避難所での人間模様。
私が家を出て、避難し、新たに生活をするまでで思ったこと、それは相当な覚悟がないと元の場所に戻ってしまう。と言うこと。
『恥』を認める。でも書きましたが、避難施設を利用する人の多くは、人を利用することに躊躇いがないと感じる方が多くいました。
それは依存することに慣れてしまっているからだと思います。
私も含め自分で判断したり、決めたりすることが出来ない人が多いのです。
ですから職員のいいなり、来訪する役所の人のいいなり、女性センターの人のいいなり、もっとひどい場合は避難者同士で依存し合ったりします。
避難施設から出てもう3年半が経ちましたが、振り替えると異様な環境だったと思います。
暴力を振るわれていても今でも好きだと言う人、夫婦喧嘩で殴り合いして警察に通報されて入所しているから、出たら夫の元に戻るんだと言ってる人、自殺しようとして死にきれなくて子供の通う高校に連絡が行き、子供と共に避難施設に連れてこられた人、実家に帰る感覚で一年に数回そこに出戻っている人、今まで依存していた人に暴力を振るわれて逃げ出したけど、次の依存先を探している人、元々所属していた所の主が刑務所から出てくるから逃げるように避難してきた人、今までの生活を一変させるために避難所を利用する人ばかりではありませんでした。
勿論、人生のやり直しになった人もいます。
しかし私の目にはその割合は1~2%くらいしかいなかったように思いました。
その中で行われていたのは、連携と言うより傷の舐め合いや被害者同士の依存関係を構築する場所だったように思う事が、沢山ありました。
情報の共有はされていましたが、狭い知識の中での共有で、正直役に立つものは無かったように思います。
お金の貸し借りやお金を持っている人に対して無心したり、騙したり、悪びれることなく行われていました。
人に何かを頼んだり、借りたりすることの重さの意識が低かったように思います。
皆、目の前のことで精一杯で人のことを考える余裕や、その先にある責任について考えていなかったように思いました。
色んな意味での意識の低さが気になったのが、正直な感想でした。
もしこれが民間の施設なら事情が違ったでしょうし、初めの避難所でも感想が違ったと思います。
初めの場所では一時避難は私たちだけで、他に住んでる人は長期避難して、生活基盤を固めている最中の人たちばかりだったので、得られたものは全く違ったと思います。
もしこれから避難を考えている方がいれば、お金に余裕があるならば民間へ、余裕がなければ一時避難の受け入れが少ない場所に行くことをお勧めしたいと思います。
同じ状況の人が多くいれば安心するとは思いますが、傷の舐め合い、依存のし合いは判断能力の低下が考えられます。
ですから同じ状況の人たちとの情報交換をするより、一人になってこの先の事を考える時間に費やした方が何倍も価値があると考えています。
出来ることならば、母子寮で生活基盤を固めている人たちから情報をもらう方が何倍も意味があると思います。
避難している期間は今までの生活に終止符を1度打つ為と、これからの人生をどう生きたいのかを考えるために使って下さい。




