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#006「ペリドットのキセキ」

――クピードー。ローマ神話における愛の神。日本では、英語読みのキューピッドとして知られている。ギリシア神話のエロースと同一視されることもある。キューピーしかり、ボッティチェリしかり、背中に翼があり、恋の矢を撃つ、気まぐれな幼児として描かれることが多い。

♪カウベルの音。

蒲生「いらっしゃいませ」

古田、細川の席に座る

蒲生「おや? 古田さんの席は隣ですよ」

古田「細川くんは用事があるから、それを済ませてから来るそうだ」

蒲生「そうですか」

♪カウベルの音。

蒲生「いらっしゃいませ」

古田「やぁ、高山くん。この前は、どうも」

高山「こちらこそ、先日は、お世話になりました。まさか、あの豪邸が古田さんのアトリエとは思いませんでした」

古田「明治の爺さんが成金趣味で建てた、生活導線の悪い家だ。広いが、資産価値は無い。住む人があればリノベーションするんだがね」

高山「屋根裏や床下は、それほど傷んでませんでしたよ」

蒲生「古田さん。高山さんに何をさせたんですか?」

古田「害獣害虫の駆除だよ。こう見えて高山くんは便利屋稼業を営んでてね。犬猫を探したり、鼠やシロアリや蜂の巣を片付けたりしてるそうなんだ」

蒲生「へぇ、高山さんが、ね」

高山「何だ、その目は? 柄じゃないのは承知してるさ。これでも依頼主からは信用されてんだぞ?」

古田「屋根裏の鼠や、床下のシロアリと格闘してる姿が、この格好からは想像できないかね、蒲生くん?」

蒲生「そうですね。虫も殺さぬ男でないのは、確かですけど」

高山「何だよ『お前のほうが社会の害獣害虫だ』とでも言いたげだな」

古田「喧嘩を売ってる場合ではないだろう。それより、伝えたいことがあるんじゃなかったのか?」

蒲生「伺いましょう」

高山「今夜は晴天で、そして空には満月が輝いている」

古田「そんな遠回しでは、漱石だって気付かないよ。ストレートに言いなさい」

高山「マスター。いや、小夜さん。俺と付き合ってください」

高山、蒲生に小箱を差し出す。

蒲生「え? ちょっと、高山さん。それ、本気ですか?」

古田「何だ、やっぱり気付いてなかったのか。ホラ。すっかりホの字なのに、素直に言わないから、伝わってなかっただろう?」

高山「仰る通りでしたね」

蒲生「古田さんは、いつ頃からご存知だったんですか?」

古田「鉛の矢が刺さってそうだね。僕だけじゃなくて、常連みんなが知ってると思うよ。それで、返事は?」

蒲生「急に言われても、困ります」

古田「何を困ることがあるんだい? 高山くんの仕事振りは誠実だし、年の頃も、ちょうど良いだろう。もし、住むところが無いというのであれば、僕のアトリエを貸そう。それとも、他に良い人でもあるのかな?」

蒲生「いえ。いままで、考えたことも無かったので」

高山「それなら、いま考えて結論を出してくれよ」

古田「これ以上、焦らして生殺しにするのは可哀想だからね。イエスかノーか、はっきりさせるべきだ」

高山「店を続けたければ、続けて構わない。付き合ってくれるなら、浮気だってしない。だから」

蒲生「わかりました」

蒲生、高山から小箱を受け取る。

古田「了解を得られたようだね、高山くん」

高山「良かった」

蒲生「その代わり、そちらも覚悟してくださいね。言質は取りましたから。古田さんが証人です」

古田「月下氷人として僕がお膳立てしたことを、くれぐれも無にするようなことをしないように」

高山「もちろん。この恩は一生忘れません」

古田「さて。そろそろだろう」

♪カウベルの音。

蒲生「いらっしゃいませ」

細川「どうも、どうも。作戦は成功したか?」

古田「万事、滞りなく進んだよ」

細川「そいつはメデタイ。――入ってきて良いぞ」

牧村、芝村、瀬田が入店。

三人「こんばんは」

蒲生「皆さん、お揃いで」

芝山「みんな、細川さんに呼ばれましてね」

古田「これで、常連六人、全員集合だ」

高山「牧村。変装は、どうした?」

牧村「先週、二十歳になりましたから、僕も成人ですよ。アルコール解禁です」

瀬田「ジージー型ですから、ご安心を。――牧村くん。くれぐれも飲みすぎないように」

牧村「はい、先生」

細川「今夜も、賑やかにやろうか」

古田「そうだね。お祝いの席でもあるからね」

芝山「パーっといきましょう」

高山「そうだな。乾杯用に、何か作ってくれ」

蒲生「はい。それでは、ドライマティーニを。あっ」

先代『おめでとう、小夜』

蒲生「お父さん?」

先代『高山くんと、幸せになりなさい。それじゃあ』

蒲生「待って」

古田「どうかしたかな、マスター?」

蒲生「いえ、その。いま、隣の席に、父が居たような」

古田「おいおい、脅かさないでくれよ。僕の隣は、いつも空席だよ。まだ、さっきのことで気が動転してるのかい?」

細川「マスター。マティーニは、まだか?」

蒲生「はい。ただいま、お作りしてますから、もう少々お待ちください」

――ペリドット。八月の誕生石。オリーブ色をしているので橄欖石とも呼ぶが、オリーブはモクセイ科で、橄欖とは別物である。どちらにしても、人を魅了する輝きを誇る宝石であることに変わりない。そしてジュエリーには、不思議な魔力が秘められている、かもね。


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