プロローグ D
小高い山。一見するとただの自然物のように見えるそれは、実は横穴が掘られた家屋であった。
「……」
そんな家屋の扉を開け、中に人が入ってきた。
窓の無い横穴の家屋内は真っ暗で、入ってきた人物が明かりに火を灯す。
明るくなって見えてきた部屋の中には幾つかの家具が並んでいるが、そのどれにも埃が積もっている。
その光景を見た来訪者は、家主が帰ってきていないことを理解した。
「まだ、帰ってないのね……」
部屋の中央に置かれたテーブルセットの椅子、自分がいつも座っていた方に腰かけると、前には家主が座っていた無人の椅子がテーブルを挟んで置いてある。
「……」
テーブルを撫でると指に埃が付く、それを潰すかのように拳を握った。
「いったい……どこに行ったのよ……何も言わずに……」
どれだけ家主の事を思っているのか、拳は強く握られ、その目にはうっすらと……
「おや、貴女には泣いてしまう程の思い人がいるのですね」
「っ!? だ、ダレ!?」
扉は閉めたはず。それなのに扉が開いた音を聞いていないのに部屋の中に自分以外の人物が現れた事に来訪者の女性は驚いた。
「驚かしてしまいすみませんね、女性の泣いている姿を見たらつい…」
「な、泣いてないわよ!」
「しかし、その目に光るものは…」
「泣いてないっていってるでしょ!」
ダンッ!
女性がテーブルを叩いた。それだけで、部屋全体が震えテーブル以外の家具に積もっていた埃も舞い上がった。
「わ、分かりました、貴女は泣いておりません」
そのあまりにも予想外の威力に謎の人物も訂正せざるを得なかった。
「……これ程の力をお持ちなら、大丈夫でしょう」
謎の人物は何事か呟くと、ばっと両手を広げ、
「おめでとうございます! この何でもない日をお祝いいたしましょう!」
「……は?」
何でもない日を祝う? いったい何を言っているのだろう。
「貴女には泣いて……しまう程ではないですが、行方を知りたいこの家の主がおられるのでしょう?」
女性が拳を握った辺りで言葉を変えた。
「そんな貴女を、優勝した方にどんな願いでも叶うブトウカイへご招待いたしましょう!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、いきなり何言ってんのよ。そんな都合のいい話があるわけ無いでしょ」
「いえいえ、それがあるのでございます。いかがですか?」
「そんな怪しいもの、ダレが……」
だが、女性は考えた。
もしもまた出会えるというのなら、どんな手段でも使うべきだ。どこからか現れた謎の人物が、どんな願いでも叶うと伝えてきた。
あまりにも都合が良すぎるが、わらにもすがる思いとは、こういうことを言うのだろうか。
それに、あの振動に驚くような人物になら、いざとなったら力尽くでどうにかすれば良い。
「……いいわ、乗ってあげる。ただし、嘘だったら承知しないわよ?」
「も、もちろんですとも……」
握り拳を見せつけられてか少し口ごもってはいたが、
「それでは参りましょう。願いを叶えるブトウカイへ」
謎の人物は、女性を会場へと招待していった。
こっちでも