いいないいなのチュン太郎
今日も朝日が昇ると竹やぶはチュンチュンとにぎやかな声に包まれました。スズメの集落なのです。
みんなは朝のあいさつが終わると次々に飛び立っておでかけします。
チュン太郎も眩しい朝日に向かって飛んでいきました。今日はとなりの動物園に行ってみようと思いました。
「おはよう、スズメくん」
クジャクが声をかけてきました。
「おはよう、クジャクさん」
クジャクはあくびをしながら大きく羽を広げて伸びをしました。広がった羽にははなやかな模様があって、緑や青が朝日を受けてぴかぴかとかがやいています。
チュン太郎は自分の羽を見ました。茶色くて目立たない色をしています。
「クジャクさんはきれいでいいね」
チュン太郎はぷんぷん怒ったようにいって、飛んでいきました。
「おはよう、スズメくん」
ゾウが声をかけてきました。
「おはよう、ゾウさん」
ゾウは長い鼻を持ち上げてパオーンと叫びました。太い足で一歩一歩踏みしめて歩くさまは堂々としていて頼もしく感じられます。大きな耳をぱたぱたと動かすと風がおきるのも力強いです。
チュン太郎は自分も羽ばたいてみました。そよ風すらおきません。
「ゾウさんは大きくていいね」
チュン太郎は小さな羽でゾウの背中をぴたぴた叩いて、飛んでいきました。
「こんにちは、スズメくん」
カワウソが声をかけてきました。
「こんにちは、カワウソさん」
カワウソは水の中でくるりんとでんぐり返しをしました。なめらかに濡れた体でぷかぷかと浮いているのはとても気持ちよさそうです。
チュン太郎はくちばしや羽の先を水面につけてみましたが、水に入ることはできません。
「カワウソさんは泳げていいね」
チュン太郎はぽろぽろ泣きながら、飛んでいきました。
「こんにちは、スズメくん」
ヒツジが声をかけてきました。
「こんにちは、ヒツジさん」
ヒツジは仲間たちで集まっておしくらまんじゅうをしています。もこもこの体が押したり押されたりしてぽかぽかしてあたたかそうです。
チュン太郎はあの中にいれてもらおうかと思いましたが、つぶされてしまいそうで入っていくことができません。
「ヒツジさんはあたたかくていいね」
チュン太郎はぷるぷる震えながら、飛んでいきました。
「こんばんは、スズメくん」
ウォンバットが声をかけてきました。
「こんばんは、ウォンバットさん」
今起きたばかりのウォンバットはこれからごはんのようです。お皿に顔をつっこんでぱくぱくおいしそうに食べています。
チュン太郎は暗くなる前に竹やぶのおうちに帰らなくてはなりません。ごはんも自分で探さなくてはなりません。
「ウォンバットさんはごはんがあっていいね」
チュン太郎はぷりぷり頭をふりながらいいました。
そこへ人の親子がやってきました。女の子とそのママです。女の子がぴょんぴょんはねるようにかけよってきて、柵から身をのりだしました。
「一平くん!」
ウォンバットさんの名前のようです。一平さんが食べるのをやめて顔をあげました。
「あ。まぁちゃんだ」
一平さんも女の子の名前をよびました。ふたりはお友達のようです。
チュン太郎は人のお友達なんていません。
どうしてみんなぼくがないものを持っているんだろう。どうしてぼくはなにも持っていないんだろう。
チュン太郎はとてもかなしくなって、柵のはしっこにちょんと座って一平さんとまぁちゃんがお話しているのをながめていました。
すると、まぁちゃんがじっとこちらを見つめているではありませんか。それからにっこりわらってママの手をくいっくいっと引っ張りました。
「ねぇねぇ、ママ。あのスズメさん、まんまる~」
「あれは福良雀っていうのよ」
「普通のスズメさんとちがうの?」
「同じスズメさんよ。冬になると寒いからああやってふくらんであたたかくしているのよ」
「おりこうさんなのね」
「そうね。まんまるのスズメさんは良い福を持ってくるから福良雀ってよばれるの。幸せを運ぶ鳥さんなのよ」
「ぷくぷくでかわいいね」
「今日は動物園の動物たちにたくさんの幸せを配りにきたのかもしれないわね」
チュン太郎は心の中にぽこぽことあたたかいものがわいてくるのを感じました。それはぷくぷくにふくらんだまんまるの体をぽかぽかとあたためてくれます。
ああ、そうか。ぼくはぼくだけのものを持っていたんだ。はなやかじゃなくても、大きくなくても、泳げなくても、ぼくはあたたかい幸せを運ぶことができるんだ。どこへでも飛んでいくことができるんだ。
園内の外灯がぽつりぽつりと明かりをともしはじめました。そろそろ帰らなければなりません。
チュン太郎は心をこめてチュンと一声鳴きました。
まぁちゃんとママに幸せが届きますように。
それからくいっとくちばしを空に向け、翼を広げてふわりと風に乗ります。
ぼくは福良雀。あたたかな幸せをみんなに届けよう。
地面には、夕日に照らされたチュン太郎の影が映ります。その影はそれはそれは大きく立派に見えました。
おしまい