#001「話がシュークリーム」
――シュークリーム。空洞になるように焼いた生地に、カスタードクリームなどが詰められた洋菓子。
フランス語でキャベツを意味するシュと、英語のクリームから造られた和製外来語。靴墨とは関係なく、英語圏ではクリームパフと呼ばれることが多い。
日本に伝来したのは幕末で、横浜の西洋菓子店がルーツとされる。それが一般庶民に広く普及するのは、電気冷蔵庫が普及する昭和三十年代に入ってからのこと。
さて。今夜は、そんなシュークリームについて、ナウなヤングが好みを主張しあっている。
牧村「皮はパリパリしてるほう良いに決まってますよ」
芝山「バリバリだと、口の端を切りかねない。皮は、しっとりとしてるほうが良い」
牧村「外側までフニャフニャじゃ、食べた気がしませんよ。外側のパリッとした皮を噛んだあとに、内側からトロトロのカスタードが出てくるのが良いんじゃないですか」
芝山「中のクリームは、プリッとしたホイップだ」
牧村「それじゃあ、エクレアと変わらないじゃないですか」
芝山「エクレアは、また別物だろう。第一、シュークリームにチョコレートソースをかけるのは、俺にとっては邪道だね」
牧村「スイーツはバリエーションが醍醐味なのに。抹茶とか苺とか、彩りが無いと食欲が湧きませんよ」
芝山「王道はバニラだ。どんな料理でも、プレーンが一番に決まってる」
牧村「出たよ、チョメチョメはホニャララに限る爺さん。頭が固くなってる証拠ですね」
芝山「まだ二十代だ」
芝山、人差し指で空席を指す。
芝山「いつも向こうに座ってる人間と一緒にするんじゃない」
牧村「古田さんのこと? それとも細川さんですか?」
芝山「高山さんでも瀬田さんでも良いけどさ。――マスター。黙って聞いてないで、助けてくださいよ」
蒲生「私は、どなたの味方もしませんよ。あくまでも、中立な第三者ですから」
芝山「ちぇ。そう固いこと言わないで、融通を利かせてくれよ」
牧村「駄目ですよ、マスター。二対一は卑怯です」
蒲生「どうしましょうかね。困りました」
牧村「それ、言葉とは裏腹ですよね、マスター?」
芝山、耳を澄ます。
芝山「この辺から笑い声が聞こえてるようだ」
蒲生「おやおや。この距離では、心音だって届かないと思いますけどね」
牧村「ハハハ。困ってる困ってる。よぉし。もっと困らせてやれ」
蒲生「牧村さん。変なアテレコをしないでください。――二人とも、グラスが空ですけど」
芝山「それじゃあ、俺は、ブラッディマリーを頂こう」
牧村「僕も同じ物を」
蒲生「牧村さんは駄目ですよ。ウォッカが入ってますから」
芝山「未成年はトマトジュースで我慢しろ」
牧村「一応、今日は大卒で商社勤めをしてる三十代という設定なんですけど」
蒲生、ドアを指差す。
蒲生「二度と、あのカウベルを鳴らせなくても良いというのであれば、お作りしますよ」
芝山「さぁ。どうする、牧村?」
牧村「トマトジュースをください」
――結局、シュークリーム論争は決着しないまま、夜は更けていった。もっと話の中身が詰まってれば、話がキャベツなんだけど。