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#005「双子のように」

――ドッペルゲンガー。ドイツ語で「二重の歩く者」という意味。英語では、ダブル。自分と瓜二つの姿をした分身を見てしまう幻覚の一種。同一人物が同時に二ヶ所以上の場所に姿を現す現象を指すこともある。古くから神話や伝説で語られ、死や災難の前兆であると信じられてきた。

高山「ちゃんと足を洗ったってのに」

蒲生「顔も洗っては、いかがでしょう? とても、堅気の人間には見えません。それとも、牧村さんからチンピラ役でも任されたんですか? 熊みたいな風貌のボスがいそうですけど」

高山「上半身裸になって威嚇するのか?」

蒲生「または、二枚重ねの灰皿を両手に持ってスキンヘッドを叩くか、ですね。何なら、高山さんが両方実演してもらっても」

高山「誰が、そんな身体を張った真似をするか。それに、俺が公衆の面前で肌を見せられないことは、よく知ってるだろうが。困った、困った」

蒲生「まだ消してないんですか、背中の釈迦如来」

高山「ナッ」

高山、一瞬、入り口を見、小声で続ける。

高山「誰か入ってきたら、ということを考えろ」

蒲生「そんなに慌てなくても良いでしょうに。指先に洗い残しがありそうですね」

♪カウベルの音。

蒲生「いらっしゃいませ。おや? 高山さんが、もう一人」

牧村「ありゃりゃ。本人に先を越されてたか」

高山「その声は、牧村だな。今日は、俺の格好を真似して来たのか」

蒲生「よく特徴を捉えてますね。本人が居なければ、本人だと思ったでしょう」

牧村「ハァ。高山さんのフリをしてマスターを騙そうと思って、仕草や口癖を観察して入念に準備したのに。これじゃあ、計画が御破算だ。タイミングが悪いですよ、高山さん」

高山「俺のせいにするな。悪いことは出来ないもんだぞ、牧村」

蒲生「本気で騙そうと思うなら、前もって高山さんと相談すべきでしたね」

牧村「そこまでは、とてもとても。高山さんだって、賛成しないでしょう?」

高山「そうでもないぜ、牧村。悪巧みの内容によっては、協力しないでもない。俺の姿で何をしようとしたんだ?」

蒲生「高山さん」

蒲生、高山を睨む。

高山「酒場特有の与太話なんだから、真面目に捉えるなよ。この前の、から揚げが何料理か、って議論と一緒だ」

牧村「あぁ。あれは、盛り上がりましたね」

蒲生「白熱しすぎて、論点が二転三転してましたけどね」

高山「一種の連想ゲームだったもんな。から揚げは、日本料理か中華料理か?」

牧村「から揚げにレモンをかけるべきか? 柑橘類なら何でもいいのか?」

蒲生「スダチとカボスは何が違うのか? 四国がスダチ優勢で、九州がカボス優勢なのは何故か?」

高山「あれ? そのあと、どういう流れでから揚げに戻ったんだっけ?」

牧村「たしか、刺身は、太平洋側と瀬戸内側のどちらが良いか? 料理を大皿に盛る必要性はあるのか? という繋がりでした」

蒲生「そのあとは、個人の箸やフォークで良いのか、取り箸なりトングなりが必要かという話になり、指で摘もうが、何料理だろうが、美味しければそれで良いという結論に落ち着きました」

高山「そんな投げ遣りな終わらせかただったか?」

牧村「僕以外は、相当、お酒が進んでましたからね」

蒲生「記憶に無くて当然です」

蒲生、高山のグラスを見る。

蒲生「何か、新しい飲み物をお作りしましょうか?」

高山「ん? もう、空か。うぅ」

高山、強く目を瞑り、二指で鼻梁を摘む。

高山「ちょっと刺激の強いので、眠気を覚まそう。カンパリは有るか?」

蒲生「ございます」

高山「それじゃあ、それをオレンジで」

牧村、二指で鼻梁を摘む。

牧村「それをオレンジで」

蒲生「いくら真似しても、牧村さんは駄目です。苦さに驚いて吐き出すこと請け合いですから」

高山「秋刀魚のハラワタ、生のピーマン、ブラック珈琲、ビターチョコレート、ラガービール。ゆで卵の黄身はモソモソして苦手だ、なんて言ってるようなお子ちゃまには、カンパリは到底飲めたもんじゃない」

牧村「僕も早く同じ物を注文したいんですよ。背伸びしたい気持ちを汲んでください」

蒲生「未成年だから、という免罪符が使えるのは貴重ですよ?」

高山「そうだぞ、牧村。成人したら、いらない責任まで押し付けられるんだからな」

牧村「わかりましたよ。オレンジジュースで我慢します」

――もし、変装した牧村が高山本人より先に来ていたら、うっかり秘密を漏洩してしまうところだったかもしれない。用心しよう。背格好が似ているし、何しろ相手は、若いといえども役者の卵だ。しかも、演技派。ん? 待てよ。私の知らないあいだに、どこかで二人が打ち合わせていて、先に来たのが高山のフリをした牧村で、あとに来たのが牧村のフリをした高山だったとしたら……。いや、そんなはずはない、……とも言い切れなくもないのか? でも、高山が自分の過去を誰かに吹聴して回るような真似をするとは考え難い。しかし。


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