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#002「脛の傷に塩を塗る」

――川島芳子。一九〇七年五月二十三日生。一九四八年三月二十五日歿。清朝の皇族。東洋のマタハリ、満洲のジャンヌダルクなどと呼ばれ、旧日本軍の工作員として諜報活動に従事したとされるが、実態は謎に包まれたまま。中華民国政府によって逮捕、処刑されたが、その歿後も、さまざまな生存説が流布された。

高山「なぁ、蒲生。何であの時、俺を見逃したんだ? 捕まえるのは容易かっただろうに」

蒲生「以前、お話した通りです。お忘れですか?」

高山「ブタ箱に放り込んだら、かえって更正にならないだろうっていうアレか?」

蒲生「えぇ、それです。最低限の安全と衣食住を保障してしまっては、易きに流れるでしょう? 他の受刑者に迷惑を掛けないとも限りませんし、根源である組織との縁さえ絶ち切っておけば、野に放しても悪さをしないだろうと踏んでましたから。それに」

高山「本部は、少し前から解散の方向で進んでた。そうだろう?」

蒲生「そうです。トップは確保済みでしたから。もう少し派手に大立ち回りを演じていれば、一課や四課のお世話になったでしょうけど」

高山「それは、俺の生き様に反する。何の罪も無い善良な市民を巻き込みたくない主義だからな」

蒲生「それなら、もう一歩踏みとどまって、罪に手を染めないで欲しいところでしたね」

高山「太陽が眩しかったから、つい。お説教は、あのときにシコタマ聞いたじゃないか。もう勘弁してくれよ」

蒲生「正真正銘の日本人でしょうに。金輪際、同じ過ちを繰り返さないよう、何度でも言いますよ」

高山「おっかない。でも俺としては、まだ引っ掛かるんだ。どうも、裏があるような気がしてならない。あんなに執拗に追い掛け回してた癖に、親父さんが亡くなった途端に熱が冷めちまってさ」

蒲生「ちょうど汐時だったんですよ。職場で限界を感じていたところでしたし、店を継ぐ良いタイミングでもありました」

高山「二課の仕事は不本意だったのか? それとも、男女差別に遭ってたのか?」

蒲生「就職し、配属が決まった時点で、ある程度は覚悟してましたよ。どこかのワガママ坊やとは違います」

高山「大人だね。お利口な判断だ。でも、予想していた以上に職場環境が酷かった訳だ。ご愁傷さま」

蒲生「馬鹿にしないでください」

高山「いやいや。同情してるんだぜ」

蒲生「していただかなくて結構です」

高山「さいざんすか。これまた失礼いたしました」

高山、蒲生を下からなめるように見る。

蒲生「まだ、何か言いたげですね」

高山「セクハラ発言をして良いか?」

蒲生「その発言が、充分セクハラだと思いますし、許可を拒んでも言うつもりでしょう?」

高山「他人の口に戸は立てられない。すっかり見慣れたけど、見事な変装だと思ってさ。女っぽさが、一ミリも感じられない。あ、いや、褒めてるんだぜ、これ」

蒲生「それで私が喜ぶとでも思いますか?」

高山「いいや、思わない。素直じゃないからな。しかし、だ。声にしても、仕草にしても、完璧だもんな。変身前を知らなきゃ、言われても分からない」

蒲生「それは、どうも。いまさら口止めする必要もないと思いますが」

高山「わかってる、わかってる。皆まで言うな」

♪カウベルの音。

瀬田「こんばんは。今日は二番手でしたか」

高山「よう、瀬田。久々だな。元気か? 相変わらず、青白い顔をしているが」

蒲生「いらっしゃいませ、瀬田さん」

瀬田「お久し振りです。十日と十八時間、ラボに篭ってましたからね。日差しが肌に刺さります」

高山「研究熱心なのは関心だけどさ。たまには太陽を拝まないと駄目だぜ。そうだ。キューバの太陽とかいう酒がなかったか?」

蒲生「ソルクバーノですか?」

瀬田「クバーノのソル。そのままのネーミングですね」

高山「それだ。そいつを瀬田に飲ませてくれ」

蒲生「はい。ただいま、お作りします」

――捜査二課。刑事部において、贈収賄、選挙違反、通貨偽造、詐欺、横領、背任、脱税、サイバー犯罪、商法違反など、知能犯の捜査を扱う部署。そして、私が高山と出合うキッカケとなった職場。


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