プロローグ A
はじまりはじまりのはじまり
昨夜の晩から振り続けた雪はようやく弱まり、町は白に染められていた。
まだ振り続ける雪は点灯したばかりの街灯に照らされ、町の人々はその中を行き交っている。
雪を見てはしゃぐ子供、寒い楽しいとお喋りしながら歩く2人組、ようやく歩きやすくなった町では雪を楽しむ人が沢山盛り上がっていた。
そんな中、最も人々が行き交う通りに、マッチを売る少女の姿があった。
できる限りの温かい格好に身を包み、藤の籠にマッチを詰め、行き交う人々に向けてマッチは要らないか訊ねるも、人々は見向きもしてくれない。
このままマッチが売れなくては、食べ物も買えず、雪の降るこの寒さにも耐えきれず……いずれは……
―――等ということでは、ない。
「さーいらっしゃいいらっしゃい! マッチはいりませんか! ここでしか買えないマッチばかりだよー!」
通りの片隅にシートを引き、まだ降る雪から防ぐ為に傘を立て、シートの上に様々なマッチを並べて客引きをする少女の姿がそこにはあった。
少女、だと思う。しっかりとした防寒具に包まれた身体は十代後半程の背丈だが、その口から発せられている言葉は少女というよりも二~三十代女性と言われてもおかしくない位の滑らかなものであった。
「そこのおじさん、マッチ買ってかない? 急に降り出した雪で寒いでしょう、家で待つ奥さんや子供の為にも、明るくて暖かくなれるマッチ、どう?」
少女に声をかけられた男性は驚いた、初対面である筈の彼女に家族がいることと寒さを凌ぐ物を買いに出た事を悟られたのだ。
もちろん少女はそれを知っていた訳ではなく、商人のカンというもので当ててみせたのだが。
「暖房にはもちろん、本来の用途たる火種にも最適だよ。暖炉にくべて良し、明かりに灯して良し、竃の火にも、いらない物を燃やすのにも、使い方はおじさん次第だ。それにこのマッチ、ちょっと変わった創りになっていてね。子供が遊んで誤って火が付かないような細工もしてあるんだ。その作りは企業秘密だけどね」
だが、男性は渋っていた。
「しかしなぁ、マッチてのは燃えてる時間が短いだろう」
それを聞いて、少女はニヤリと笑った。そして横に置いていたトランクを開けて中を探る。
「まぁあくまでも火種だからね、でもそんなお客さんにはこんな物もあるんだ」
トランクから出したのは、一見並べられている品物と変わらない大きさのマッチ箱。ただし箱に描かれた絵は異なっている。
「火薬の調合を変えて、通常の三倍燃え続けるマッチだ。これなら幾つもの物に火を付ける事が出来るよ」
「ほぉ、それは良いな」
「後こんなのもあるんだけど」
そう言って少女がトランクから取り出したのは……1メートルはあろうかという巨大なマッチだった。それを見て周りの人達も驚いた。
こんな大きなマッチは見たことない。いやそれよりも、縦30センチ位のトランクの中にどうやって入っていたのか。
「通常のマッチ200本分の大きさで、使われてる火薬ももちろん200倍。燃えてる時間ももちろん200倍さ、しかもこれなら光源にもなるよ」
「た、確かにな、だが、この大きさはいらないな」
その姿はもはやマッチというよりも松明だ。擦るのさえ一苦労だろう。
「そうかい? ならコッチの三倍マッチにしなよ。本来は普通のより本数が少ないんだが、今回は特別に普通と同じ数で良いよ」
「なら、それを貰おうか」
「はいよ、毎度あり!」
「いやー、今日も売れた売れた」
商売を終え、シートに立てていた傘を差しながら少女は通りを歩いていた。
あれからも幾つかマッチは売れ、人通りが少なくなってきたなと思い店じまいをし、宿へと向かっていた。
「明日は……そうだな、今日の午前中は雪で商売出来なかったし、もう一日この町で売ってくかなー」
彼女は旅商人であった。様々な町を渡り歩いてはマッチを中心にあらゆる物を売り歩くこと生業としている。
のだが……
「……ん? 何だ、あれ」
ふと、視界の横にあるものを見つけて立ち止まった。
通りに面した家と家の間に出来た路地、そこへ入っていく後ろ姿が妙に気になったのだ。
「子供……か?」
背丈は少女よりも低いか同じくらい。それだけなら1人の子供に過ぎないが、着ていた物がこの町の人々の服装と違っていて。そして、何か妙な雰囲気を感じた。
こんな夜に子供が1人とは危ないな、あの先が家の可能性もあるが……
「あ」
後ろ姿が角を曲がって見えなくなり、少女はつい後を追いかけてしまった。
見えなくなった角を曲がると、そこには子供の姿が……無く。
「いったいどこ……へ!?」
足元に開いていた大穴に気付かず、そのまま穴の中へと落ちていった―――
―――どこからか聞こえた、謎の声を聞きながら。
コレデ ジュウロクニンメ アト ニジュウ