだと!?)
対戦相手の女性は、何もしていなかった。
「……ったく」
まるでルールを忘れているかのように、岩の壁を前に何やら呟いているだけだ。
改めて、女性の姿を見る。
特徴的なのは火のように赤い髪と、夕日のような橙色の瞳。背は一般よりも高めであるが、それだけだ。こちらの杖のような道具の類も見当たらなない……勝利を確信した。
(そうか! まさか岩の壁を破壊しろという内容になるとは思っていなかったのだな!)
せいぜい女性が出来るのは壁を殴る蹴るぐらいだが、それではこちらの方が断然早い。それならば手足を痛めるよりも、何もせず、このルールに文句を呟く事を選んだのだろう。
(出来るのなら降参してもらいたかったが、こちらはゆっくりと壁の破壊に専念させてもらうとしよう)
余裕を悟られないよう、木の魔法使いは杖を高く掲げる。
その時だ、
「はぁ……仕方ないわね」
赤髪の女性は右手の拳を握ると壁へ向かって歩いていき……次第に助走を付けて前へ突っ込んでいくと……その勢いのまま、
ガッ!
岩の壁を殴りつけた。
ビシッ!
それだけで、拳を中心に大きなヒビが走った。
(はぁぁぁ!? 今何をしたんだ!?)
木の魔法使いは目を丸くした。まさかたった一発、それも素手の拳一撃であの威力を叩き出すなんて。
しかも女性本人は岩の壁を殴ったにも関わらず痛がる素振りも見せず、
「ふーん、そこまで硬くはないわね」
一度拳を見てから、もう一撃。助走が無くなった分若干威力が落ちたようだが、それでも岩の壁のヒビは増えていった。
これには木の魔法使いは落ち着いていられない。
(い、急がねば!)
掲げていたままの杖に魔力を込めると、数本の丸太を呼び出して壁へとぶつけた。
同時に女性も岩の壁を殴りつける。衝撃の音は同じくらいだったが、威力は女性の拳の方が高くヒビが増えていった。
(なんという身体をしているんだ! あれだけ殴ったら手がダメになるだろう!)
攻撃の衰えない女性の方を見てみると、今までにない変化を見つけた。
(へ……?)
岩の壁を殴り続ける女性の顔、その瞳から流れる一筋の光。
汗ではない、あれだけ動いておいて汗一滴かいていないのもおかしいが、見間違える訳もない。あれは……
「な、泣いている?」
木の魔法使いがつい言葉に出してしまうと、
「泣いてないわよ!」
ビシッッ!
女性からの反論が返ってきた。共に放たれた拳には更に力が込められていて壁に一際大きなヒビを入れた。
「ヒイッ!?」
これには木の魔法使いもたじろがずにはいられなかった。
(いやいや! どう見ても泣いているだろう!)
口に出したことを悔やみながら再び心の中で言葉にする。
(あれはどういう涙なんだ? やっぱり手が痛いのか?)
木の魔法使いが考察するも。女性の涙の理由は、誰も予想が付けられないものであった。
……アイツに会うために。訳の分からない大会に参加したのはアタシの意志だ。
でもまさか、岩の壁を破壊しろってルールになるなんて思いもしなかった。
さっさと優勝して、少しでもでも早くアイツの手がかりでもいいから欲しいのに……
「……ぐすっ」
考えただけで、泣きそうになる。
けどそれを、他人に悟られるなんて絶対にイヤだった。
赤髪の女性は涙を拭った。
彼女の名は、ルイ・セキナカ。
このブトウカイに参加した理由は急にいなくなったアイツを探す為に。
生まれつき身体が頑丈で力も強く、岩の壁を殴って壊すくらい、元々やった事もあった。
それだけでもう接近戦だけなら充分有利であったが、
「さっさと終わらせるわ」
ルイが手を伸ばすと指の先に穴が開き、その中に手を入れるとある物を取り出した。
「なぁっ!?」
それ見た木の魔法使いは再び目を丸くした。
ルイが取り出したのは、高身長なルイより少し短いくらいの、鉄の金棒であった。
赤い巻き紐の持ち手を握ると、バットのように振りかぶり、
「ハァァァァァッ!」
一気に振り切る。
ズガッシャァァン!!
次の瞬間、ヒビだらけだった岩の壁に轟音共に大きな穴が開いた。
「な、なな……」
木の魔法使いは杖を落として放心状態であった。
ルイは金棒から手を放す。重量に従って倒れていく金棒は地面に当たる寸前、一瞬にして消えてしまった。
「悪いわね、アタシは早く優勝したいのよ」
木の魔法使いにそう言うと、そのまま壁に開けた穴を抜けていった。