#000「七人の哲学者」
――リキュール。精製アルコールに砂糖、果実、薬草、香草などを加えて造る混成酒。酒税法上は、酒類と糖類、その他の物品を原料とした酒類で、エキス分が二度以上のものとされている。ちなみに、エキス分が二度に達しないものはスピリッツ類に入る。甘味や風味が強いので、食前酒としては好まれず、食後の一杯や、カクテルの材料として用いられる。ベルモット、アブサン、キュラソーなどが有名だろうか。
さて。バーの二代目マスターとして薀蓄を垂れるのは、この辺で留めておくとして、引き続いて、この店の説明をしよう。
ここは、表通りから階段で半階分下りた場所。つまりは、雑居ビルの半地下階にあたる。
通りに面した階段脇には立て看板があり、店名と、大人の社交場という謳い文句が掲げられている。
そこから階段を下りると右手に扉があり、そこには店名であるリキュールの銀文字が填め込まれたプレートが提げてある。
扉の内側の上にはカウベルがぶら下がっているので、来客があれば、すぐに気が付く。
店内にはカウンター席が七つだけ。ボックス席やカラオケセットは無い。それぞれの席は、慣習として、奥から順にエー席、ビー席、と呼んでいる。
この七席は、いつも空席のエー席を除いて、半ば常連の指定席と化している。六人揃うと、通勤電車のロングシートのような構図になるのだが、これがなかなか面白い。人数が半分の最後の晩餐。
ダビンチに祟られる前に閑話休題して、出入り口側から常連を紹介していこう。先に言っておくが、他言無用であるから、そのつもりで。
ジー席の常連は、牧村という劇団員。まだ十代後半なのだが、変装して来店することと、アルコール類を口にしないことを条件に、入店を認めている。
エフ席の常連は、芝山というサックス奏者。二十代前半。どうも田舎から勘当されて出てきたらしい。
イー席の常連は、瀬田という大学院生。二十代後半。理系の研究員で、専門知識には長けているが、やや一般常識に欠ける。
ディー席の常連は、高山。三十代前半。職業不詳だが、明らかに堅気ではない風貌をしている。私と一番年齢が近く、また、先代を亡くして、こうして店に立つ以前から面識のある唯一の人物でもある。
シー席の常連は、細川という道楽者。四十代。近くの寺の跡取りなのだが、修行そっちのけで遊び歩いているのを頻繁に目撃されている。
ビー席の常連は、古田という画家。五十代。先代に気に入られ、たいそう可愛がられたそうな。アルコールには弱く、甘くて度数の低い酒しか注文しない。そして、ヘビースモーカー。百害あって一利無しとわかっているそうだが、わかっちゃいるけどやめられない、のだとか。
♪カウベルの音
蒲生「いらっしゃいませ。バー、リキュールへようこそ」